異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加25話 食べて走って跳んで照れるシスター -2-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:2,558

 そんな、いつもの光景ながらもある意味で珍しい風景を眺めていると、俺の視界の下の方にぴこぴこ揺れ動くウサ耳が入ってきた。

 楽しげに工房内をうろうろして、ジネットたちの作業を覗き込んだり、ちょっと手伝ってみたりしていたウサギ人族のリベカだ。

 

「我が騎士よ。どうじゃ、わしの果実麹……っと、『酵母』じゃったかの? とにかく、それの出来はどうじゃ?」

 

 得意満面のリベカ。

 ソフィーはリベカに付き従うように、ぴたりと横に並んでいる。

 リベカの口の周りにべったりとクリームが付いているあたり、こいつも貪り食っていたのだろう。

 

「最高だ。ここまで質のいい酵母はそうそうないだろうな。おかげでパンがふっかふかだ」

「んふふー! そうかそうか! わしの編み出した果実麹は、そんなに素晴らしいか! んふふふふーじゃ!」

 

 ソフィーが四十二区へ来た際、リベカに酵母の制作を依頼してほしい旨を伝えておいた。

 簡単な作り方を記したレシピを渡し、出来るだけ急いでほしいと。

 

 そしたら今朝、「それならすでに作っておるのじゃ!」と、リベカが陽だまり亭に乗り込んできたのだ。

 早朝の仕事を終えてから大急ぎで四十二区に来たらしく、朝のうちに到着していた。

 どうやら、「言われる前からすでに作っていたんだ、すっご~い!」って反応が見たかったらしく、とにかく急いで来たのだとか。「本当は俺に言われた後、大急ぎで作ったんだろ?」と思われないために。……思わねぇよ。本格的な酵母なら、完成させるのに時間もかかるし。

 

「我が騎士が豆板醤を持ち込んで以降、わしも何か新しい物を生み出せないかと試行錯誤しておったのじゃ。そこで果実に目を付けたわしの先見の明たるや……称賛に値するのじゃ!」

 

 麦や米から作る麹を、果物で作ってみたらどうなるのか。

 そんな発想から試行錯誤して、「これはイケる!」と満足できる仕上がりになったのが、なんとびっくり酵母だったのだ。

 ……やっぱ天才だな、リベカは。思いつきで作れるものじゃねぇもん、酵母。

 

「しかし、レシピを見た時は驚いたのじゃ。わしが編み出した作り方がそのまま書かれておったのじゃからな。……パクったんじゃないのかのぉ~、えぇ、我が騎士よ?」

 

 ……と、ずっとこんな風に「わしが先に考えたのじゃ!」アピールが続いていてなぁ…………もう、お前の発明でいいよ。酵母でロイヤリティー取ろうとか思ってねぇし。

 

「あぁ……やっぱりウチの妹、天才! 可愛い!」

 

 リベカの背後でアホの姉が悶え苦しんでいる。

 たぶんだけど、妹に尊敬される姉ってのになるのは無理なんじゃないかなぁ、あいつ。

 

「けれど、実によいタイミングで果実麹……あぁ、っと、酵母じゃの、酵母……酵母の使い道を見出してくれたものじゃ。その点は感謝するのじゃ」

 

 果実麹――と、リベカは呼んでいたらしく、俺としては呼び名などどちらでもよかったのだが、やはり麹とは別物だという観点から『酵母』という呼び名に変更するつもりらしい。……本人だけが馴染んでないみたいだけど。

 

「それなら、ソフィーに礼を言うんだな。あのタイミングでソフィーが陽だまり亭に来たから、俺はパンの作り方を教会に教える気になったわけだしな」

「お姉ちゃん、偉いのじゃ! 最高なのじゃ!」

「ごふぅうっ! ……わ、私……今死んでも悔いはありません……!」

 

 ソフィーが血を吐いた。

 幸せそうだからこのまま看取ってやってもいいんじゃないかって気がしている。

 なんか、ちょっとミケルに似てきたな、芸風が。

 吐血芸だ。

 

 店舗を血に染めっぱなしにするわけにはいかないので、速やかに掃除するようソフィーに言い渡し、ジネットたちが楽しそうにパンの入ったオーブンを覗き込んでいる様を横目で見ていると、大きく手を振って大きな胸を揺らして、ノーマが駆けてきた。

 

「ヤ~シロ~!」

「ノーマ。胸を見られているよ」

「バッ、エステラ! バラすなよ!」

「いや、バレてるさよ。今さらさね」

 

 息を弾ませ、胸も弾んでいるノーマ。

 

「……とはいえ、限度ってもんがあるんさよ」

 

 どーせバレているならと、身を乗り出して谷間をガン見していたら首根っこを摘ままれて背筋を「ぐーん!」って引っ張り上げられた。

 ……やっぱ、ノーマも強い。

 

 で、視線を上げてよく見ると、ノーマは車輪と取っ手の付いた金属製の箱を腕にぶら下げていた。

 

「ヤシロ。頼まれていたライン引きなんだけどねぇ、やっぱり男衆だけじゃ不安だったから、アタシがちょっと手伝ってさっさと完成させてきたさよ……はぁぁあ……なんかすごくいい匂いがするさねぇ! パンって、こんなにいい匂いだったかぃねぇ!?」

 

 ノーマがライン引きを放り投げてパン窯に吸い寄せられていく。

 触んなよ。大火傷するぞ。

 で、結局手伝ったのかよ、ライン引き。

 ……う~っわ、寸法ぴったり、間隔ばっちり、作者のこだわりが随所から感じられる一品だわぁ…………ノーマ、頑張り過ぎ。

 でもまぁ、これで性能は安心だ。

 店で売り出したら、かなり高額になりそうな造りだ。

 

「こ、こここ、これ! これ、一つでいいから分けておくれでないかい!? ライン引きの代金、なしでもいいからさぁ!」

「いや、お前の一存で決めちゃダメだろ……食っていいから、落ち着け」

 

 ノーマが少女のようなきらきらした瞳で俺を見てくる。

 パンの香りってすごいんだな。みんなの心を純粋にしてしまう。

 

 ……もしくは、食欲がみんなをバカにしていっているのか…………考えるのはよそう。うん。

 

 しかし、凄まじい食いつきだな。

 ノーマでこれなら、デリアなんか爆釣れするだろうな。

 パンの人気、凄まじいことになるかもしれないなぁ…………ふむ。なら、先に仕掛けを作っておくか。爆釣れ以上の釣果を得るために。

 

 揺れるウサ耳を横目で確認しつつ、パン窯のそばで大きく息を吸って、吐き出す。

 

「やっぱ、酵母の質がいいと香りも違ってくるよなぁ」

「そうじゃろそうじゃろ! やっぱり、品質は大事じゃろ!? さすが我が騎士じゃ! 物の分別というものがついておるのじゃ!」

「四日後に、もうちょっと分けてもらえるとありがたいんだけどなぁ」

「持ってくるのじゃ! 任せておくのじゃ! これから世界を変えるであろう大発明品の下準備じゃろ? どーんと任せておくのじゃ!」

 

 よしよし。

 これで上質の酵母も手に入った。

 あとで、陽だまり亭に別途卸してもらえるよう交渉しておかなきゃな。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート