食堂に出ると、隅っこの席にデリアとマーシャが座っていた。デリアは今日はお客として来ている。
「おぉ~! ヤシロ~!」
「あらあらぁ、ご無沙汰ねぇ~」
川漁ギルドのクマ娘と、海漁ギルドの人魚が差し向かいでハニーポップコーンを食べている。
「悪いな、ヤシロ。本業の方が忙しくてなかなか手伝いに来れなくてさぁ」
「気にすんなよ。新人も入ったし、デリアは自分の仕事を優先させるべきだよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「でも、また暇な時は手伝いに来てくれよ」
「あらあらぁ? ヤシロ君はデリアちゃんがお気に入りなのかなぁ?」
「そ、そうなのかっ?」
「あ、いや、俺がというか……デリアの超ミニメイドのファンがいてな。シフトの日を教えろとうるさいんだ」
「あっ、あたいのファン!?」
デリアはとても驚いているようだが、デリアのファンは割と多い。
可愛い系ばかりの陽だまり亭において、珍しくカッコいい系だからな。
「マーシャ……すまない。急用が出来……」
「ダメよぉ~。こっちはこっちで困ってるんだから」
さすが長年の友人。デリアの言うことならなんでもお見通しなのだろう。……いや、俺でもさっきのは理解できたけどな。
「何か問題でもあったのか?」
「う~ん、ちょっと汚水がねぇ……」
「汚水?」
困り顔のマーシャは、ポップコーンを摘まみながら話し始める。
「この長雨のせいで、泥水が海に流出してるんだよぉ」
「川漁ギルドの方でも、泥水が海に流れないように対策はしてるんだけど……」
「うまくいってないのか?」
「雨の量がすごかったからね」
「あとねぇ、泥水もそうなんだけどぉ……人間の生理現象のたまものが海に流れ着いちゃってるんだよねぇ」
『生理現象のたまもの』というのは、要するに糞尿のことだ。
この世界では肥溜めにためて肥料にするのが一般的だ。
だがここ一ヶ月の降ったり止んだりの長雨のせいで、それらのうち何ヶ所かから汚水が川へと流れ込んでしまっているようだ。
「少しくらいなら、お魚が食べてくれるからいいんだけどねぇ。あんまり多いとねぇ……」
「ウチでも、川の水が汚れて困ってるんだよな」
「それでぇ、二人で対策を話し合ってたのぉ」
とは言うのだが、はたから見ていると、一緒にポップコーンを食べているだけにしか見えない。
「俺に出来ることがあったら言ってくれな。出来る範囲で協力するから」
ただし、見返りは求めるけどな。――と、ここは黙っておく。
「優しいねぇ、君は。じゃあまた、網のお掃除頼んじゃおうかなぁ。今度持ってくるね」
「じゃあ、あたいは、ポップコーンが食べたい!」
どちらも汚水には一切関係のないことじゃねぇか。
あ、でも。ポップコーンの移動販売がうまくいけば川の方まで範囲を広げるのもありか。期待が広がるな。
あ、そうだ。こいつを使わせてもらおう。
「デリア、明日は川での作業だよな?」
「あぁ。川漁ギルド総出で土嚢をもう少し高く積み上げるんだ。近々、また一週間もしないうちに大雨が来そうだからな」
なら、そこにお邪魔するとしよう。
……にしても、大雨か……
幸いなことに、ここ最近はなんとか天気が持っているという状況だ。おそらくあと数日は持ち堪えてくれるだろうから、その間にある程度の実績は残しておきたい。
雨で移動販売が出来ない間、お客が販売再開を心待ちにしてくれていれば、再開した時の売り上げは爆発的に伸びるはずだからな。
最初三日が勝負か。
「じゃあ、ゆっくりしていってくれ」
「あぁ。ポップコーンを食べながら寛いでいくな」
「お気遣いありがとねぇ、ヤシロ君。でもデリアちゃん。寛いでないで話し合いしましょうねぇ」
とりあえず、今現在俺に手伝えることはないようなので、俺はその場を離れる。
食堂を出て、店の裏側へと回る。トイレを過ぎて、薪置場の前だ。
そこには、ウーマロと、ハムっ子の年長組が四人いた。ハムっ子は全員男で、ウーマロの手伝いをしている。
「あーっ、そこ! 釘はまっすぐ打つッス!」
「はいッス!」
いや、口調は真似しなくていいから。
良くも悪くも素直だな、ハムっ子たちは。
「調子はどうだ?」
「あ、ヤシロさん。ぼちぼちってところッス。急ぎの二台は夕方までに完成するッスよ」
ウーマロには、昨日約束した移動販売用の荷車を作成してもらっているのだ。
荷車と言っても、リアカーのような形状ではなく、屋台のような造形だ。というかもう完全に屋台だ。
屋台を引く持ち手に向かって、右が客側、左が店員側になる。
大きな車輪が二つ側面についており、販売時にはストッパーで屋台を固定する。
屋台の底面から胸の高さまでが箱状になっていて、店員側から開閉でき、箱の中には商品とお金が入るようになっている。そして、屋台上部には屋根が取り付けてある。
ゆくゆくは、小さな竈を内蔵して外で調理できるようにしたいのだが……まぁ、最初はこんなものだろう。
