異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

45話 ギブアンドテイク -3-

公開日時: 2020年11月13日(金) 20:01
文字数:3,772

「アテンションプリ~ズ!」

 

 右手をまっすぐ上げ、大きな声で言う。

 全員がビクッと肩を震わせ、半ば呆れたような表情で俺を見つめる。

 

「……な、なんなんだい。急に大きな声を出して。ビックリするじゃないか」

 

 本当だ。ビックリし過ぎて胸が縮んでるぞ、エステラ。

 

「諸君に、大変素晴らしいお話がある」

「…………ヤシロがそういう顔をする時って」

「…………まぁ、だいたい自分に利益が回ってくる時ッスね」

「……そして、そのしわ寄せはウーマロに」

「マグダたんがオイラの名前を呼んでくれたッス! オイラ、感激ッス!」

「……いや、ウーマロ。いいのかい、その反応で? しわ寄せが君のところに……まぁ、いいか、本人が幸せなら」

 

 こちょこちょ話すエステラとウーマロにマグダ。

 やや不安げな表情を残すロレッタ。

 そんな中、唯一表情を輝かせたのがジネットだ。

 

「なんですか、大変素晴らしいお話って。聞きたいです」

 

 うんうん。素直でよろしい。

 

「まずロレッタ」

「は、はいです!」

 

 何を言われるのかと、緊張の色を隠せないロレッタ。背筋がピーンと伸びている。

 まぁ、そう緊張するな。お前にとってもいい話だからよ。

 なにせ、お前の悩みがすべて解決する、素晴らしい計画なのだから。

 すべてだぞ、すべて。

 

 まぁ、そのためにもちょっとだけ代償を払ってもらう必要があるけどな。

 

「この洞窟をトルベック工務店に譲ってやってくれ」

「ぅええっ!? で、でも……」

「ロレッタ。俺の国には『笠地蔵』という大変素晴らしいお話があってだな。説明するのが面倒くさいので内容は省くが、その話の教えの通り、ここを譲ってほしいんだ」

「内容を省かれたら、一切納得できないですよっ!?」

「あぁ……要は、最初にいいことをしておくと、何倍にもなって返ってくるということだ」

「そんな、ヤシロがよく言う都合のいい話があるのかい?」

 

 おい、エステラ。俺がいつ都合のいい話なんかしたよ?

 俺の提案はいつも、俺以外のヤツもいい思いをしているじゃねぇか。俺が最も利益を上げているだけで。

 

「ヤシロさん。そのお話、聞かせてほしいです!」

「いや、時間がないから……」

「……マグダも、聞きたい」

「あたしも。お話を聞けば納得できるかもです!」

「えぇ……」

 

 仕方なく、俺は幼稚園の先生さながら、見知った面々に『笠地蔵』を語って聞かせる羽目になった。なに、この羞恥プレイ……

 まぁ、折角なんで、いかに主人公のジジイババアが貧しいながらも慎ましく生きている善人かを強調し、最後にカタルシスを感じられるように配慮した。

 その結果……

 

「おじ…………お爺さんとお婆さん…………よかったです……よかったですねぇ……」

「……まさか、ヤシロに泣かされる日が来るとはね…………」

「……しくしく、えーんえーん」

「あぁ、マグダたん! 涙する姿も天使ッス!」

 

 号泣である。

 後ろ二人は置いておくとして、エステラまでもが涙を流すとは思わなかった。

 で、肝心のロレッタなのだが……

 

「あたしたちに足りなかったのは、誰かに施しを与える慈愛の心だったです……自分たちのことしか考えていない、小さな人間だったです…………あたし、恥ずかしいです! ウチの家族も恥ずかしいですっ!」

 

 なんだか猛省していた。

 まぁ、一番恥ずかしいのは、貧乏なのに子供を増やすだけ増やして育児放棄してるお前の両親だけどな。

 

「分かりましたです! この洞窟! 大黒柱の権限でトルベック工務店さんにお渡しするです!」

「ホントッスか!? やったッスー!」

 

 諸手を挙げて大喜びをするウーマロ。

 機嫌がいいのはいいことだ。これで多少の無茶は通るだろう。

 

「というわけでウーマロ。ロレッタの家を新しく建て直してくれ」

「はいッス! こうなったら新築をドドーンとプレゼントするッス!」

「そうだな。とりあえずは五棟くらいあればなんとかなるかな」

「は………………棟……?」

「集合住宅だ。一軒の建物に八世帯ほど住めるヤツがいいな。二階建てくらいで」

「それを……五棟も?」

「大丈夫。報酬はきちんと払う」

「また陽だまり亭無料券ッスか!? そんな規模の大建築だったら、一生分はかかるッスよ!?」

「大丈夫だ! 今回はきちんと現金で支払う。一括とはいかないだろうが、きちんと適性の料金を支払うよ…………エステラが」

「はぁっ!? なんでボクが!?」

 

 ウーマロを押し退けて、今度はエステラが俺の前に詰め寄ってくる。

 

「いくらボクでも、そこまでの金額は自由に出来ないよ!?」

「いや、やってもらう。こいつは慈善事業だ」

「現領主が納得するわけないじゃないか!」

「納得させるだけの材料があればいいんだな?」

「………………あるのかい?」

 

