異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

158話 現状把握と打開策 -1-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:3,527

 手巻き寿司を堪能し、モーマットの野菜ごり押し企画のキャベツたっぷりちゃんちゃん焼きもあらかた(ベルティーナが)食い尽くしたところで、俺は河原を見渡す。

 

 よく見る顔ぶれが揃い、食休みがてらにあちらこちらで談笑している。

 ジネットとミリィが笑い合い、ハムっ子たちがノーマに群がりロレッタに叱られて、でもノーマはまんざらでもなさそうで、デリアとマーシャが川vs海の魚談議に花を咲かせ、ベルティーナは教会のガキどもに目をやりつつも食後の食事を楽しんでいる。……まだ食うのか、あいつは。

 それで結局、ガキどもの面倒を見ているのはエステラだ。あいつ、子供好きだよなぁ。発育状況が近いからシンパシー感じてんのかな? きっとそうなんだろう、うん。

 向こうでは、ウーマロとモーマットがなんともオッサン臭い雰囲気で食休みをしていて、マグダが前を通る度にウーマロのテンションが上がる。

 

 いつも通りの風景に見える。

 だが、ここにいる連中の多くはこの『いつも通り』を見失っていたのだ。

 

「なぁ~、ミリィ」

「なぁに?」

 

 とててっ、と、ミリィが駆けてくる。ちょっと聞きたいことがあっただけだから、その場でよかったのだが。

 ミリィに付いてジネットまでもが俺の前にやって来る。

 

「今日、よかったのか? 休憩って言ってた時からずっと付き合わせちまってるけど」

「ぅうん。付き合わせてるなんて……みりぃの方が付き合ってもらってるんだょ。元気、いっぱいもらったし」

 

 元気が出たのならいいことだけど。

 それでも、今生花ギルドは森の世話でてんてこ舞いしているはずだ。

 

 そんな中で若いミリィが抜けるのは痛手なんじゃないか。

 

「さっきね、じねっとさんのスープを持って森に行った時に、てんとうむしさんのこと、ぉ話したの。『心配して来てくれたんだょ~』って」

 

 いや、心配してたのはジネットやエステラたちなんだが。

 

「そしたらね、ギルド長さんがね、『今日はのんびりしてきなさい』って言ってくれて」

「無理をさせたんなら悪かったな」

「ぅうん。みんな喜んでたょ。『てんとうむしさんが動き出した~』『わ~い』って」

「俺はどこの正義の味方だ?」

 

 俺が動いたところで、状況がよくなるとは限らねぇっての。

 

「くすくす……でもね。てんとうむしさんやじねっとさん、えすてらさんに陽だまり亭のみんな……みんなが、心配してくれたってことが嬉しかったんだと思うの。これまで、孤独な戦いだったから」

 

 戦いか……。

 ミリィにしては物騒な表現だ。

 

「ぁ、ぁと…………ぇっと、これは、ギルド長さんと、大きいお姉さんたちが『絶対言いなさいよ』って、言ってたことなんだけど…………」

 

 もじもじそわそわとして、ミリィが長い前置きを語る。

 言い難いことを言う準備だろう……が、『大きいお姉さん』って…………要するにオバサンだろ? ないし、ババアか。

 

「ぁ、ぁの……みりぃが言ったんじゃないから、ね? 変な意味で受け取らないで、ね?」

 

 と、何度か念を押して。

 

「ぇっと……『みりぃのこと、しっかり守ってあげなさいよっ!』…………って」

 

 自分で言った後、首から上を真っ赤に染め上げる。

 きっと、『っ!』って強調するところまでしっかり言うように言われてきたんだろうな。

 ミリィは真面目なんだから、そういうことしてやんなよ。

 

 まぁ、大切にされてるってことか。職場環境は悪くなさそうだ。

 ……俺は御免だけどな、そういう面倒くさいタイプのお節介オバサンは。

 

「しょうがねぇなぁ。じゃあ、ミリィに悪い虫がつかないように見張っててやるよ」

「ぅん! ……ぇへへ。なんだか、ごめん、ね?」

 

 オバサンの戯言に付き合わせてしまって、という謝罪をしつつも、どこか嬉しそうに身をよじるミリィはなかなかに可愛らしく、まぁ、この顔を見られただけでも、オバサンのお節介も時にはいいものかもしれないなと思ってやってもいい気がしないでもない。

 

「悪い虫の親玉が何か言ってるみたいだね」

「誰が節足動物の多足類だ?」

「えっ、『悪い虫』って昆虫じゃないの?」

 

 多足類の方が悪そうじゃねぇか。

 ヤスデとかムカデとか。

 

 そんな虫を想像したのか、エステラは一瞬眉を顰めて、自身の二の腕をさすった。

 

「まぁ、毒を以て毒を制すって言葉もあるしね。親玉がそばにいれば悪い虫も寄ってこない可能性は否定できないよね」

「みりぃに、そんなの寄ってこないよぉ」

 

 くすくすと笑い否定するミリィ。

 その前に、俺が親玉じゃないってところを否定してほしいかな、俺的には。

 