「ハムっ子たちはどうだ?」
「まだまだッスで。でも、やる気とガッツは大したものッスから、鍛えがいがあるッス」
「頑張るッス!」
「棟梁を超えるッス!」
「ほら、しゃべってないで手を動かすッス!」
「「はいッス!」」
「……無邪気過ぎるところが、良くも悪くもって感じッスかね」
ため息を吐きながらも、ウーマロは少し楽しそうだった。
技術の継承というのは、やはり面白いものなのだろうか。
……そういえば親方も、俺にものを教える時はすげぇ楽しそうな顔してたっけ……
「オイラは甘くないッスからね! ビシビシしごいてやるッスから、覚悟するッス!」
「「「はいッス!」」」
なんだかんだと頼りになる男である。
人間としての器は、ウチの親方といい勝負かもしれない。
……なんてことを思っていると、裏庭にマグダがひょっこりと現われた。
「……ヤシロ。いい?」
「「「「「はぁぁぁああんっ! マグダたんマジ天使ッスゥ!」」」」」
「おかしな病気を蔓延させてんじゃねぇよ!」
ウーマロ菌が物凄く猛威を振るっている。感染者がすでに四人も……由々しき事態だ。
バイオハザードだ。
「で、どうしたんだマグダ?」
「……頑張るみんなにポップコーンの差し入れを持ってきた」
「「「「「はぁぁぁああんっ! マグダたんのお手製ポップコーン!」」」」」
「……作ったのは妹たち」
「「「「「………………」」」」」
テンション下がってんじゃねぇよ。
「……でも、妹たちはみんな…………つるぺた」
「「「「「………………っ!?」」」」」
「なにっ!? いや、でも……」みたいな顔してんじゃねぇよ。
なんなんだよ、お前らのその一体感?
「……ヤシロ、試食を」
「そうだな。じゃあ、一つもらうか」
マグダに手渡されたポップコーンは温かく、蜂蜜の香りがふわっと香っていた。
……だが。
「弾けてない粒が多過ぎる。なのに焦げているヤツがある。フライパンの振りが甘いんだ。それから、蜂蜜はちゃんとバターと牛乳で溶かすんだ。これじゃあベトベト過ぎて見た目に綺麗じゃない」
「……おぉ……厳しい」
「美味い物は最高の状態で提供したいだろ?」
「……同意」
「お前たち、聞いたッスか!?」
「「「「はいッス! 『……同意』ッス!」」」」
「そっちじゃないッス! いや、そっちこそが天使の澄みきった声で重要ッスけど、ヤシロさんの言葉ッス!」
「「「「…………?」」」」
「オイラたちも、一流の荷車を最高の状態で引き渡すッス! それがプロというものッス!」
「「「「はいッス! ヤシロたん、マジ天使っ!」」」」
「ヤシロさんは天使じゃないッス! マグダたんと同列に扱うなんて、マグダたんに失礼ッス!」
「よし、お前ら五人、ちょっと来い。拳で語り合おう」
どいつもこいつも失礼だ。
まったく、ろくでもない男だな、ウーマロは。
人間としての器がまだまだ未成熟なのに違いない。でなければいびつに歪んでいるのだろう。
まったく嘆かわしいことだ。
「マグダ、ウーマロ。各々、明日までに準備を整えておいてくれよ」
「え? 移動販売を始めるのは明後日からじゃなかったッスか?」
「明日は最終確認を兼ねたテスト販売を行うんだよ。ぶっつけ本番なんか怖くてできるか」
「あぁ、なるほどッス。じゃあ、実際動かしてみて不具合がないかを確認できるッスね」
「……こちらも、やってみて不都合がないか確認する」
ポップコーンの移動販売において、この二人は指導担当だ。頼りにしている。
「明日は予行練習として、川漁ギルドのところへ販売しに行く」
「デリアさんのとこッスか?」
「あぁ。実際金が取れる上、失礼があっても多めに見てくれるし、失敗してもまぁなんとか誤魔化せる絶好の練習場だ」
「……ヤシロさん、仲間内には結構エグいことするッスよね。友達なくすッスよ?」
ふん。この程度でなくなるなら、そいつは友達なんかじゃなかったってことだ。
友達というのは、いついかなる時も、どんな状況下に置かれても、無条件でお金を貸してくれるヤツのことだ。そういうヤツがいたら、俺はそいつを親友と呼んでやろう。
そんなこんなで、急ピッチに作業は進められた。
翌日の予行練習も兼ねた小金稼ぎも、もろもろのトラブルはあったりしたものの、特筆すべき事柄ではないので割愛する。
軽く触れるとすれば、デリアに渡るはずだったハニーポップコーンに、オメロが間違って手をつけてしまい……濁流荒れ狂う川のほとりでジャブジャブ洗われてしまった…………なんて、よくある日常のトラブルくらいしかなかったわけだ。
至って平凡。いつも通りだ。
しかし、予行練習をやった成果はあったようで、ポップコーンのクオリティは安定するようになった。まだ少し調理に時間はかかるが、妹たちに任せても大丈夫だろう。あとはマグダがうまく調整してくれるはずだ。
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