異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

こぼれ話4話 激流に飲み込まれる -3-

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:01
文字数:2,457

「俺はこの区のことには詳しくないし、ヤシロとも親しいわけじゃない。けど、兵士に捕まっちまったあいつのことを思うと……助けてやりてぇ……そう思うんだ」

 

 やっぱり……ヤシロが捕まったんだ…………

 もう、何やってんのよ、ヤシロ……心配ばかりかけて……

 

「力を貸してくれねぇか?」

「力?」

「保釈金ってもんがあるんだ。要するに、罪を金で解決するんだ」

 

 罪をお金で……

 パン密造の罪に問われた人が、教会へ多額の寄付をして許されたという話を聞いたことがある。

 罪をお金で解決する……貴族たちの考えることはよく分からない。けれど……

 

「その保釈金……が、ないと、ヤシロどうなっちゃうの?」

「……分からねぇ」

 

 沈痛な面持ちで首を振る。

 そしてまたため息を吐いて……

 

「俺の知ってる話じゃ……片腕を切られたヤツもいた」

「腕……っ!?」

「酷い時には、斬首だって……」

 

 体の奥から震えが来た。

 そんな……誤解で、腕とか……斬首とか…………

 

「い、いくら必要なの?」

「それなりの額は必要になる。……1千万Rbくらいは」

「いっ、いっせんまん!? そんなの無理だよ!」

「なにもあんただけが負担する必要はねぇんだ。ヤシロのことが大切だって思ってる連中からカンパしてもらって、金を集めりゃいい」

 

 そ、そうね。

 エステラやノーマやデリア、みんなで力を合わせれば……足りなければ、メドラさんやイメルダのお父さんにも頼めばいいんだし。

 

「だが、時間がねぇ。急がねぇと刑が確定されちまう。そうなってからじゃもう間に合わねぇ!」

「でも、そんな急に言われたってっ」

「大丈夫だ、方法はある!」

 

 焦るあたしをさらに急かすみたいに、お客さんは捲くし立てるように言う。

 

「とりあえず手付金を払っちまうんだ。足りない分は後日ってことにして、とにかく払う意思があることを示してみせるんだよ」

「そうすれば、ヤシロは助かるの?」

「だが、嫌疑をかけられた者を釈放するんだ、はした金じゃダメだぜ。最低でも10万Rbはなきゃ」

「じゅ…………」

 

 10万Rbは、大金だ。

 けれど……

 

 これまで、ヤシロがいろいろとこの街を変えてくれて、フードコートとかお祭りとか、そんなイベントの影響もあって、ウチにはいくらかの蓄えが出来た。

 決して裕福になったとは言えないけれど……

 

「それくらいなら……ヤシロを助けるためなら…………出せる。よね、父ちゃん?」

 

 父ちゃんを見ると、無言で頷いてくれた。

 みんな、ヤシロには感謝しているんだ。

 恩返しが出来るなら、これくらい……

 

「よし。なら、この後ここに兵士が来たらそいつを渡すんだ」

「へ、兵士が……来るの?」

「連中も四十二区のことをよく知らねぇ。なにせ、あいつは仲間のことを頑なに語ろうとしなかったからな」

 

 ヤシロ……あたしたちに迷惑かけないように、黙秘して……バカだな、もう。迷惑くらいかけてくれていいのに。むしろ、かけてほしいのに。

 

「だから、連中も探し回ってるのさ、オオバヤシロの知り合いを。俺は先回りしてヤシロの知り合いを探してたってわけだ」

「知らせてくれるために?」

「あぁ。いきなり兵士が押しかけてきたら、誰だってパニックになっちまう。本当に優先すべきことを見誤ることだってある」

 

 この人……いい人、かも。

 

「兵士ってヤツらはこっちを威圧して言うことを聞かせようとしやがる。だから、絶対怯むんじゃねぇぞ。で、こう言ってやれ。『金はきっちり払ってやる。今は手付金だけ持って帰れ』ってな」

 

 この話を聞いていなければ、手付金なんて言葉も知らなかった。

 いきなり兵士に「一千万Rb払え」って言われてたら、無理だって諦めて……ヤシロのこと見殺しにしちゃってたかもしれない……

 

「ありがと。話しに来てくれて」

「へっ……なぁに。俺はただ、ヤツの笑顔が見てみたかっただけさ」

 

 あたし、ダメだな。

 こんないい人のこと、一瞬でも疑ったりして……

 

「とにかく兵士に金を握らせるんだ。そうすりゃ、向こうは下手な手出しが出来なくなる。ただし、『金で黙らされた』なんてのは兵士にとっては恥だ。分かるだろ?」

 

 恥……、そうなのかな?

 うん、なんとなくそうなのかも。

 

「だから、このことは誰にも言うんじゃねぇぞ。で、誰が来ても、何もなかったかのように振る舞うんだ」

「え? エステラ……仲間にも?」

「カンパの話なら心配いらねぇ。どうせ兵士が街中のヤツの家に行くんだ。あんたが動かなくても自然と金は集まるだろう」

「そ……っか。そう、だよね?」

「あんたはとにかく、下手に騒ぎ立てず、事件が解決するまで何事もなかった振りをするんだ。兵士の機嫌を損ねると……斬首…………が、ないとも言い切れないからな」

「…………っ」

 

 ごきゅっと、あたしのノドが鳴った。

 兵士を刺激しないために、何もなかった風に……出来る、かな。

 

「じゃ、俺は他のところを回るからよ。あぁ、そうだ。誰か金を払ってくれそうなヤツに心当たりはねぇか?」

「それならエステラがいいよ。領主だから」

「りょ……っ!? い、いや、領主はマズい……ことがデカくなり過ぎちまう。もっと地味で、それでいて金を持っていそうなヤツはいねぇか?」

 

 地味でお金を……?

 

「レジーナはお金使うような趣味持ってなさそうだし……交際費も最小限だろうし……ノーマは、結婚資金がたんまり貯まってそう……」

「レジーナにノーマだな。どこに行けば会える?」

「レジーナは、この通りの東側。ノーマは西に入った通りだよ。でも、二人とも夜寝るの早いから、もう寝てるかも」

「あぁ、分かった。いろいろ助かったぜ。じゃ、しっかりやれよ」

「あ、うん! ありがとね、お客さん!」

「いいってことよ!」

 

 背を丸め、人目を避けるようにお客さんは夜の闇へと紛れていった。

 兵士に見つからないように身を潜めているんだろう。ヤシロを救うために。

 

「あ、そうだ! 父ちゃん、お金用意できる?」

 

 父ちゃんに聞くと、もうすでに用意してくれていたようで、大きく膨らんだ布袋がカウンターに置かれていた。

 10万Rb…………すごい量。こんな大金、まとめて見る機会なんてそうそうないよね。

 けど、これもヤシロのため……

 

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