異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

270話 誰かを攻撃する時は -1-

公開日時: 2021年6月7日(月) 20:01
文字数:3,651

「それで、お兄ちゃん。どうするです?」

 

 眉を吊り上げて、ロレッタが俺ににじり寄ってくる。

 

「どうって、何がだよ?」

「もちろん、意地の悪い組合の偉いさんに対してです!」

 

 拳を握り吠えるロレッタに、マグダが頷いて同意を示す。

 涼しい顔をしていながらも、ノーマとイメルダもそれには異論がないようだ。興味深そうな目をこちらに固定して一瞬たりとも逸らさない。

 

「ウチの大切なウーマロさんが酷い目に遭わされたです! 四十二区の仲間として、当然仕返しに行くですよね!?」

「……マグダも、助力は惜しまない予定」

 

 罪には罰を。

 そんな義憤とも私怨ともいえるような感情を燃え上がらせ、一同が俺を見つめる。

 だが。

 

「下手に手を出すのは逆効果だぞ」

 

 しっかりと現実を突きつけておく。

 

「さっきも言ったが、今俺が言ったのはすべて状況証拠だ。決定的な証拠がなければ、連中はいくらでも言い逃れが出来る。大工の組合のそれなりの地位にいるヤツらに片っ端から『精霊の審判』をかけて回る気概があるってんなら話は別だがな」

 

 たとえば――

「お前、悪事を企んだろう?」

「知らんな」

「『精霊の審判』!」

 ――そんなことが出来るなら主犯を割り出すことは可能かもしれない。

 だが、現実的ではない。

 

「もし、主犯が王族なら、お前らは王族にまで『精霊の審判』をかけに行くか?」

「現実的じゃないね、それは」

 

 俺の言葉に表情を強張らせた一同の緊張を和らげるように、エステラが笑みを含んだ明るい声で言う。

 そう、現実的じゃない。

 そんなことをし始めれば、連中は真剣に抵抗を始めるだろう。

 最もありそうなのが暗殺だ。……こいつらを、そんな危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 

「それに、あまりに目立つ行為は、トルベック工務店の組合での立ち位置を危うくすることになるぞ」

 

 今でさえ、『他所がうまくいけば難癖をつけてくる』なんてレッテルを貼られているんだ。組合に反発なんかしたら何を言われるか分かったもんじゃない。

 

「土木ギルドの組合は、ほぼすべての区の大工が加盟している大きな組織だ」

 

 確かに一部の大工は加盟していないが、そいつらは王族のお抱えなど、他とは違う特殊な立ち位置の連中だ。組合がなくてもやっていける、そんな例外的な大工以外は、みんな加盟していると言っていい。

 

「組合がなくとも、自身の名で、コネで仕事を絶やさず受注できる、そんな大工でなければ組合を抜けることは危険だ。下手な抜け方をすれば、徒党を組んで潰しにかかってくるだろう。それを撥ね退けて独り立ちするなんて、よほどの力がなければ不可能だ」

 

 それに、もしかしたら黒幕たる第三者は、それこそを狙っているのかもしれないしな。

 ウーマロが暴発し、問題を起こし、さらに追い詰めることで頭のキレる誰かに助力を乞わせる。

 そして、黒幕は組合だということをわざと嗅ぎつかせ、組合に牙を剥くように仕向けている……なんて可能性もなくはない。

 

「連中はトルベック工務店の反撃を、手ぐすね引いて待っているかもしれんぞ? 組合からの追放と、同業他社による仕事の妨害をちらつかせ、そして実行し、トルベック工務店の体力を奪うつもりかもしれない」

 

 組合から追放し、あの手この手で仕事の妨害を繰り返して、立ち行かなくなるまで追い詰める。

 そうしてこちら側に「悪かった、もう一度加盟させてくれ」と頭を下げさせるのが目的かもしれない。

 

「もしそうなったら、その時は『お前らの持っている技術をすべて無償提供せよ』くらいは言われるだろう。下水やろ過装置のノウハウと権利をすべて取り上げられ、トルベック工務店は他の大工たちの下請けのように扱われる。――そんな展開を狙っているのかも、しれない」

 

 今語ったのは、なくはない可能性。

 必ずしもそうであるとは言い切れないが、敵の頭が多少でもキレるならこれくらいのことは用意していてもおかしくないだろうという予測だ。

 

 全員が黙ってしまった。

 ウーマロを苦しめたヤツを叩き潰したい。思い知らせてやりたい。謝らせたい。その気持ちは、まぁ、分からんではない。

 だが、誰かを攻撃する時は、反撃される覚悟をしなければいけない。

 下手したら倍返し、十倍返しくらいの手痛いしっぺ返しを食らう危険をはらんでいる。

 そいつを忘れて、「絶対勝てる!」なんて油断をしていると……取り返しのつかないことになるのだ。

 

「じゃあ、ウーマロさんは泣き寝入りですか?」

 

 ロレッタが、悔しそうに目に涙を溜めて奥歯を噛みしめる。

 マグダも、隣で不貞腐れている。

 

