「こっちが提案しても埒が明かんな。お前の要望を言え。それで対策を考える」
「要望……と、いうのはそんなにありませんわね」
すでにワラのベッドと実家を拒否しているヤツが言うセリフじゃねぇよ。
「ふかふかのベッドで眠りたいですわ」
「……オメロか」
「誰ですの、オメロ!?」
「川漁ギルドの副ギルド長で、こんなデカい体で、こんな小さいビキニパンツを穿いたヤツだ」
「変態ですわっ!? 紛うことなきド変態ですわっ!」
うん、そこは否定できないっ。
でも、ふかふかだぞ?
「ワタクシはベッドで眠りたいのです!」
「つまり自分の家で寝たいわけだな」
「そういう風にあなたが捉えたのでしたら、そういう側面があるのかもしれませんわね」
なんでぼやかすんだよ!?
素直に認めるとペナルティでもあるのかよ?
「じゃあ送ってってやるから支度しろよ」
「おくっ、送って、ど、どうするつもりですのっ!?」
……こいつ。
俺が送り狼になるとでも思ってんのか?
さすがに失礼だ。
「なんもしねぇよ」
「何かしてくださいましっ!」
「「えぇっ!?」」
俺はもちろん、ジネットまでもが声を上げていた。
なに言ってんの、このお嬢様!?
「送って、それで一人、屋敷に……あの、暗くだだっ広い屋敷に、ワタクシをひっ、一人っ、ほ、放り出して…………あなたはそれでも人間ですか!?」
つまり、こいつは……
「屋敷で一人ぼっちが怖いと?」
「怖くなどありませんわ」
だから……素直になるとペナルティでもあるのかって。
「ただ……」
イメルダの顔色がどんどん悪くなっていく。
もはや真っ白だ。
「…………もし、オバケが出たら………………」
ガタガタと震え始めるイメルダ。
テーブルの上でティーカップとソーサーがカチャカチャと音を鳴らす。
……うん、揺れ過ぎだ。
「イメルダさんも、オバケが怖いんですね」
「なぁ、ジネット。その『も』って、他に誰にかかってるんだ?」
「あ、いえ。わたしも、少し苦手ですので」
そう言って微笑むジネットは、やはりちょっと眠そうだった。
「でも、帰ってすぐに寝てしまえば、オバケさんもやって来ませんよ。ウチの祖父が言っていましたが、オバケさんは夜更かしする子供のところに現れるのだそうです。ですので、眠ってしまえば怖くないですよ」
「こ、こ、怖いわけではありませんわ! ワタッ、ワタクシはただ……そう! うら若い女子として、オバケと言えど部外者に寝姿をさらすわけにはいきませんの! そのための護衛が必要なのですわ!」
……護衛…………嫌なワードだなぁ。
「ですので、ヤシロさん! 今宵一晩、ワタクシの屋敷にお泊まりなさいな!」
「断る!」
「うら若い乙女がオバケを見てオネショをしてもいいと言うんですの!?」
漏らすなよ……
「男性の方がいてくだされば、ワタクシも安心して眠れるはずですわ!」
「うら若い女子は部外者に寝姿をさらさないんじゃなかったか?」
「ヤシロさんはもはや身内ですわ」
「……やめて、割とマジで」
あんな筋肉ダルマたちが集う家に、身内認定されて堪るか。
「そもそも、オバケが怖いなんて時にだな…………俺が役に立つわけないだろう」
もう認める。
俺はオバケが嫌いだ。
幽霊? いようがいまいがそんなもんどっちでもいい。
どっちにしても怖いのだ。
無理です、無理! 業界用語にするなら、リームーすーで、リームー。
もし、深夜にイメルダが『キャー』とか言おうものなら……光の速さで逃げ出す自信がある。もちろん、イメルダを見捨ててな!
「それでも、いないよりは心強いですわ!」
「はっはっはっ! 分かってないなイメルダ! 隣で自分以上に怖がるヤツがいる時、恐怖は倍増するんだぞ!」
「ぎゃー!」って悲鳴に驚かされることがどれだけ多いか。
夜道でコンビニの袋がカサカサ動いているだけで悲鳴を上げられるこの俺が、頼りになるわけないだろうが!
なにせ俺は、真夜中、子猫に「にゃー」って言われて悲鳴を上げた男だぞ!?
期待する方がどうかしている!
「では、わたしも一緒に伺いましょうか?」
見かねたジネットがそう提案するも……ジネットの目はもうそろそろ限界だと言わんばかりにとろんとしていた。
おねむなのだ。
「いや、お前もう眠いだろ?」
「ふにぇ。しょんなことありゅまちぇんよ…………」
呂律が回ってないじゃねぇか。
まぶたをシパシパさせ、油断すると「ぽぉ~……」っと意識が飛びそうになりながらも、ジネットは懸命に眠気と戦っている。
……こんな状態のヤツを外に連れ出すのは危険だ。いろいろと。
「イメルダは俺が送っていくから、お前はもう寝ろ」
この状況では仕方ない。
本来なら、マグダでもついてきてくれれば心強いのだが……ジネットを一人で残していくわけにもいかない。
この世界の夜は物騒だからな。
その点、どんな状況であれ、マグダがいれば安心できる。
眠気を覚まそうと顔をこしこしするジネット。
お子様ランチがメニューに初登場したこともあり、今日はそれなりに忙しかった。慣れないメニューに四苦八苦したりもしたし……ジネットは相当疲れているはずだ。
「ふにゃ…………でも、わたしは全然、まだ食べられますよ?」
もはや意識が半分夢の世界へ旅立ってしまっている。
ジネットがここまで眠そうにしていることはそうそうない。祭りの日に耐え切れずバタンキューした時くらいじゃないだろうか? あの日はその後起きてきたが……
「ジネット。今日はもう寝ろ。明日の朝には、俺も戻ってくるから。な?」
「…………むぅ」
ジネットが頬を膨らませる。
こんな顔を見せるのは初めてかもしれない。
「…………早く、帰ってきてくださいね」
そして、こんなことを言われたのも……
「あ、あぁ。善処する」
眠気のせいで、普段は見せない本音がぽろりしているのだろうか。
ほんの少しだけ、ジネットは拗ねているように見えた。
「では、イメルダさんをよろしくお願いしまふ……」
とろ~んとした瞳で、緩慢に頭を下げる。
そして、フラフラとした足取りで厨房へと向かう。部屋に戻るのだろう。
おそらくジネット自身も、自分の体力の限界を感じているのだろう。ルンバも、自分のバッテリーがなくなりそうな時は充電しに戻るからな。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!