異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

351話 あの人は今…… -1-

公開日時: 2022年4月17日(日) 20:01
文字数:4,087

 港の工事が再開して二日後。

 

「もうすぐ出来そうッスよ!」

「早ぇな、おい。まるで、工事中止期間中に今まで以上に掘り進めていたみたいな速度だな」

「どきぃ!? そ、そそそ、そんなことななななななはは~ッス」

 

 ウーマロがわざとらしくおどけて頭をかく。

 やっぱ進めてたか、工事。

 調査という名目で。

 それ、『精霊の審判』的にセーフなのか? まぁ、誰に指摘されるわけでもないだろう。

 

「まぁ、調査のためには壁を削ったり、海底の調査のために深く掘ったりとか必要だしな」

「そうなんッスよ! まさにその通りで、調査のために向こう岸へ行こうとすれば、必然的に船が通れるくらい掘ったり削ったり整えたりしなきゃいけないんッスよ! 安全第一、人命尊重の精神ッスね!」

 

 うまい言い訳を見つけたようだ。

 ウーマロの顔がキラッキラしている。

 

「ただ一個、気になることがあってッスね」

「あぁ、アノ件だな」

 

 実は、俺もここ数日気になっていたところなのだ。

 

「マーシャのホタテ、あれって毎日替えてるのかな?」

「そんなことは気になってないッスよ!?」

 

 え、だって、見た目にはいつも同じだしさ!

 でもマーシャみたいな女の子は着る物にも気を遣いそうだから毎日交換して洗濯もマメにしてるのかな~って気になるじゃん!?

 なるじゃん!?

 

「毎日ちゃんと替えてるよ~☆」

「ぎゃあ、出たッスー!?」

「むぅ、失礼だなぁ、キツネの棟梁くんは」

 

 海面からにゅっと顔を出したマーシャに、ウーマロが悲鳴を上げる。

 美女が急に出てきて悲鳴を上げるのはウーマロと、その女子に関するエロい話をしていた男子くらいなものだろう。

 

「だから、俺は悲鳴を上げない!」

「私に関するエッチな話、されてた気がするけど~?」

「まさか! しいて言うなら、俺たちは芸術について語らっていたのさ。な、ウーマロ?」

「……こっちに話振らないでッス」

 

 マーシャが登場して、ウーマロがこちらに背を向けてしまった。

 

 今、俺は港の工事が進む洞窟の中にいる。

 なんかもう、凄まじい勢いで工事が進んでて笑うしかない状況だ。

 以前調査に訪れた時は岩肌むき出しだった洞窟が、いつの間にか綺麗に舗装されてんだもんよ。

 壁にも床にもレンガが敷き詰められ、豪勢なダンジョンみたいになっていた。

 うっかりと勇者が迷い込んできてしまいそうな雰囲気だ。

 

 これもう、完全に洞窟の中も何かに利用する気満々だろ?

 ただの通路じゃねぇな、これ。

 

「洞窟内の通路、何に使う気なんだ?」

「最初は、メンテのために広めの通路をと思って作り始めたッスけど、手の空いた大工たちがどんどんと舗装していったんッスよ」

 

 あぁ、港に続く森の中の道が必要以上に豪勢になったのと同じ原理か。

 余ってんなぁ、大工。

 

「一応、全部ではないッスけど、魔物が嫌うレンガも使われてるんッスよ」

「なんつー贅沢な洞窟だ」

「で、洞窟が綺麗になったら、アッスントがやって来て『折角なので、ここにお店を出しませんか? 観光やデートで利用できるお店や、港で働く船乗りたちが気軽に利用できる飲食店などを備えると一儲けできますよ』って言って、妙に張り切ってたんッスよ」

 

 あぁ、それであの辺、必要以上に広いスペース確保してあるのか。

 

「あんまり掘り進めると、また壁がせり出してくるかもしれないぞ」

「大丈夫っス。それとは逆方向に作ったッスから」

 

