「むはぁ~! 美味しいッス~!」
「……マグダはもうすでに、あんドーナツをマスターした」
「もぐもぐ…………ガリッ!」
「………………それは一番ダメなヤツ。それはなかったことに」
「ちょ、……ちょっと苦いッスけど、それでも十分美味しいッスよ」
どこかで見た光景が繰り返されている。
マスターしたならダメなヤツなんか発生させんじゃねぇよ。まだまだ免許皆伝には遠いな。
というか、キツネ人族は興奮すると声がデカくなるのか? ノーマ然り、ウーマロ然り。もうちょっと落ち着け。
「それで、あのっ、ノーマさん」
「なんさね、モリー」
厨房前では、部屋と自分の仕事を割り振るジネットとのミーティングを終えたモリーが、食らいつくような勢いでノーマに詰め寄っている。
「お料理を、教えてください! 可及的速やかに!」
「今から、やるんかいね?」
「はい! こういうのは早い方がいいですから」
「けどあんた……、朝ご飯食べたんさろ?」
と、ジネットを見やるノーマ。
ジネットはちょっと困ったような笑顔でこくりとうなずく。
モリーは、陽だまり亭の開店前に粉砂糖の出来を確認したいということで、日も昇る前からここにやって来ていた。
その関係で、朝飯は教会で一緒に食べたのだ。
「朝からこんな美味しいご飯が食べられて、幸せです」と、にこにこ顔でおかわりをしていたモリーの顔を思い浮かべる。ジネットが大喜びしそうな食べっぷりだった。
「朝いただいたのは普通の、とっても美味しい食事でした。だから、早くダイエット料理を食べて痩せたいんです!」
「……食べたら、太るさよ?」
「えっ!? ダイエット料理なのに!?」
あぁ……そうか。まだこんなレベルなんだ。
四十一区では素敵やんアベニューの話題の中で幾分かダイエットに関する知識が広まり始めてはいるが、その向こうの四十区の領民であるモリーにはまだ情報が行き渡っていないらしい。
「食べれば食べるほど痩せる料理じゃないんですか!?」
「そんな空恐ろしい料理、アタシは知らないさね!」
「わたしも、ちょっと心当たりがありませんね」
俺の中での四十二区お料理ツートップが知らないのだ。きっと誰も知らないのだろう。
……つか、ねぇよ、そんな料理。仮にあったら、かなり危ない食材か調味料が使われていることだろう。
そんなもん、料理じゃねぇ。劇物だ。
「ダイエット料理は、普通の食事よりもカロリーが少なくて、それでも満足感が得られるような料理のことだ」
「普通の食事よりブロッコリーが少ない……?」
「やめてくれモリー……お前だけは残念な娘じゃないと信じているんだ、俺は」
ブロッコリーゼロの料理なんか、いっくらでもあるだろうが。
痩せねぇよ、ブロッコリーを控えたところで。
つか、ブロッコリーに罪はねぇよ。
「普段食べている料理の代わりに食べて、摂取カロリーを抑えるための料理なんですよ」
「店長さん、そのカロリーってなんですか?」
「えぇっと…………」
ジネットが助けを求めるように俺に視線を向ける。
一応ジネットには説明をして理解を得たはずだが……ま、理解していても上手く説明できるようなもんじゃないか。
「食事の中に含まれるエネルギーのことだ」
「エネルギー、ですか?」
「あぁ。生きるためには必要不可欠だが、それを過剰に摂り過ぎると脂肪の中に蓄えられて贅肉となる……まぁ、贅肉の元だな」
「私っ、ご飯食べるのやめます!」
「いや、死ぬぞ」
生きるのに必要なんだっつの。
「どうして、太る原因になるようなものが料理の中に含まれるんでしょうか……なければいいのに……」
「動物の中には、秋のウチにエサを大量に食って脂肪を蓄えるヤツがいるんだよ。ぶっくぶっくに太るために」
「えっ、どうしてそんなことを?」
「冬を越すためさ。脂肪は温かいし、長い間エサが取れなくても餓死しないためにな」
「……ウチには暖房もありますし、備蓄の食料もあります」
そりゃそうだ。
けど、いいとこ取りなんか出来ないんだよ、生き物ってのは。
「なんとか、カロリーだけ遠慮できないものでしょうか?」
「そのためのダイエット料理なんさよ。みんな、食べたいものを我慢しつつ、それでも少しでも美味しくて満足できる物を食べようってダイエット料理を覚えるんさよ」
「食べたい物……ですか」
「あんドーナツやメロンパンはすごく美味しいけど、カロリーが高いんさよ。あんドーナツを腹一杯食べたら、間違いなく太るさよ」
「えっと……でも、ウーマロさんは……」
と、モリーの視線が、マグダの作ったあんドーナツを貪り食うウーマロを捉える。
ウーマロはかっちりとした体つきで、間違っても太ってはいない。顔がキツネなんでちょっともふもふ癒やし系かと思いきや、脱いだら割といい体をしている細マッチョなのだ。
二の腕とか、カッチカチだ。
「アレは毎日体を使った仕事をしてるからねぇ。カロリーを摂取量以上に消費してるんさよ。おかげで毎日毎日、仕事終わりには腹を空かせてげっそりしてるんさよ」
「よくご存じなんですね、ノーマさん」
「アイツが、ヤシロに頼まれた仕事の帰りにウチの近所を通りやがるんさよ……毎日毎日…………これ見よがしに……っ!」
おい、そこの同族嫌悪。
いや、ライバル視を拗らせた感じか?
