マーゥルにシンディ。二人と並んで歩き、マーゥルの館へと向かう。
二十九区の中心部にある領主の館を出て、迷路のように入り組んだ通りを並んで歩き、区の南端、マーゥルの館へとやって来る。
綺麗に整頓された美しい花畑の向こうに大きな川が流れており、その先には落差30メートル級の崖が控えている。
「柵でも作らなきゃ、月に何人か落ちそうだな」
「縁起悪いですよ、お兄ちゃん!?」
「でも、確かに危険かもしれませんね」
「……店長の言うことには一理ある。ロレッタは危機管理能力が低過ぎる」
「なんか、あたし一人危機感ない人扱いです!?」
こういう場所は、慣れてないヤツが足を滑らせたり、好奇心の塊みたいなガキが下を覗きに行ったりして危ないのだ。
「柵なら、ノーマの出番だな」
「なんでアタシなんだぃ、デリア?」
「だって、お前。川に柵作ったじゃねぇか。子供たちが川に落ちると危ないからって」
「あら。とても優しいのね、ノーマさん……だったかしら?」
デリアの話を聞いて、マーゥルがノーマを称賛する。
ノーマは細かいところにまで気が利く、デキる女なのだ。
「ノーマって、子供とか動物とか、植物にすごく優しいよね」
「そ、そんなことないさね……普通さね」
「え、それ、ロレッタの前でも言える?」
「どういう意味です、パウラさん!? あたし、普通じゃないですよ!」
「ノーマは過保護なんだよなぁ、親バカっていうかさぁ」
「……自分の子供は一人としていないのに」
「うるさいっさよ、マグダ!」
「……訂正。…………相手すらいないのに」
「もっとうるさいさよ!」
「……いた試しがないのに」
「突き落としてやるさね!」
「も~う、やめろよなぁ、ノーマ。年甲斐もなくさぁ」
「デリアもうるさいさね! デリアが一番うるさいさね! みんな敵さね!」
ノーマが弄られ倒している。
その中でちょっとだけ弄られていたけれど、全然目立ってないぞロレッタ。お前、そういう地味な扱い多いよな。
「優しくて気が利いて、お顔も綺麗でスタイルもよくて……あなた、ノーマさん。おモテになるでしょう?」
「それが全然なんです!」
「なんであんたが答えるんさね、ロレッタ!?」
「ノーマさんは、お料理も家事も完璧なんですよ」
「店長さんだけが味方さね……」
「まぁ、そうなの。なら、お嫁さんにしたいって人は大勢いるでしょうね」
「……残念ながら……涙を誘うほどに…………皆無っ」
「あんたもうるさいさよ、マグダ!」
「あら、そうなの……じゃあ、性格面かしらねぇ……」
「黙るさね、マーゥル!」
「ノーマッ!? それはダメよ!?」
「相手は領主様のお姉さんで貴族なんだよ!?」
テンポよく突っ込んだノーマに、ネフェリーとパウラが泡を食う。
いや、それを狙ってのボケだ。盛大に突っ込んでやればいいんだよ。
見ろよ。嬉しそうな顔しやがって、マーゥルのヤツ。
「なぁ。もういいから早く帰ろうぜ」
そして、貴族を前に一切自分を曲げない、そんな素振りすら見せないデリア。
デリアは肝が据わり過ぎ。いや、座り過ぎだ。あぐらをかいてる様が見えるよ、肝が。なんならもう、寝転んでるレベルだな。
「どうせ、またすぐ会えるんだからよ。来るんだろ、『宴』?」
「うたげ?」
「なんだ、ヤシロ。誘ってないのか?」
「他所の区の貴族を誘うのはエステラの役目だ」
堅苦しい言い回しの手紙でも書くんだろ、そのうち。
「あぁ、そういえば。四十二区でも『宴』を開くと言っていたわね。前にそのお話をした時に誘ってもらったのよね」
「口約束だがな」
「それで十分よ。私なんて、ただの貴族だもの」
ただの貴族が『BU』の運営を担う七人の領主を萎縮させたってのか?