「あ、あの。オイラ、みなさんがこんなに怒ってくれるなんて思ってなくて、今、ちょっとびっくりしてるッス」

「怒るですよ! ウーマロさんは、あたしたちの仲間ですから!」

「……ウーマロ、他、多数」

「そう、他多数さんたちもです!」

 

 仲間なら、名前くらい呼んでやれよ。

 雑だよ、扱いが。まぁ、大工どもだからいいけど。

 

「やはは……なんか、照れくさいッスね。オイラ、そう言ってもらえただけでもう十分ッス。今のロレッタさんやマグダたんの言葉、ウチの全大工に伝えるッス。きっとみんな、その言葉だけで報われるッス」

 

 どうしようにもない。

 そんな空気が広がっていく。

 

「確かに、悔しいッスし、正直かなりきつかったッスけど……今回の件は高い勉強料だったと思うことにするッス。何より、もう悩まなくていいって分かったッスから、明日からまた頑張れるッス!」

 

 周りからの評価が下がろうと、どんな悪評が耳に入ろうと、自分たちを信じて仕事に取り組んでいくと、ウーマロは宣言する。

 組合のやり方は、納得できないけれど、それでも自分たちに出来ることをやっていくと。

 

「ヤシロさんの言うことももっともッスから、事を荒立てないようにするッス」

「ん? 俺の言うことってなんだ?」

「いや、だからッスね。組合は巨大な組織ッスから、『組合がなくとも、自身の名で、コネで仕事を絶やさず受注できる、そんな大工でなければ組合を抜けることは危険だ』って、『それを撥ね退けて独り立ちするなんて、よほどの力がなければ不可能だ』って言ったッスよね?」

「あぁ、言ったな」

「だからトルベック工務店も、大人しく組合の言うことを聞いて……」

「聞く必要ないだろう」

 

 まったく、ウーマロは。

『だから』の使い方を知らないと見える。

 

「『組合がなくとも、自身の名で、コネで仕事を絶やさず受注できる、そんな大工でなければ組合を抜けることは危険だ。下手な抜け方をすれば、徒党を組んで潰しにかかってくるだろう。それを撥ね退けて独り立ちするなんて、よほどの力がなければ不可能だ』」

 

 もう一度、さっきと同じセリフを言って聞かせる。

 

「『だから』」

 

 そして、『だから』の正しい使い方を教えてやる。

 

「組合抜けちまえよ。お前らはもう、組合の大工が束になってかかってきてもビクともしないだけの技術と知識とコネを持っている」

 

 なにせ、四十二区領主はことあるごとにトルベック工務店に頼ってそれを当たり前だと思っているし、四十区、四十一区の領主もトルベック工務店に信頼を置いている。

 さらに、二十九区の重鎮マーゥルが名指しで指名してくるくらいに気に入られているし、マーゥルにぞっこんな二十四区領主ドニスと、エステラにぞっこんな二十七区領主トレーシーは、想い人と『お揃い』が好きなのでトルベック工務店を重用するだろう。

 

「こんだけ貴族に気に入られて、直接指名される大工なんか、そうそういないだろう? お前らが組合にいる理由って何かあるか?」

「それは、人手不足の時の補填とか……」

「ハムっ子がいるじゃねぇか」

「……確かにッスね」

 

 四十二区の大工すべてを吸収し、さらに四十区と四十一区の一部の大工を吸収、その上で無尽蔵に増え続けるハムっ子が身内にいるのだ。人手の心配など、するだけ無駄だ。手隙になる連中に仕事を振り分ける方に頭を悩ませる方が建設的と言える。

 

「トルベック工務店が抜けることでどれだけのダメージを受けるのか、思い知らせてやればいい」

「け、けど、お兄ちゃん!」

 

 腹の底から沸々と湧き上がってくる怒りに任せて熱弁を振るっていた俺を、ロレッタが止める。

 

「さっきお兄ちゃんは、『下手に手を出すのは逆効果だぞ』って言ってたです」

「あぁ。だから、『上手く手を出す』んだ」

「けど、組合はウーマロさんたちの反撃を狙ってるかもしれないって!」

「おそらく狙っているのだろう。だからお前らにも教えてやったんだ。連中がどれだけ身の程知らずで無謀な考えなしかをな。一緒に指さして笑ってやろうと思ってな」

「でもでも、なんか、お兄ちゃんの話を聞いていたら、攻撃するなら反撃を受けるから気を付けろって…………え、まさか?」

「あぁ、そうだ」

 

 組合の連中は、愚かにも俺たちに攻撃を仕掛けてきた。

 ならば――

 

 

 

 相応の反撃も覚悟してもらわねばならない。

 

 

 

「ウーマロ。思い知らせてやれよ。『誰にケンカを売ったのか』を、身の程知らずの大バカヤロウどもによ」

 

 俺が笑顔で言うと、ロレッタがぶるっと体を震わせ――

 

 

「お兄ちゃん、めっちゃ怒ってたです……」と、呟いた。

 

 

 

 

 

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