「でも……」

 

 ふと、ミリィの笑顔に影が射す。

 

「明日は、今日の分まで頑張らなきゃ」

 

 小さな手で拳を作り、きゅっと力を込める。

 いつまで続くのか分からない気の遠くなるような作業。

 けれど、仲直りできたからまた頑張れる。……そんなところか。

 

 

 ふむ。明日か……

 

 

「なぁ、ノーマ」

「なんさね?」

 

 やんちゃ坊主を一人捕まえて、お仕置きでもしていたのだろう体勢でノーマがこちらを向く。小脇に抱えられたやんちゃ坊主が暴れる度に、とろける乳房がぷるんぷるん……

 

「そのアトラクション、何分待ち?」

「アトラクションじゃないさね!」

「ヤシロさん。……子供はそういう目で見ていませんので、同列になろうとしないでください」

 

 ぷくっと頬を膨らませてジネットが俺を睨む。

 わぁ、可愛い。どこのゆるきゃら?

 

 ……と、そうではなくて。

 

「金物ギルドはどうなんだ? 水不足、苦労してるのか?」

「そりゃあねぇ。板金にせよ、鋳造、鍛造……なんにせよ、水は大量に使うからねぇ。あと、仕事中は汗をよくかくから、水もよく飲むさね」

 

 鍛造だと、熱して打った鉄を水につけて急激に冷やしたりするんだっけな。

 

「ウチの若いもんが毎朝川まで汲みに来てるんさよ」

「いつもはどこの水を使ってるんだ?」

「裏通りに溜め池があるんさよ。ほら、モーマットの畑を通る水路があるだろぅ? あれの行き着く先がその溜め池なんさよ」

 

 ってことは、あそこの水路が復活すれば、そっちも丸く収まる感じか……

 農業ギルドや生花ギルドほどではないにせよ、やはり水汲みの労力はかなりのものだろう。なくせるならなくしたいはずだ。

 

「ウーマロは?」

「オイラたちも割と使うッスよ。木材を洗ったり、にかわを溶かしたり……あと、泥をこねたりもするッス」

 

 大工も水は使う、か。

 

「まぁ、オイラんとこは、ニュータウンの川があるッスからそんな困ってないッスけど」

「あぁ。ロレッタの妹がすっぽんぽんで水浴びしてる、ウーマロ行きつけの川な」

「その二つの事象は事実かもしれないッスけど、そこに因果関係はないッスよ!?」

「たまにロレッタも出没する」

「しないですよ!?」

 

 大工は特に困ってないようだ。

 

 ちなみに、他の三人はどうだろうか?

 こいつらは全員門の外での仕事だが……

 

「イメルダ。木こりギルドはどうなんだ?」

「支部内で使用する水は井戸のものですし、それ以外は門の外にある湖で調達していますわ」

「湖なんかあるのか?」

「……ある。マグダもたまに利用する」

 

 狩猟ギルドも、そこを使っているらしい。

 しかし湖か……

 

「そこから水を持ってこられればいいんだけどな」

「……魔獣が跋扈する森の中で、水の運搬をするのは非常に困難」

「そうですわね。狩猟ギルドのメドラギルド長がいらっしゃれば、話は別でしょうけれど」

 

 四十二区の外は、森の深層部だ。生息する魔獣のレベルも高い。

 そこでの水運搬は確かに難しいかもな……メドラでもない限りは。

 

「マーシャはどうだ?」

「あ、私は海水でも平気~☆」

「…………あ、そう」

 

 人魚は海水でも生きていけるのか。

 逆に、真水に浸けたら苦しむのかな?

 

「モーマットとミリィは言わずもがな……か」

「まぁ、な」

「ぅん。たくさん使う、ね」

 

 やはり水路を復活させる必要があるな。

 なんてことを考えていると……

 

「マーシャぁ、ヤシロがあたいにだけ聞いてくんない!」

「う~ん、デリアちゃんのとこは聞くまでもないレベルだからねぇ☆」

 

 なんだかデリアが寂しそうにこちらを凝視していた。

 いやいや。

 デリアは水がいるもなにも、水がなきゃ始まらねぇじゃねぇか。

 

「ヤシロさん。とりあえず、聞いてあげてはどうでしょうか?」

「えぇ……」

 

 ジネットの耳打ちが耳にくすぐったくて……俺は少しだけ寛容な心でデリアに言葉を向ける。

 

「デリアのところは、水、使うか?」

「使う! 超使う! 一番使う!」

 

 ……だろうねぇ。

 

「……無益だ」

「まぁまぁ、ヤシロ。今日は少しくらい甘やかしてあげてもいいんじゃないかな?」

 

 そうは言うがな、エステラ。

 人は甘やかされると、次からもそれを期待するんだぞ?

 何かある度に、訴えかけるような視線を向けてくるようになるのだ。

 

 ちょうど、困ったことがあると俺を見つめてくるジネットのようにな。

 

 ……こいつも、一回ガツンと言ってやる必要があるかもしれないな。

 

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