怖い世界だなぁ、貴族の世界って。
「では、お待ちしていますね」
「えぇ。是非、参加させていただくわ」
「シンディさんも」
「ありがとうございます。素敵なお嬢さんですねぇ……私の若い頃にそっく……」
「「「『精霊の……』」」」
「やめるさよ、ヤシロ、マグダ、ロレッタ!」
シンディが大嘘を吐こうとしていやがったからな。
まったく、図々しいにもほどがある。
あの爆乳は、加齢ごときでは縮まないように出来ているんだよ! ……そうだといいなという願いを込めて!
「じゃあ、ロレッタ。荷台に乗せてもらえ」
「え? あたしは全然平気で――」
「つん」
「ぎゃぁあああああっ!?」
全身筋肉痛のロレッタ。
背中を軽く突いてやると、大袈裟な悲鳴を上げてその場に倒れ伏した。
凄まじい筋肉痛だな。
「……わ、分かったです。乗せてもらうですから、突かないでほしいです……」
そうして、荷台にロレッタを乗せ、マーゥルとシンディにひとまずの別れを告げ、俺たちは出来たばかりのトンネルへと入っていく。
入り口は、なんの飾り気もなく、雨水の浸入を防ぐための扉が取り付けられている。
まだまだ簡素ではあるが、そのうちこの出入り口も豪勢な物に変わるのだろう。
イメルダにベッコ、そしてウーマロがいればな。
「ここからどう変わっていくのか、楽しみですね」
未完成の出入り口を見て、ジネットがわくわくとした表情を見せる。
変わっていく課程は、見ていて楽しいものがある。
「なら、ちょこちょこ見に来ればいい。近所なんだから」
「うふふ。そうですね」
「……お弁当を届けるついで」
「いいですね! きっと工事関係者には陽だまり亭が賄いを出すことになるですし」
なんだろうな、その悪しき風習。
なぜ陽だまり亭が身銭を切らねばいけないのか……1Rbたりともまけずにエステラに請求してやる。
荷車を曳くデリアのために、ドアを大きく開いて支えておく。
ドアが開くと、中からほのかな柔らかい明かりが漏れてくる。
壁の高い位置に等間隔に埋め込まれたレンガが光っているのだ。
「セロン、よく間に合わせたもんだな」
これは、ウェンディがここ最近ずっと研究していたという『集光レンガ』だ。
地盤を下手に脆くしないために、入り口付近はトンネルになっている。ドアを閉めれば光は入ってこない。
四十二区側が大きく開かれているから、酸素は十分に流れ込んできているのだが……ろうそくやランタンを灯すのは危険だと判断した。
酸素不足は、気付いた時には手遅れってことがあるからな。
その点、集光レンガはいい。
闇の中に存在する微かな光を集め、淡い光を放つ。
「まだまだ数が足りないって、今も必死に焼き続けてるんだって。ウェンディが言ってた」
パウラは、ここに来る前にウェンディに会ったらしい。
俺宛てに「よろしく」という伝言を預かってきたらしい。
……って、それは「よろしく言っておいてください」ってヤツで、本当に「よろしく!」って伝えるヤツはそうそういねぇぞ。
「まだ、少し暗いですので、これを使ってください」
ジネットが差し出してきたのは、陽だまり亭の前にも設置されている、もはやお馴染みの蓄光レンガだ。
存分に日の光を浴びさせていたのだろう。眩いばかりに光り輝いている。
そんな蓄光レンガの光が、暗いトンネルの中を光で満たす。
そして、打ち払われた闇の向こう側に……
「あぁ~、薄暗ぉて、じめっとしとって……引きこもりが捗るわぁ……」
――レジーナがいた。
「……もはや妖怪だな、ここまでくると」
「……引きこもり妖怪・ジメーナ」
「なんやのん、会ぅてそうそう、失礼なやっちゃなぁ」
「何やってんだよ、こんなところで、一人で」
「ウチが一人なんは、いつものことや」
いつものことと、話をはぐらかすレジーナだが……いつものお前なら、こんな人が通るって分かりきっている場所に出てきたりしないだろうが。
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