ウナギが、美味いっ!
「くぉおお! なんですか、この新感覚のピリリはぁぁあ!」
ロレッタが山椒に身悶えている。
かけ過ぎなんだよ。ちょっとでいいって教えてやったのに。
「さんしょ、ぉいしぃ……」
山椒を持ってきてくれたミリィが顔をほころばせる。
こういう食い方はしないのだろうか?
「ぅん、っとね、お肉にかけて焼いたり、する、かな?」
「そうですね。臭みを取ってくれるので、山椒を使用した方が美味しくなるお肉はいくつかありますね」
ウナギが流行れば、山椒の需要も伸びるだろうか。
……そこまで伸びないかな?
「なかなかやるではないか、アナゴのニセモノも!」
「だから、ニセモノじゃねぇつってんだろ!」
ルシアはいまだにウナギの有用性を認めない。
「美味しい思う、私は、アナキュウ」
「うむ! さすがアナゴだ! このような料理にも合うとは、大したものだ!」
マーシャにウナギを頼んだら、ルシアが対抗意識を燃やしてアナゴを持ってきやがった。
なので、キュウリと一緒に煮アナゴを細巻きにしてアナキュウ巻を作ってみたのだ。
甘ダレが絶品で、これが美味い!
ただ、ルシアのドヤ顔でのウナギ軽視がムカつくがな。
「あ~、おったおった」
それぞれが一通りの食材を食ったかな~というタイミングで、意外なヤツの声が聞こえてきた。
「店長は~ん」
「あ、レジーナさん」
「「「「レジーナ!?」」」」
数名が、驚愕の声を上げる。
まぁ、こんなクッソ暑い日の昼間に河原でレジーナを見たら、そりゃ驚くよな。
「ちょっと、レジーナ! あなた大丈夫なの?」
河原へ降りてくるレジーナを迎えるように駆けていったネフェリーとパウラ。
「溶けないの?」
「ウチ、氷ちゃうねんで?」
日傘を差してはいるものの、いつもの真っ黒なローブを身に纏い、見ているだけで暑苦しい格好のレジーナ。
もうちょっと季節に合った服はなかったのかよ?
「お前、いつもその服だよな?」
「分かりやすぅてえぇやろ?」
まぁ、その格好ならどんなに遠くにいても、チラッと見ただけでお前だって分かるから。
「用事がある時はダッシュで殴りかかれるし、ろくでもないこと考えてそうな時はダッシュで逃げられるから重宝してるけどな」
「あれぇ~? ウチへの用事ってクレームくらいしかないんかなぁ? 自分がモデルの薄い本量産したろか、ホンマ」
そういう気配を感じ取ることがあるから逃げるんだっつの。
「それで、今日はどうしたんだ? ジネットに用か?」
「せやねん。ほい、これ」
言って、カバンから木箱を取り出す。
中を確認してみると、小さく折りたたまれたカラフルな紙が複数入っていた。
この香りは……
「入浴剤か?」
「せや。陽だまり亭にお風呂出来たて言ぅてたやん? ほんで、入浴剤の種類増やされへんか研究しとってな。えぇのが出来たから持ってきたんや」
入浴剤は、俺とレジーナの二人で作っていた。
とりあえずゆずとカリンとラベンダーとカモミールが完成したからそれでよかったんだが。
さらに香りを追加したのか。
「こんな暑い中、すみません。呼んでくだされば取りに伺いましたのに」
「けど、『取りに来て~』って言いに来るんやったら、持ってきた方が早いやろ?」
まぁ、「取りに来い」って言いに来て取りに来させるとか、二度手間以外の何物でもないわな。
「それに、明日から豪雪期やし。その前に~思ぅてな」
「ありがとうございます」
「気にせんといて。使ぅて、感想聞かせてくれたら嬉しいわ」
「それでしたら、ゆずを使いましたよ」
「もうかいな? ほんで、どうやった?」
「すごくいい香りで、体もぽかぽかしました」
「ホンマに? せやったら、保温効果の方も効果あったみたいやね」
レジーナの入浴剤は香りだけでなく、保温効果もある。
風呂から上がっても体がぽかぽかするのだ。
「あのお風呂に入ったらぐっすり眠れたです!」
「……寝覚めもよかった」
「さよか。ほなら、成分はあの感じでいこかなぁ。あとは香りと色を増やしたら楽しいやろなぁ」
「花弁とか浮かべたりしては」
「あぁ、それはえぇなぁ。バラの花弁とか、香りもえぇしな」
「ぁの、それなら、みりぃ、ちょっとお手伝い、できる、かも」
「ほなら、豪雪期が終わったら、ちょっと話しよか?」
「ぅん!」
大衆浴場を作るとなれば、レジーナの入浴剤は人気が出るだろう。
日替わりで香りが変われば、「お風呂代節約」なんてヤツも減るかもしれない。
オシャレ女子には堪らないだろうな、バラのお風呂なんて。
イメルダは本物の花びらを散らしてバラ風呂やラベンダー風呂をやっているらしいが、入浴剤ならお手頃価格で貴族的贅沢を体験できる。
素敵やんアベニューで宣伝すれば、他区からも入りに来るヤツがいたりして。
「ヤシロ。瞳が金貨になってるよ」
……はっ!?
