「おう、兄ちゃん! 来たぜ!」
「俺、四十二区初めてですよ」
カブトムシ人族のカブリエルとクワガタ人族のマルクスが揃ってやって来る。
ここはレジーナの店の前。
二人には、花火を放り投げる練習をするために来てもらったのだ。
本番はもっと大人数の引っ越し屋従業員に手伝ってもらうのだが、最初からわらわら来られても対処に困る。
まずは、リーダー格の二人に仕事を覚えてもらい、それから伝聞してもらうつもりだ。
「なんや……客ってあの二人やったんかいな」
三十五区から来客があると聞き、朝からずっと怯えていたレジーナ。……いや、つかお前客商売だろ、一応……
しかし、やって来たのがカブリエルたちだと知ると、少しだけホッとした表情を見せた。
最初に三十五区へ行った際、レジーナはこの二人に会ったことがある。まったく面識のないヤツよりかはマシだということだろう。
「男同士で恋人のメッカに入り浸ってるワケありコンビやね」
そういう目で見んじゃねぇよ。
「『お前の蜜の味、俺に教えてくれよ……』やねっ!」
よし、黙ろうか。腐りかけ薬剤師。
「お、おい、兄ちゃんよぉ……なんか、あの黒い女が変な目でこっち見てやがるんだが……亜種が嫌いな人間なのか?」
「いやいや。むしろお前らのことが大好物な人種だ。あとな……」
俺はデコピンの要領でカブリエルの角を弾く。
「亜種じゃねぇだろ」
「あ、あぁ。そうか。そうだったな。虫人族だ」
これからその偏見をなくしていこうって時に、自分で自分を亜種なんて呼んでんじゃねぇよ。
今後は亜種も亜系統も使用せず、虫人族と名乗るのだ。三十五区では現在、ルシアがそうなるように働きかけている。
しかし、俺が適当に考えた『獣人族』『虫人族』ってのが随分と広まってしまったものだ。
まぁ、それで喜ぶヤツがいるなら使ってもらうことにやぶさかではないけどな。
「『お前の虫人族を見せてみろよ』『やめてください、そんなことされたら僕の虫人族が……』……」
「おい、こら。そこの腐敗薬剤師」
そういう使い方は許容できねぇよ。
何が『僕の虫人族』だ……
変なイメージつけないでくれるかな!?
「まぁ、とにかく。ここには人種だなんだを気にするヤツなんかいねぇよ」
「まぁ、そうみたいだな」
カブリエルが、集まった面々を見渡して言う。
今日はマグダにデリア、それからミリィが参加してくれている。
人種混合編成だ。
「おぉ、そこのテントウムシの子」
「ぇっ!? み……みりぃ……?」
「おぉ、おぉ! そうだそうだ! あんただ」
「ぴぃ…………」
デカいカブトムシに手招きされてミリィがレジーナの背後に隠れる。
自ずと視線がレジーナに集まり、レジーナはすすすと俺の背後に隠れた。
RPGか。なんで縦に並んでんだよ。
「ナンパはやめてもらおうか」
「違ぇよ! そういうんじゃねぇ! 俺はもっと大人な女性が好きなんだ!」
そういや、カブリエルのストライクゾーンは四十八歳から上だったな。
……『大人な女性』? いや、大人は大人なんだけどさ……
「ルシア様から預かってきた荷物があるんだよ」
「なんだ、お前ら宅配便もやってるのか?」
「おうよ! 荷物を運ぶのは俺たちの仕事だぜ!」
握り拳をこれでもかと見せつけながら、カブリエルが背中に背負った荷物を降ろす。
リュックのような形状の布袋から、ミカン箱サイズの木箱が出てくる。
箱には、ルシアの家のエンブレムが焼き印されていた。
「ぇ…………るしあ様、から? ……なんだろう?」
「さぁ……なんやろなぁ?」
「え、なに? 伝言ゲーム?」
背後から順繰りに疑問が投げかけられてくる。
これはアレか? 俺に開けろって言ってるのか?
「このサイズやったら、さすがに本人が入ってるってこともないやろう」
「はは、やめろよ、レジーナ……あいつならやりかねないんだからさ」
大きな箱から本人が出てきて、「プレゼントは私だ!」とか……うわぁ、やりそう……
しかし、幸いなことに、今回の箱はマグダでも入るのが難しいサイズだ。
いくらなんでも、圧縮パックとかで小さくなってるなんてことはないだろう。
安心して蓋を開ける。
「おっ」
「なんや?」
「わぁっ!」
俺の肩越しに荷物を覗き込むレジーナと、その肩越しに覗き込むミリィ。
中身を見るや、ミリィは俺の背後のレジーナの背後から飛び出して木箱に飛びついた。
「これ、花園の蜜……」
「そうなのか?」
木箱の中には、無数の瓶がぎっしりと並べられていた。
「よく分かったな」
「ぅん。ここに名前書いてあるし、それにこの香り……すんすん……ぅん、覚えてる」
ミリィの言う通り、蓋に花の名前が書かれてある。
おそらく、蜜だけを集めて瓶詰めしてくれたものなのだろう。
しかし、香り……?
すんすんと鼻を鳴らしてみるが、全然分からない。確かに甘い香りはしているけど……判別は出来ない。
ミリィのこれは虫人族の特性なのか。それとも、生花ギルドの特技なのか……
「これだけあれば、たくさん飴玉作れそう」
宝物を見つめるようなキラキラした目で瓶詰の蜜を見つめるミリィ。
飴玉作りが趣味になっているようだ。楽しくて仕方ないのだろう。
「じねっとさんとねふぇりーさんに相談してね、包み紙も可愛くするの」
「ネフェリー?」
ジネットはともかく、ネフェリーとは意外な…………いや、でもないか。
可愛いものとかすげぇ好きそうだもんな、ネフェリーは。
そうか。ミリィから見れば、ネフェリーはオシャレな年上のお姉さんなのか。
ウクリネスが絶賛するモデル向きのすらっとしたスタイルで、センスまでいいとなると…………いよいよ、ニワトリフェイスが残念に思えてくるな。
「なんなら、あとで家まで運んでやるぜ」
「ぇ……ホント……です、か?」
カブリエルに話しかけられて、少し怯えるミリィ。
すすっと俺の背後に隠れる。
なんか懐かしいな。俺も最初はこうやって避けられてたっけな……
「ぁの……でも…………わるい、し……」
「んじゃ、あたいが持ってってやるよ」
「ほんと? ぁりがとう、でりあさん!」
「……俺、そんなに怖いかな?」
あからさまな差に、カブリエルが肩を落とす。
まぁ、気にするな。ミリィは人見知りなだけだ。お前が嫌いなわけじゃねぇよ。
「それで、これから何するんだ?」
花の蜜の運搬はとりあえず置いておいて、デリアがこちらへ顔を向ける。
昨晩から陽だまり亭に泊まり込んでいたデリア。朝一で手伝いをしてほしい旨を伝えたら二つ返事で付いてきてくれた。
「……マグダも、今日はやる気十分」
ここ最近留守番ばかりだったマグダも気合いが入っているようだ。
今日の店番はジネットとロレッタだけだ。さすがにノーマやウーマロをそう何日も拘束は出来ない。もっとも、お願いすればやってくれそうではあるがな。
まぁ、ジネットさえいれば店は回るだろう。ロレッタもいるし、俺たちも丸一日店を空けるわけではない。
「ほなら、段取り通り開始してかまへんのやね?」
「おう。そっちは任せたぞ」
「ほいな。ミリィちゃん。自分はこっちを手伝ってんか」
「ぁ。ぅん。……なにすればぃいの?」
レジーナが手招きをして、ミリィと共に店へと向かう。
花火の練習をするということで、念のため、レジーナの店からは少し離れた場所に陣取っていた。
この付近は民家もないし、万が一のことがあっても被害は最小に抑えられるだろう。