ホント仲良くしろよ、キツネ人族。
「仕事柄、太りにくい……ってことですか?」
「まぁ、そうさねぇ」
「ズルいです、ウーマロさん!」
「へふぅ!? な、なんか、オイラ向こうで女性に怒られてるッスか!? ちょっとそっち向けないんで詳しくは分かんないッスけど、たぶん不当な怒りッスよ!?」
マグダだけを見つめるようにこちらに背を向けていたウーマロが頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
ジネットがいるこちら側には向けないらしい。
「……私、毎日くたくたになってるのに……太るんです…………不公平です」
「あの、オイラのせい……じゃ、ないッスよね? と、とりあえず、泣かないでって伝えてほしいッス、ヤシロさん」
「じゃあこっち向いて自分の口で言え」
「そういうのとか無理ッス!」
背中を向けて慰めるとか、なんて非情なヤツだ。
お前こそが女性の敵認定されればいいのに。
「店長さ~ん! ちょっと厨房来てです! 油が一大事です!」
「まぁ、大変です! すぐ行きます!」
あんドーナツの練習をしているロレッタが慌てた様子で顔を覗かせる。
ジネットが厨房へと向かうと、カウンター付近に残ったのはノーマとモリーと俺だけになる。
「モリーちゃん、泣かないでッス。ほら、顔を上げて、これで涙拭いてッス」
……うん。お前って分かりやすいな。
ジネットがいなくなれば、照れる相手がいなくなるもんな。
モリーはまだ未成年だし、なんでかノーマは平気だし。ノーマが平気ならほとんどの女性が平気だろうに……ホント分からんわ、こいつの感性。
モリーの前に来てハンカチを差し出すウーマロは、面倒見のいい近所の兄ちゃん然としていて、ちょっと腹立つくらいに爽やかだった。
「……すみません、ウーマロさん。こんな、八つ当たりで泣いちゃって……ご迷惑を……」
「いいんッスよ。年頃の女の子は悩みが多くて大変ッスからね。適度に発散させた方が抱え込むより全然いいッスよ。オイラでよければ、いつだって受け止め役を任されるッス」
「…………はぁ、頼もしいなぁ。ウチの兄ちゃんと大違い」
「あはは。そこは人それぞれってやつッスよ」
泣き止んだモリーに笑顔を向けるウーマロ。
モリーも八つ当たりを反省し、泣き止んだばかりの赤い目を細めて笑う。
「ウーマロって、未成年の女子には妙に優しいよな」
「誤解を招く表現やめてッス!? オイラは成人女性に優しくできないだけッスよ!?」
「それはそれで、酷い表現だと思うさよ……」
モリーは今年で十四歳。
来年には成人だから、来年以降はまともに話せなくなるんだろうなぁ。……その感性が分からん。
「オイラにはダイエットとかプロポーションのこととかよく分かんないッスけど、ヤシロさんならいろいろ教えてくれるッスよ」
「勝手なこと抜かすな。お前からの依頼ってことで情報料請求するぞ、ウーマロ」
「まぁ、それでモリーちゃんが笑顔になるなら……」
なに、こいつ!?
なんでそんなイケメン発言できるの!?
他人のために金とか労力とか、俺なら絶対出せないのに!
「……ヤシロ。勝手口と厨房を繋ぐ廊下の軋みが最近酷い」
「そうだな。んじゃ、中庭の屋根と一緒にそこも直してもらうか」
「はは、お安いご用っす!」
中庭の屋根は運動会の前に約束してたもんな。
どうせならとことんこき使ってやる。
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