パーシーたちに別れを告げ、ラグジュアリーへと向かう。
四十区は下水も整備され、その際、掘り返した土を埋めるついでに道路も綺麗に均されていた。かつての歩きにくかったでこぼこ道はもう見当たらない。
「ここもいい街になったね」
「まだまだ改善の余地はあるけどな」
「はは。ヤシロは統治者に向いているかもしれないね」
「やめてくれ。責任ばっかり押しつけられるようなポジションはお断りだよ」
「そう思うなら、ボクへの負担をもう少し減らしてほしいね。いつも無理難題を吹っかけてさ……」
「何言ってんだよ。無理難題を吹っかけられるのが領主の仕事だろ?」
「…………まぁ、それはそうなんだけどさ」
がくりとうな垂れるエステラ。
我が領主代行様は、相当お疲れなご様子だ。
「そんなにつらいなら誰かに丸投げでもしてやればいい」
「誰が代わってくれるのさ……そんなの…………っ!?」
「ん? なんだ?」
突然立ち止まったエステラ。
目を丸くして俺を見つめている。
……なんだよ?
「…………な、なんでもない。忘れて」
呟いて、足早に俺を抜き去る。そのまますたすたと歩調を速めて遠ざかっていく。
……なんなんだよ。
仕事がきつければ誰かに丸投げしろって言っただけで…………ん?
エステラは領主の娘で、仕事を丸投げできるのは、まぁ領主である親くらいか。だが、その親は病で伏せっていてとても丸投げは出来ない。
となれば……他に丸投げする相手となれば………………将来の婿くらいしかいないか。
………………で、なんでそこで俺の顔見て頬を赤く染め、その後逃げるように足早に歩き去るんだよ……
「……ったく、意味が分からん」
そう呟いた俺の声も、なんでか分からんが、若干ひっくり返っていた。
……ったく。意味が分からん。……ったく。
無言のまま、競歩大会さながらの速度で歩き、ラグジュアリーに到着した。
店の前には品のあるご婦人方が列をなしていた。
相変わらずすごい人気だ。
「あら……」
「あちらの方……」
俺たちが店のそばまで来ると、列に並んでいる婦人たちの中の何人かが、こちらに視線を向けてきた。……どれも、好意的なものではなかった。
「……なんだよ。人の顔を見てひそひそと……感じの悪い」
こちらが視線を向けると顔を逸らされる。
一体なんなんだ……?
「ヤシロ、とにかく裏に回ろう」
「そうだな」
ポンペーオに話をつけて、サクッと馬車を貸してもらおう。
と、店の裏手へ回ろうとした時……
「偵察にでも来たのかしら?」
「ケーキの秘密を盗みに来たのよ」
そんな言葉が聞こえてきた。
なに言ってやがるんだ、こいつらは?
なんで俺がポンペーオの技術を盗まなきゃいけねぇんだよ。
そもそも、ここのケーキは俺が……
「おにーちゃーん!」
その時、遠くで俺を呼ぶ声がした。
あの声は、ロレッタか。
見ると、ロレッタが物凄い速度でこちらに駆けてくるところだった。
あそこの弟妹はみんな足が気持ち悪いくらいに速いんだよなぁ。
「どうした、ロレッタ」
ロレッタは俺の目の前まで来ると、膝に手をつき、激しく肩を上下させて呼吸を整える。
「ひ、陽だまり亭が…………っ!」
ようやく絞り出しされたその言葉に、俺は冷や水をぶっかけられたような、ヤな寒気を覚える。
……陽だまり亭が?
「と、とにかく、早く戻ってきてです! 店長さんが困ってるです!」
今日はマグダが狩りに出ていて留守にしている。
今、陽だまり亭にはジネット一人きりなのか……
「エステラ!」
「分かった! 至急手配してくれるよう、ミスター・ポンペーオに交渉してくる!」
慌てて駆け出すエステラ。
エステラが戻るまでの間、ロレッタに詳しい話を聞こうとしたのだが……
「あらあら、何かあったらしいですわよ」
「ほ~んと。大変ねぇ」
「こんなところに来ている場合じゃないでしょうにねぇ」
その場にいる全員とは言わない。
だが、確実に数人、こちらに悪意を向けてくる者がいる。
「……お兄ちゃん…………なんですか、これ? なんか怖いです」
ロレッタも、発せられる異様な空気を感じ取り、俺の腕にギュッと掴まってくる。
向けられる悪意。
だがその正体ははっきりとは分からない。
……まずいな。
そうか……その可能性をすっかり忘れていた。
「ヤシロ! 馬車を手配してもらったよ!」
戻ってきたエステラを連れ、さっさとその場を離れる。
馬車は、少し離れた場所に停車する予定だ。
「ヤシロ、どうしたんだい」
「お兄ちゃん、顔が怖いです」
「……今回の犯人は捕まえられないかもしれない」
「「え?」」
揃って目を丸くするエステラとロレッタに、俺は厄介な敵の名を告げる。
おそらく、今回の敵は……
「無自覚なる悪意の集合体だ」
「『無自覚なる』……? どういうことだい」
「つまり……『やっかみ』だ」
四十二区如きが、ラグジュアリーと同じケーキを販売するなんて生意気だ!
そんな、利益や損得とはかけ離れた動機。
パウラが抱いていた反発心なんかよりももっと単純で、その分性質の悪い感情。
それが原因なら、犯人の特定なんか不可能だ。
こちらとの接点が無さ過ぎる。
向こうが勝手にこちらを知り、勝手に反感を覚え……直接攻撃に出てきた。
容疑者は、ラグジュアリーの常連客をはじめ、最下層の四十二区を見下している人物。
こちらが取れる行動は……防戦。
四十二区の大躍進は、目について……そして、鼻についてしまったようだ。
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