異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

107話 向けられる悪意 -3-

公開日時: 2021年1月13日(水) 20:01
文字数:2,149

 パーシーたちに別れを告げ、ラグジュアリーへと向かう。

 四十区は下水も整備され、その際、掘り返した土を埋めるついでに道路も綺麗に均されていた。かつての歩きにくかったでこぼこ道はもう見当たらない。

 

「ここもいい街になったね」

「まだまだ改善の余地はあるけどな」

「はは。ヤシロは統治者に向いているかもしれないね」

「やめてくれ。責任ばっかり押しつけられるようなポジションはお断りだよ」

「そう思うなら、ボクへの負担をもう少し減らしてほしいね。いつも無理難題を吹っかけてさ……」

「何言ってんだよ。無理難題を吹っかけられるのが領主の仕事だろ?」

「…………まぁ、それはそうなんだけどさ」

 

 がくりとうな垂れるエステラ。

 我が領主代行様は、相当お疲れなご様子だ。

 

「そんなにつらいなら誰かに丸投げでもしてやればいい」

「誰が代わってくれるのさ……そんなの…………っ!?」

「ん? なんだ?」

 

 突然立ち止まったエステラ。

 目を丸くして俺を見つめている。

 ……なんだよ?

 

「…………な、なんでもない。忘れて」

 

 呟いて、足早に俺を抜き去る。そのまますたすたと歩調を速めて遠ざかっていく。

 ……なんなんだよ。

 

 仕事がきつければ誰かに丸投げしろって言っただけで…………ん?

 エステラは領主の娘で、仕事を丸投げできるのは、まぁ領主である親くらいか。だが、その親は病で伏せっていてとても丸投げは出来ない。

 となれば……他に丸投げする相手となれば………………将来の婿くらいしかいないか。

 

 ………………で、なんでそこで俺の顔見て頬を赤く染め、その後逃げるように足早に歩き去るんだよ……

 

「……ったく、意味が分からん」

 

 そう呟いた俺の声も、なんでか分からんが、若干ひっくり返っていた。

 ……ったく。意味が分からん。……ったく。

 

 無言のまま、競歩大会さながらの速度で歩き、ラグジュアリーに到着した。

 店の前には品のあるご婦人方が列をなしていた。

 相変わらずすごい人気だ。

 

「あら……」

「あちらの方……」

 

 俺たちが店のそばまで来ると、列に並んでいる婦人たちの中の何人かが、こちらに視線を向けてきた。……どれも、好意的なものではなかった。

 

「……なんだよ。人の顔を見てひそひそと……感じの悪い」

 

 こちらが視線を向けると顔を逸らされる。

 一体なんなんだ……?

 

「ヤシロ、とにかく裏に回ろう」

「そうだな」

 

 ポンペーオに話をつけて、サクッと馬車を貸してもらおう。

 と、店の裏手へ回ろうとした時……

 

「偵察にでも来たのかしら?」

「ケーキの秘密を盗みに来たのよ」

 

 そんな言葉が聞こえてきた。

 

 なに言ってやがるんだ、こいつらは?

 なんで俺がポンペーオの技術を盗まなきゃいけねぇんだよ。

 そもそも、ここのケーキは俺が……

 

「おにーちゃーん!」

 

 その時、遠くで俺を呼ぶ声がした。

 あの声は、ロレッタか。

 

 見ると、ロレッタが物凄い速度でこちらに駆けてくるところだった。

 あそこの弟妹はみんな足が気持ち悪いくらいに速いんだよなぁ。

 

「どうした、ロレッタ」

 

 ロレッタは俺の目の前まで来ると、膝に手をつき、激しく肩を上下させて呼吸を整える。

 

「ひ、陽だまり亭が…………っ!」

 

 ようやく絞り出しされたその言葉に、俺は冷や水をぶっかけられたような、ヤな寒気を覚える。

 

 ……陽だまり亭が?

 

「と、とにかく、早く戻ってきてです! 店長さんが困ってるです!」

 

 今日はマグダが狩りに出ていて留守にしている。

 今、陽だまり亭にはジネット一人きりなのか……

 

「エステラ!」

「分かった! 至急手配してくれるよう、ミスター・ポンペーオに交渉してくる!」

 

 慌てて駆け出すエステラ。

 エステラが戻るまでの間、ロレッタに詳しい話を聞こうとしたのだが……

 

「あらあら、何かあったらしいですわよ」

「ほ~んと。大変ねぇ」

「こんなところに来ている場合じゃないでしょうにねぇ」

 

 その場にいる全員とは言わない。

 だが、確実に数人、こちらに悪意を向けてくる者がいる。

 

「……お兄ちゃん…………なんですか、これ? なんか怖いです」

 

 ロレッタも、発せられる異様な空気を感じ取り、俺の腕にギュッと掴まってくる。

 

 向けられる悪意。

 だがその正体ははっきりとは分からない。

 

 ……まずいな。

 そうか……その可能性をすっかり忘れていた。

 

「ヤシロ! 馬車を手配してもらったよ!」

 

 戻ってきたエステラを連れ、さっさとその場を離れる。

 馬車は、少し離れた場所に停車する予定だ。

 

「ヤシロ、どうしたんだい」

「お兄ちゃん、顔が怖いです」

「……今回の犯人は捕まえられないかもしれない」

「「え?」」

 

 揃って目を丸くするエステラとロレッタに、俺は厄介な敵の名を告げる。

 おそらく、今回の敵は……

 

「無自覚なる悪意の集合体だ」

「『無自覚なる』……? どういうことだい」

「つまり……『やっかみ』だ」

 

 

 四十二区如きが、ラグジュアリーと同じケーキを販売するなんて生意気だ!

 

 

 そんな、利益や損得とはかけ離れた動機。

 パウラが抱いていた反発心なんかよりももっと単純で、その分性質の悪い感情。

 

 それが原因なら、犯人の特定なんか不可能だ。

 こちらとの接点が無さ過ぎる。

 向こうが勝手にこちらを知り、勝手に反感を覚え……直接攻撃に出てきた。

 

 容疑者は、ラグジュアリーの常連客をはじめ、最下層の四十二区を見下している人物。

 

 

 

 こちらが取れる行動は……防戦。

 

 

 四十二区の大躍進は、目について……そして、鼻についてしまったようだ。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート