夜。
陽だまり亭の店内はガランとして、静けさに包まれている。
一日の終わりがすぐそこまで迫っている。この時間はいつも静かだ。
マグダはロレッタを送るためにニュータウンへ向かっている。夜道は危険だからな。
……ん? マグダ?
あいつに襲いかかる勇気のあるヤツはこの四十二区にはいねぇよ。
俺が送っていくよりはるかに安全で安心だからな。
そんな、毎日のよくある風景を眺め、俺は思う。
あぁ、今日も一日よく働いたな……と。
ラストオーダーも終わり、食器も片付けて、陽だまり亭は閉店作業を…………始められないでいた。
「店長さん、お紅茶をもう一杯いただきますわ」
「はい。ただいま」
「って、こら!」
「何か?」
イメルダが、優雅に紅茶を啜ってやがる。
「何か?」じゃねぇよ!
「ラストオーダーはもう終わったんだよ。さっさと帰れ」
「それがお客様たる、このワタクシに向かって言う言葉ですの!?」
「さっさと帰りやがれください!」
「嘆かわしいですわ……こんな目つきの悪い人が接客業をやっているなんて」
「目つきは言葉遣いと関係ねぇだろ!?」
なんなんだ。
こいつは俺にケンカでも売ってるのか?
「ジネットはあの爆乳を維持するために、毎晩早寝をしてるんだぞ!?」
「胸の維持のためではありませんよっ!?」
「まぁ……エネルギー効率悪そうですものね、あの胸」
「そんなことないですよっ!?」
いや、しかし、あんな大きい物をぶら下げていたら体力の減り方も半端ないだろう。
早く眠らせてやりたいもんだ。
「というわけで帰れ」
「どうして、レディをそう邪険に扱うんですの!? ヤシロさんには思いやりという言葉が不足していますわ!」
「重い乳ならそこにあるだろう」
「思いやりですよ、ヤシロさん!? あと、そんなに重いというほどのものでもありませんから!」
ジネットがよく分からないことを吠えている間、俺はイメルダの行動を観察し、あることに気が付いた。
イメルダはティーカップに口をつけ、ちびりちびりと唇を濡らす程度の速度で紅茶を飲んでいる……いや、飲んですらいない。
……こいつ、時間を稼いで何かを企んでやがるな?
なんだ?
ここに留まることで得られるメリット…………
「もしかして、お前。今日泊めてほしいのか?」
「そ、そんなわけありませんわ!」
「それでしたら、一部屋空きがありますので構いませんよ?」
「……………………」
揺らいでる!
イメルダの心が揺らいでやがる!
やっぱりだ。
こいつは何かしらの理由があって家に帰りたくないのだ。
「……ベッドは、どんなものですの?」
「そんな上等なものではないのですが、ワラを敷き詰めた……」
「ワラっ!?」
イメルダが、劇画タッチな表情で固まる。
……まぁ、俺も最初は驚いたよ。でも慣れると気持ちいぞ、ワラベッド。
ちゃんと毎月新しいワラに交換してるし。天日で干した直後のワラって、いい香りするんだよな。
「あり得ませんわ! このワタクシがワラに包まって眠るだなんて!」
「いや、お前……泊めてもらう立場だろ?」
「泊まりませんわ、このような場所になんて」
「じゃあ帰れ」
「……………………」
「なんなんだよ、お前は!?」
本当に、何がしたいのか、訳が分からない。
「…………」
「なんだよ、ジッと見て」
「…………みゅう」
「なんで鳴いた!?」
もう……なんなの、マジで?
「あの……何か事情がおありなのでしたら、話していただけませんか? お力になれることでしたら協力いたしますよ」
「……本当ですの?」
「もちろんです」
また、こういう場面で安請け合いをして……
イメルダが言い難そうにしていることだぞ? どうせ面倒くさいことに違いないのだ。
だいたい、こいつの家には数十人に及ぶ給仕集団がいるのだ。
そいつらにやらせればいいんだよ。どんな事情があるのかは知らんがな。
数十人の給仕がいりゃあ、大抵問題は解決するだろう。
「実は今日……給仕が一人もいないのです」
「いないのかよっ!?」
俺の解決策が全否定された瞬間だった。
つうか、それが問題だったのかよ!?
「何がどうしてそうなったんだよ?」
俺はイメルダの前の席に座り、じっくりと話を聞くことにした。
聞かなきゃ、こいつは帰りそうにないからな。
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