「というわけで、リカルド。俺を罵ってくれ」
「帰れ!」
俺の知り合いの中で、ぶっちぎりのイヤなヤツ。四十一区の領主、リカルド・シーゲンターラーだ。
アポを取ってないんで、門番に追い払われたのだが、「ちょっと頑張ったら忍び込めるかなぁ~?」って思って、ちょっと頑張ってみたら、まんまと忍び込めてしまった。
現在俺は、リカルドの屋敷の、執務室にいる。
「どうやって入ってきやがった。コバエみたいなヤツめ」
「おいお~い! 誰がコバエだよ~。怒るぞ、こんちきしょう~」
「ニヤニヤすんじゃねぇよ! 気持ち悪い!」
「き、気持ち悪いって……そういう時は『キモッ』って短く吐き捨てる方がダメージ大きいんだぞ!? 美少女の放つ蔑んだ目が合わさればさらに威力が倍増してだな……!」
「熱く語るな! 変態かテメェは!?」
「誰がお前の同類だ!?」
「俺は変態じゃねぇ!」
「――などと、訳の分からないことを申しており……」
「テメェ、ホント、何しに来たんだよ!?」
リカルドは怒鳴り、こげ茶色の重厚な執務机を乱暴に蹴り飛ばす。
ゴットッ……と、重たい音を上げて、執務机が若干移動する。
「短気だなぁ。あんまイライラすんのは体によくないぞ?」
「誰のせいだ!?」
「両親の遺伝子が……」
「テメェだ! テメェが目の前でちょろちょろするからだ!」
「誰が目の前でぶらぶらさせてるって!?」
「言ってねぇ! お前は耳までもがおかしいのかっ!?」
執務机にバンバンと拳を振り下ろしては打ちつける。
お前、もしその執務机に意思が存在したら確実に訴えられるぞ。
「侵入したことは不問にしてやる。用がないなら帰れ!」
こめかみに青筋を立てながらも、リカルドは随分と寛大な処置を下す。
へぇ……不問にねぇ……
「やっぱアレか? 最近遊んでくれる人がいなくて寂しかった派か?」
「自警団を呼ぶぞ?」
「なんだよ、心配してやってるのに」
「テメェの心配なんざいるか!」
仕事を諦めたのか、リカルドは椅子の背もたれに体を預け、ぐるりと真後ろを向く。
「テメェを見てると調子が狂うんだよ!」
「うわぁ……フラグだぁ……このあと急激にデレるフラグだぁ……」
「誰がだっ!?」
椅子から身を乗り出し、こちらに牙を剥くリカルド。
だが、すぐさま顔を顰めて椅子に座り直すと、また俺に背を向けた。
「テメェはなんなんだ? ふざけてるのかと思えば、きちんと核心を見つめてやがる。かと思えば常識的に考えてあり得ないバカな行動に出やがる」
「……ふむ。褒められてる気がするな」
「……チッ!」
まぁ、図星だったのだろう。キレーな舌打ちが返ってきた。
『小学四年生・よい子の舌打ち』とかいう教材があれば、お手本として収録されそうな、模範的な舌打ちだ。
「だいたいな、領主の館に不法侵入するなんざ、極刑もんだぞ!? しかも、これから派手に戦争をおっぱじめようって時にだ!」
「大食い大会が戦争って……ぷぷぷ」
「テメェが言ったことだろうが! こいつは戦争だって!」
「過去にこだわる男だなぁ」
「テメェが適当過ぎるだけだろうが!」
こいつは、なんか本気で怒ってるみたいでおっかないよな。
ギャグなのにさぁ。
「主様! 一体何事で……やややっ!? 貴様は四十二区の!? どうやって忍び込んだ!? 兵を集めろ! 侵入者じゃっ!」
以前、俺たちを案内してくれた慇懃無礼なクソジジイが、ポックリ逝くのも厭わないという勢いで捲し立てる。
屋敷のあちこちからドタバタと無数の足音が響いてくる。
「いい! 構うな!」
だが、そこからとんでもない一大事に……ってことにはならずに済みそうだ。
リカルドが立ち上がり、慇懃・オブ・クソジジイに鋭い視線を向ける。
「放っておけ。俺の客だ」
「し、しかし、主様……」
「二度言わせるな!」
「…………はっ」
ジジイは頭を垂れ、短く返事を返す。
それを聞き、集まっていた兵士たちはぞろぞろとこの場から離れていった。
全員が全員、俺に恨めしそうな視線を送りながら。
「怖ぇ~」
「訓練された兵というのは、ああいうものだ」
兵士を見送りながら漏らした俺の言葉に、リカルドはそんな言葉を返してきた。
あ~、いやいや。そうじゃなくてな。
「怖いのは、お前だよ」
どんな理不尽もたった一言で突き通すその態度。
今の場合、クソジジイの意見の方が絶対的に正しい。
にもかかわらず「俺に逆らうな」と匂わすだけですべての兵士が身を引いたのだ。
「この区は、お前がこければ全員がこけるな」
「俺がそんなヘマをするかよ」
「すげぇ自信だな」
「俺たちは狩猟民族だからな」
誇らしげに、リカルドは言う。
「ギルドにこそ入っちゃいないが、親父も俺も、狩りの腕なら狩猟ギルドの連中にも引けを取らないレベルだ。まぁ、お前んとこのウッセ程度じゃ、俺の足元にも及ばねぇだろうな」
四十二区の支部を任されているウッセを超えると豪語するリカルド。
確かに、筋肉の付き方が一般人とはかけ離れている感じはするが……ちょっと盛り過ぎじゃないか?