……万が一のことがないようにはするけどな。
「なぁ、ヤシロ。ミリィはレジーナの手伝い要員なのか?」
「まぁ。それもあるんだが……」
「……虫人族を迎えるには、虫人族がいた方がいい」
マグダの言う通りで、ミリィは、カブリエルたちを迎えるにあたってマスコット的な枠割を担ってもらうつもりだ。接待、ってほどではないんだけどな。
ついでに極度の人見知りであるレジーナが心を砕ける話し相手になってくれるだろうとも思っている。
こっちはこっちでやることが多くてレジーナには構ってやれないかもしれないしな。
四十二区の虫人族で、且つレジーナと二人きりで間が持つ人物はミリィ以外にいない。
「すげぇっすねぇ。四十二区では亜種……おっと、虫人族でしたっけ……と、人間が普通に仲良さそうにしてんですね」
「四十二区じゃ、これが普通なんだよ」
「はぁ……そうなんですねぇ……」
レジーナとミリィの関係に、マルクスは驚きを隠せないようだ。
まぁ、最初は仕方ないだろう。
だが、今日が終わる頃にはそんなもん考えなくなってると思うぞ。
「何言ってんだ、マルクス」
カブリエルが漢くさい笑みを浮かべ、俺の肩に腕を回してくる。
うわっ、ごつごつしてる。
「俺らももう仲良しじゃねぇか。なぁ、兄ちゃん?」
「……密着した分心の距離は離れたけどな」
人種はともかく、俺は男とベタベタするつもりはない。
離れろ、筋肉。硬いんだよ。
「そうだぞ、クワガタ! あたいもヤシロと仲良しだ! それが普通だぞ!」
カブリエルに対抗してか、反対側からデリアも肩を組んでくる。
わぁ、やわらかぁ~い! 張りがあるのに、ぷにぷにだよぉ~!
「あぁっ!? 兄ちゃんがなんかすげぇ嬉しそうですよ!?」
「くっそ! やっぱり虫人族と獣人族じゃ、差があるのか!?」
「……違う。ヤシロの笑顔はおっぱいに起因するもの」
「「あぁ……」」
「おい、納得すんな!」
その通りなんだけど、納得されるとちょっと恥ずかしいわ!
「まぁ、垂れ始めてからが本当の魅力なんだけどな」
「一理ありますね、カブさん! けど、膨らみかけもいいですよ!」
「……あぁ。ヤシロがまたおっぱい繋がりの変態を呼び寄せてしまった……」
「待てマグダ。お前発信だからな、このおっぱいトーク!」
熟女マニアとなんでもありのマニアックコンビと俺を一緒にしないでくれ。
重力に抗う姿勢こそが美しいということも分からんような連中とはな!
「でだ。話を戻していいか」
「……マグダが狩猟ギルドから持ってきたのは替えの下着がいくつかだけ…………いる?」
「どこまで戻った!? それ、初めて会った時の会話だよな!?」
戻し過ぎだぞ、マグダ!?
「兄ちゃん……こんな小さな娘に……それも出会ってすぐそんな話を…………」
「ドン引きしてんじゃねぇよ、熟女マニア!」
確かにそういう会話はしたが、俺のせいじゃないんだっつの。
「今日は花火を打ち上げる練習をする。それで、マグダとデリアにも手伝ってもらいたいんだ」
「……打ち上げ?」
「正確に言えば『放り投げ』だ」
「花火ってのを、放り投げればいいのか?」
マグダは右に、デリアは左にこてんと首を傾ける。
なんだよ、二人してケモ耳揺らして。可愛いじゃねぇか。
本番はカブリエルたちに任せるつもりだが、こいつらが実際どの程度『デキる』連中なのかは未知数だ。
呼んだはいいが目も当てられないような惨状、ってのは困る。
そこで、ウチの『デキる』人員を二人ほど用意したわけだ。保険だな、要するに。
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