異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚6 馬車の中 -2-

公開日時: 2021年3月2日(火) 20:01
文字数:2,113

 それからも、大して内容のない雑談が続き、相変わらずガコガコと揺れの酷い馬車に揺られること十数分。

 不意に、ドアの一番近くに座っていたナタリアが『カッ!』と目を見開いた。

 

「美少女センサーに反応ありっ!」

「そんなセンサーあるの!?」

 

 お抱えのメイド長の秘められた才能に目を剥くエステラ。

 そんな主の様子をサラッと無視して、ナタリアが突然ドアを開ける。

 

「捕獲っ!」

「ぇ……っ? きゃっ!」

 

 そして、両腕を広げて勢いよく外へと飛び出していった。

 

「何やってんだお前っ!?」

「馬車を停めてー!」

 

 走る馬車から「フライハイッ!」みたいなノリで飛び出していったナタリアに驚いて思わず声を上げてしまった。

 バカだ! バカがいた!

 エステラが御者に指示を出して急停止させる。

 馬車を降りて道を少し戻ると、ナタリアが可愛らしい獲物をがっちりと捕獲していた。

 

「ぁの……ぁの……み、みりぃ、何か悪いことした? これ、なに?」

 

 突然の出来事に涙目のミリィ。

 そんなミリィを、怪しい笑みを浮かべて愛でるナタリア。もう、確実に犯罪者である。

 

「何やってんだ、この変質者」

「失敬な! 誰がヤシロ様の同族ですか!?」

「失敬はお前だ!」

 

 そりゃあ俺だって、ミリィを抱っこしてふわさらの髪の毛にすりすりしたいさ! けど、毎日必死に我慢してんじゃねぇか!

 

「羨ましいんだよ! ちょっと代われ!」

「……うん。この場に失敬な人間はいなかったようだね」

「……その代わり、変質者が二人いますわね」

 

 遅れてやって来たエステラとイメルダに冷ややかな視線を向けられる。……失敬な。誰がナタリアと同族か。

 

「ぁ、てんとうむしさんたち……ぉでかけ?」

 

 敵意がないと分かり安心したのか、ミリィの顔に笑みが戻る。

 ナタリアに抱っこされたままなのだが、別段気にする素振りも見せない。

 ……敵意がなきゃいいのか。なるほど…………にやり。

 

「ねぇ、ヤシロ。別に、今しなきゃいけない話題じゃないんだけど……ボク、新しいナイフを買ったんだよねぇ」

「へぇ~、今聞いといてよかったよ」

 

 試し斬りは他所でやってもらおうか。

 

「あの、ヤシロさん! 一体何があったんですか?」

 

 こちらの馬車が急停車したことで、ジネットたちを乗せた後続車も同じように停車している。

 ジネットが馬車から降りてこちらに駆けてくる。

 

「いや、なに。ミリィが変質者を捕まえてな」

「え? ミリィさんが?」

「いや、むしろミリィがウチの変質者に捕まっちゃってるんだけどね……」

 

 状況の説明を終えると、ジネットはおかしそうにくすくすと笑い、笑われたことでミリィは「笑わないでよぅ~」と、少しだけ頬を膨らませて抗議していた。

 

 セロンとウェンディも合流して、俺たちの目的をミリィに話して聞かせる。

 するとミリィは大きな瞳にキラキラの星を散りばめて「すてき! すてき!」と繰り返した。

 女の子は、こういう話好きだよなぁ。みんなしてきゃいきゃいと恋の話に花を咲かせている。

 ……その隣で、彼女の両親に初めて会いに行くセロンが、今にも死にそうな強張った表情を貼りつけているのだが、それを気にする者は誰もいない。……ま、そんなもんだよな。

 

「ミリィさん。今日はお出かけなんですか?」

 

 こちらの話が終わると、今度はジネットがミリィに尋ねる。

 ミリィはいつものデカい荷車を引いておらず、肩に大きめのカゴをぶら下げているだけだ。

 

「ぅん。今日はね、四十区にお花を届けに行くの」

「ミリィはいつも遠出してるよな? 四十区にはないのかよ、生花ギルド?」

「ぁるよ。けど、『みりぃがいい』って言ってくれる人が、いるから」

 

 どこかくすぐったそうにはにかむミリィ。

 むむ……そいつは野郎じゃないだろうな?

 もしどこの馬の骨ともしれん野郎がミリィを指名して花を持ってこさせているのであれば、俺は全力をもってその不届きな野郎を成敗しなければならない。

 

「ひめかめのこてんとう人族のお婆ちゃんで、みりぃのお花が一番きれいって言ってくれるの」

 

 うふふと笑うミリィ。

 そうか。お婆ちゃんか。うんうん。よかったよかった。

 危うく四十区と四十二区の全面戦争になるところだった。

 

「少し遠いから、今日はこれだけなの」

 

 そう言って大きなカゴを俺たちに見せる。

 秋田犬が入りそうな大きさのカゴだ。当然、中身は犬ではなく花なのだが。

 

「荷物がその程度なら、馬車でも使った方が楽なんじゃないのか?」

 

 と、俺は『うっかり』聞いてしまった。

 直後、ほんの一瞬だけミリィの表情がくすむ。

 

 ……あ、そういうことか。

 

「まぁ。折角商売に行くんだ。利益は1Rbでも多い方がいいか。馬車より、歩いた方が安上がりだしな」

「ぇ……? ぅん。そうだね」

 

 手遅れ感が拭いきれない、俺のポンコツなフォローを、ミリィは笑顔で受け取ってくれた。

 本当に迂闊だった……

 

 ミリィは虫人族なのだ。

 もうほとんど残っていないとはいえ、かつては差別的な感情を持たれていた種族だ。

 そんな自分が馬車に乗ることで誰かを不快にするかも……などと考えているのかもしれない。

 もしかしたら、ミリィ自体が過去に嫌な目に遭ったことがある……とか。

 

 不特定多数が同席する乗合馬車に乗ることは、ミリィにとっては非常に気の引けることなのだろう。……あぁ。俺、しばらく自己嫌悪に陥りそうだな。

 

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