「狩猟民族は、絶対的に頼れるリーダーに惹かれるんだ。だから四十一区の領主は、誰よりもパワフルで、頭が切れて、即断即決できる強い男でなけりゃいけねぇのさ」
「じゃあメドラじゃねぇか」
「バカヤロウ! 女に領主が務まるか!」
うわぁ……エステラ全否定だよ……
あと、日本で言おうもんならいろんな団体からクレームが来ていたことだろう。
よかったな、異世界人で。
「とにかく。俺が先頭に立ち、行く道を示してやることで、領民たちは迷わず前に進めるんだ。領主ってのは、そういうもんだろうが」
先頭に立つお前が、行き先を間違えていなければな。
「俺は、テメェに勝つぞ、オオバヤシロ」
リカルドが、まっすぐに俺を睨みつける。
明確な敵意を向けられている。だが、真正面から、正々堂々としたそれには、不快感を覚えることはなかった。
「俺は、勝つための戦いをする。テメェが何を企み、どんな策を弄しようが、俺はそれを力でねじ伏せてやる。覚悟しておくんだな」
清々しいまでの宣戦布告だ。
こいつは、実はすごく真面目なヤツなのではないだろうかと思えてきた。
「お前が勝つべきは、俺じゃなくてエステラだろうが。四十二区の代表者はエステラだぞ」
「ふん、エステラなど、俺の相手じゃねぇ」
鼻で笑い、ビシッと俺に指を突きつける。
「俺が相手にするのは、真に強いヤツだけだ。……テメェだよ、オオバヤシロ」
それはきっと、俺を評価しているということなのだろうが……
もしそうであるならば尚のこと、お前はエステラと戦うべきなのだ。
本当に脅威なのは強い手駒ではなく、その強い手駒を自在に操れるプレイヤーなのだから。
直面した困難に臆せず立ち向かう勇気は、こいつの持ち味なのかもしれないが、それがこいつの欠点でもある。
最高のプレーヤーがいいコーチになるわけではないように、歴戦の勇者がいい領主になれるわけではない。
むしろ、戦いには身を投じず一歩引いた視点で物事を見ることが出来る、そういうヤツの方がそういうポジションには向いているのだ。
少なくとも、リカルドが脅威だと認めたオオバヤシロという男は、エステラという領主でなければ助力を得ることは出来なかっただろう。
お前自身が警戒すべきだと言った男を引き摺り出したのは、お前が歯牙にもかけていないエステラなんだぜ? そこに気が付けないようじゃ……足をすくわれちまうぜ。
これから争い合おうって相手の前ではいきり立つな。常に冷静を心がけ、どんな些細なことにも心を乱してはいけないのだ。
平常心を欠けば、そこからほころびが生じるからな。
「それに、お前がエステラとくっつきゃ、結局お前が領主になるんだろうが」
「にょーんっ!?」
平常心が脆くも崩れ去った。
「ぽっ、ぽまぇ!? なに言っちゃってんの!? なんで俺がエステラと!?」
「なんだよ。惚れてるから力を貸してるんじゃねぇのかよ?」
「た、単純だなあ、君は! 心がピュアなのかい!? 純粋に下世話なのかなぁ!?」
「ちょ、……落ち着けよ」
「お、おおおおちちついてるさぁ! エステラには突けるほどのお乳は無いけどな!」
「だぁっ! 落ち着けつってんだろ!」
だってよぉ! お前がよぉ!
リカルドは若干イライラしながら髪を掻き上げ、短い息を吐いた。
「なんだよ、違うのかよ。俺はてっきりそうだとばかり………………はっ!? ってことは、まさか、テメェ!? ……やっぱり、メドラみたいなのが……いいのか?」
「だから、汚物を見るような目で見んじゃねぇっつってんだろ!」
一気に落ち着いたわ。
浮かれた気分も激萎えだよ!
「俺は、俺のためにこの大会に参加する。勝たなきゃいけない理由も、個人的なものだ。だから、立ちはだかるヤツは俺の責任で排除してやる」
「上等だ。返り討ちにしてやるぜ」
獲物を狙うハンターの目を向けられる。
楽しそうな顔しやがって。
お前が俺に気を取られてエステラを見られていないというのであれば、俺たちに勝機はある。
ゲームってのは、大将が無事なら他が全滅しても逆転できるもんだからな。
四十二区の大将は俺じゃない、エステラだ。
俺は、ただのゲストだよ。
「さて……俺は忙しい。そろそろ帰れ」
「あぁ。お茶も出なかったが、期待してなかったから文句だけに留めておいてやろう」
「文句言ってんじゃねぇよ。誰がテメェなんぞに茶を出すか」
「お客様には礼をもって接する、そういう心のゆとりは必要だと思うなぁ、俺は」
「礼を欠いたヤツにまで礼をもって接するのは愚者の行いだ。物乞いと王族を同列に扱うことが素晴らしい人間のすることか?」
「いいや。そいつはただのバカだな」
「なら、茶はテメェの家で飲むんだな」
もしかしたら、この街で一番話が合うのはこいつなんじゃないかと、そんな錯覚をしてしまいそうになった。
単純に、腹の黒さが似ているだけなんだろうがな。……ふふ。
「ちなみにだが、リカルド」
「なんだ?」
「お前、乳首は何色だ?」
「帰れっ!」
椅子っ!?
あいつ、あのクソ重たそうな椅子を投げてきやがった! 信じられねぇ!?
ドアにぶつかって「ガッゴン!」って音してんじゃねぇか!?
っていうか、部屋の隅から入り口まであの椅子を投げ飛ばせる腕力、地味に怖ぇ!?
こんな凶暴な連中がたむろしている危険地帯には、もう一秒たりともいられない。
俺はさっさとリカルドの館を後にしたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!