 一応、声を潜めて会話する。

 言われてみれば、通路や店舗予定地は、四十二区から見て対岸側に設けられている。

 あれは、精霊神対策だったのか。

 

「カエルが出るかも~ってビビってるヤツはもういないのか?」

「いないッスね。先日の濃霧の時に、ブロッケン現象を目の当たりにした連中が大勢いたッスから。なんか、大はしゃぎだったらしいッスよ。『さすが四十二区! 面白い!』って言ってたらしいッス。オイラは陽だまり亭にいたんで聞いた話ッスけど」

「あの不思議現象は別に四十二区のせいじゃねぇよ」

 

 二十九区でも三十区でも起こってたっつーの。

 しかし、そのおかげで、大工連中が謎の影に怯えることはなくなったようだ。

 自分の目で見りゃ、恐怖心も薄れるのだろう。

 霧の中で蠢く怪しい影。その正体が自分の影だって理解も出来ただろうし。

 

 ……もっとも、ここで目撃された影は、ブロッケン現象とはまるっきり別物だと思うけどな。

 

 もう出てくるなよ?

 この次は言い訳出来ないからな?

 

 でも、おそらく大丈夫だろうと俺は思っている。

 今回の濃霧にせよ、突如せり出してきた破壊できない謎の壁にせよ、精霊神が一枚噛んでいるとしか思えない不思議現象が立て続けに起こっている。

 なら、カエルが再びこの洞窟に紛れ込まないように、精霊神がきっとどうにかするだろう。

 つか、しっかり管理しとけよ、精霊神。

 今回はお前の管理不足が原因の騒動だったんだからな。

 貸し一つだからな! 覚えとけよ! 忘れんなよ! そして、早急に恩を返すように。三倍返しでな!

 

「ねぇねぇ、ヤシロく~ん。私も陸に上がりた~い!」

「上がって平気なのか?」

「少しなら平気だよ☆」

「んじゃ、上がってこいよ」

 

 俺とウーマロがいる洞窟の通路から海面までは2メートルほど高さがある。

 この高低差で会話するのはつらい。

 というわけで、マーシャが通路に上がってくるらしい。

 どうやって上がるかは――

 

 

「ふらい、はぁ~い☆」

 

 

 もちろんマーシャジャンプだ。

 一度深く潜って、勢いよくジャンプしてくる。

 ミサイルのような勢いで飛び出してくるマーシャだが……絶対着地のこと考えてないよな、これ!?

 

「うぉっと、危ねぇ!?」

「ないすきゃっち~☆」

 

 ナイスキャッチじゃねぇよ……

 

「叩きつけられたらどうするつもりだったんだよ」

「ヤシロ君なら、絶対受け止めてくれるって信じてたよ☆」

 

 だとしても、せめて事前に一言くれ。

 うっかり見殺しにしかねないからさ。

 

「もう、降ろして平気だよ~☆ お姫様抱っこのままでも平気だけど~☆」

「ぐっふっふっ、陸に上がっちまえば、抵抗も出来まい、げっへっへっ」

「あ、ヤシロさん。この辺、定期的にメドラさんが通るッスよ」

「あと、メドラママに厳令されてる女性狩人もね~☆」

 

 ……ちっ。

 分かってるよ。

 やたらと巡回してるんだよなぁ、この辺。

 

 まぁ、ウィシャートが何か仕掛けてくるなら、この場所が一番危険だからな。

 

「それじゃあ、ウーマロ。話を戻すが――毎日取り換えるくらい替えのホタテがあるなら、一個二個なくなっても気が付かないと思わないか?」

「そんな話はしてなかったッスよ!?」

「わ~、キツネの棟梁くん、エッチだ~☆」

「オイラ、してないッスよ、そんな話!?」

 

 マーシャにからかわれ、明後日の方向へ抗議の声を上げるウーマロ。

 マーシャはさすがに見られないか。

 女子チームの中でも、一際色香がすごいもんなぁ。

 エロいってんじゃないのに、男を惑わせるオーラが迸ってるからなぁ。

 まぁ、露出が多くて純粋にエロいってのは否定できないけども。

 