 一瞬で、エステラの目が真剣なものに切り替わる。

 その察しのいいところ、割と好きだぞ。

 

「順を追って説明していく」

 

 立ち上がり、詰め寄ってきていた連中を、全員地べたに座らせる。

 話は落ち着いて聞くものだ。

 

「まず、この洞窟はろ過装置を作るためには不可欠だ。なので譲ってもらう。だがそうするとロレッタの家族がまともに生活できなくなる。だからウーマロに家を建ててもらう。そのためには莫大な費用が必要になるから、そこはエステラの担当だ」

「今現在は、すべてのしわ寄せがボクに来ている構図だね」

「まぁ、そうカリカリするな。先立つものがなければ計画は動き出さない。先立つものはお前のところにしかない」

「なんて理屈だよ……拒否権はあるんだろうね」

「もちろんだ。だが、先行投資をしておけば、お前は必ず得をする。それも、相当大きな利益になる」

「……笠地蔵のようにかい?」

「おぉ、そうだな。まさにそんな感じだ」

 

 納得できないとばかりに頬を膨らませるも、話の続きを促すように、エステラは俺に「どうぞ」と揃えた指を向ける。

 

「少し話は飛ぶが、飲料水だけを確保しても、四十二区は救われない。飲料水の確保はあくまで応急処置だ。これ以上被害者を出さないための対策でしかない」

「確かに……また大雨が降れば、今回のようなことが起こり得ますね」

「……毎年の恒例行事」

 

 ジネットが的確な指摘をし、マグダが嫌な未来予想図を打ち立てる。

 

「なので、抜本的な解決策を提案したい」

 

 全員の視線が俺に集まる。

 企業のプレゼンのようだ。パワーポイントでもあれば、もっと説得力があったかもしれんが、まぁいいだろう。

 

「下水を作るぞ」

「……『げすい』?」

 

 聞き慣れない言葉に、ジネットは首を傾げる。

 一から説明してやるから聞いてろ。

 

 そもそもだ。

 下水がないからこんなことになったのだ。

 大雨が降った際、雨水を逃がす下水があれば井戸に水が流れ込むことはなかった。

 排泄物を溜めていたせいで被害は拡大した。汚水を正しく処理していれば、こんな事態は起こり得なかった!

 

 そこで、下水だ!

 

「汚水を地中に埋めた水路を通して一ヶ所に集め、巨大なろ過装置を使って汚れを取り、綺麗になった水は壁向こうの海へ排出する」

 

 現代日本のように完璧な処理は不可能だろうが、多少のバクテリアなんかは海の魚が処理してくれる。

 海漁ギルドのマーシャも、「少しくらいなら、お魚が食べてくれるからいいんだけど」と言っていた。

 汚水を溜めなければ、今回のような惨事は起こらなくなるだろう。

 ついでに、マンホールでも作って、雨水も一緒に下水に流してしまえばいい。

 

「それが実現すれば……確かに、住人の生活は劇的に変化するね……」

「そうだろ? 街中が綺麗になり、水害ともおさらばだ。だいたい、四十二区は一番低い位置にあって水害が起こりやすい立地なのに、これまで対策が立てられていなかったのは領主の怠慢と言わざるを得ない」

「……辛辣だね」

「いいこともあるぞ」

「なんだい?」

 

 下水に興味を見せ始めたエステラを口説き落とす、絶好の口説き文句をくれてやる。

 

「この下水の権利を、すべて領主にくれてやる。今後、下水関連で得られる利益や権限は丸ごと譲渡してやる」

「権利を……?」

「あぁ。四十二区がモデルケースとなり、他の区の連中が『ウチにも下水を』と言い出した時、領主がその権限をもって交渉することが出来るぞ。うまくやれば、他の区に対して有利な立場に立てるかもしれない」

「…………なるほど。それは魅力的、かもしれないね」

 

 これは相当大きな権利だ。長期的に見て莫大な利益を生む。

 それをすべて丸ごとくれてやると言っているのだ。

 

「だから、工事に関する費用は領主が一手に引き受けろ、というわけだね」

「この地区の建設も含めてな」

「この街は、まとまった雨による災害が後を絶たない。他の区に売り込むには絶好の商材だね」

「ろ過の仕組みは飲料水とほぼ同じなんだ。最終工程でもう一手間加える必要があるが……」

「飲料水のろ過で疑似的なテスト運営が可能ということだね」

「そういうことだ。まずは慈善事業として飲料水のろ過装置を作り、その成果を見て下水のプレゼンを行えば、どんだけ頭の悪い領主でも首を縦に振るだろう。もしそうでないなら、その領主の代わりに鹿でも置いておいた方がマシなレベルだ」

 

 鹿は、鹿せんべいを見せれば頭を縦に振るからな。

 

「ボクの両肩に、随分と重いものを背負わせてくれたね」

「肩凝りなんて経験したことないだろ? いい機会じゃないか」

「……胸がなくても肩くらい凝るからね?」

 

 ジトっとした視線で睨んでくるエステラ。

 すぐに返事は出来ないだろうが、おそらく資金を引っ張り出してきてくれるだろう。

 

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