「そうじゃなくてッスね」

 

 マーシャの登場で盛大に逸れた話を、ウーマロが懸命に戻す。

 

「組合の方で、ちょっと不穏な動きがあるようなんッスよ」

 

 そんな話を、オルキオもしていたな。

 

「あの、情報紙の女性記者がいたじゃないッスか?」

「ド三流か?」

「その記者の血縁者が、組合の役員の一人なんッスけど――」

「組合から大工が大量離散した責任を背負わされて、権力の確保に躍起になってんだっけ?」

「さすがヤシロさん、詳しいッスねぇ!?」

 

 それはたしか、タートリオが教えてくれたんだっけな。

 それで、引退した貴族のジジイの愛妾だか第三婦人だかにあのド三流記者を押し付けて縁故を繋げようとしてるとかなんとか。

 

「そのドブローグ・グレイゴンなんッスけど」

「そんな名前だったっけなぁ」

「……ヤシロさん、微妙に人の名前と顔を覚えるの苦手ッスよね?」

「覚える必要性が見出せないからな」

 

 俺の脳みそには、記憶しておかなければいけないもっと大切なものがたくさんあるからな。

 膨らみとか、揺れとか! むぎゅっ感とか!

 

「で、そのドブノヨーナ・ニオイゴンがどうかしたのか?」

「さら~っと悪意をまき散らすッスよねぇ~。まぁいいんッスけど」

 

 ウーマロが咳ばらいをして、声を潜める。

 

「結構追い詰められてるみたいで、大いに荒れてるみたいッスよ」

「ほうほう」

 

 余裕ぶっこいて弱者いじめしてたら、いつの間にか自分が弱者枠にいたと。

 ま、よくあることだ。

 

「それで、オルキオさんの事業が広がりつつあるじゃないッスか」

「これから本格的に手を広げるらしいぞ」

「うわ~……じゃあ、爆発も近いかもしれないッスね」

「組合の役員とオルキオが競合してるってのか?」

「というかッスね……、オルキオさんが紹介する仕事は、給料はともかく、きちんとした仕事なんッスよ」

 

 さすがに高額の仕事ってわけにはいかないのだろうが、オルキオが斡旋する以上、働き口はまっとうなところだろう。

 獣人族を見下したり搾取したりするような場所を紹介するわけがない。

 

「――で、組合に圧をかけられて自由に仕事が出来ない大工が、『ならあっちの方がいいんじゃないか』って動きを見せ始めたみたいなんッスよね」

 

 組合お得意の「言うこと聞かないとハブるぞ。干すぞ。仕事やらないぞ」戦法が裏目に出てるのか。

 組合が仕事を回さないなら、組合を抜けてオルキオのところにいけばいいや、と。

 

「大工の中には、獣人族を下に見ている棟梁とかもいるッスからね」

 

 眉間にシワを刻んで、ウーマロが厳つい顔をする。

 棟梁が人間だと、獣人族を見下したりするのだろうか。

 まぁ、貴族様は無条件で獣人族を見下しているようだし、そこに取り入ろうとするヤツは似たような思考回路になるのかもしれないな。

 へぇ~。

 

「そんなとこやめて、オルキオなりウーマロを頼ればいいのに」

「そういう風潮が出始めたんで、荒れてるんッスよ、グレイゴンは」

 

 なるほどねぇ。

 

 身から出た錆以外の何物でもないのだろうが……

 荒れるのは構わないが、トチ狂ってこちらに危害を加えに来るなよ?

 そんなことになったら、徹底的に潰すからな?

 

 

 

 ……と、思ったのがフラグになったんだろうなぁ。

 

 

 数日後、俺はそのトチ狂っちまったらしい、噂のドブローグ・グレイゴンとやらに遭遇することになる。

 

 

 

 

 

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