いかんいかん。つい金勘定を始めてしまった。
とはいえ、エステラも興味はあるはずだ。
大衆浴場は領主主導で作られるからな。税収に直結するぞ。
「それで、どんな香りがあるんですか?」
「花の香りとか、果物の香りがえぇんちゃうか~って、そこのおっぱい魔神はんが言ぅてたさかいな、そこら辺で香料が抽出できたもんにしてみたんや」
そして、カラフルな色の紙包みを取り出しながら香りの説明をしていく。
「これが、レモングラス、ペパーミント、ジャスミン、あとバニラ」
「はぁああ! バニラが甘くていい香りです!」
「……ハチミツの香りがあればいい」
「あぁ、せやな。今度試してみるわ」
「……レジーナはやればデキる娘だと、マグダは信じている」
「いややわぁ、やらしいことがデキる娘やなんて、褒め過ぎや」
「れじーなさん、それ褒めてないょ!?」
「そして、そんなことは言ってないさね」
「レジーナって耳悪いんだよなぁ」
「わざとよ、デリア」
「まったく、レジーナってば……」
ミリィがツッコミ、ノーマとデリアとパウラとネフェリーが呆れている。
そして、ベルティーナが静かに微笑んで手招きをしている。おぉーっと、レジーナが全身でそれを見なかったことにし始めた!
「あとは果物系でな、スウィートオレンジ、イチゴ、アップルシナモン、メンズフルーティー」
「待てコラ! 最後のはオッサンの汗じゃねぇか!?」
俺は忘れねぇぞ、金物ギルドでの悪夢のようなあの出来事を!
「クッサ!? メンズフルーティー、クッサイです!」
「捨てろ! 全部捨ててしまえ!」
「ダメだぞ、川にそんなの捨てたら!」
「あぁもう! しょーもないもん持ってきやがって!」
ばたばたする俺たちを見て、レジーナがケラケラと笑う。
こいつも変わったなぁ。
昔は、こんな風に誰かと笑い合うなんてことなかったのに……
なんて感傷に浸ったりしないからな!?
マジふざけんな、お前!
お前の体に振りかけて「オッサンと同じにおい」とかやってやろうか!?
同族になってみるか、金物ギルドの乙女たちと!?
「あ~、おもろ。ほなウチ、ご飯よばれたら帰るわ」
「待て待て、こら!」
「なんやのん? 有料なん、これ?」
目の前に広がる美味そうな料理を見て、レジーナが不服そうに頬を膨らませる。
「いえ。入浴剤のお礼です。好きなだけ召し上がってください」
「おおきになぁ~。さすが店長はんやわぁ~。大きい! あ、間違えた。大好き!」
「間違え方に悪意を感じるですよ!?」
「……間違えではなく、ワザと」
にこにこ顔で、にっこり微笑んで手招きするベルティーナを視界に入れないように海産物に手を伸ばすレジーナ。
その手を、がっしりと捕まえる。
「なんやのんな? ご飯食べさせて~な」
「あぁ、好きなだけ食えばいい。なんならあま~いデザートも付けてやろう」
「ホンマ? ほな――」
「ただ、……なぁ、レジーナ。周りを見てみろ?」
レジーナの腕を押さえたまま、俺は『テーブル』を囲む面々を指し示す。
「何か、違和感ないか?」
「違和感? ……えっ、また大きゅうなったんかいな、木こりのお嬢はん!?」
「なっていませんわ」
「ほなら……ついに、かいな……」
「なんでそんな哀れんだ目をボクに向けているのかな、君は?」
青筋を立てるエステラ。
よし、これでエステラはこちら側に付くだろう。
「違和感があるのは、お前だ、レジーナ」
「ウチ? ……別に育っても抉れてもいぃひんで?」
そうじゃない。
そうじゃないことに、薄々気付き始めてるよな?
エステラとナタリアが気付いて、薄っすらと笑みを浮かべる。
次いでノーマが気付き、マグダとロレッタが。そしてネフェリーが気付いてパウラに耳打ちで教えてやっている。
ルシアはミリィに向けていた視線をレジーナへと移し、頭の先から足の先まで視線を巡らせて、「……ふふ、楽しみだ」と漏らす。
周りの雰囲気を察し、レジーナの額に、俺がしっかりと握っている手首に、汗が浮かぶ。
「い、イヤやなぁ、自分ら。冗談は顔だけにしとかなアカンで?」
「お前の存在ほど冗談みたいなもんも、そうそうないだろう?」
「誰が冗談の塊やね~ん! もうえぇわ。ほな、帰らしてもらいますわぁ」
「まぁまぁ、そう言わずに。折角なんだからみんなと一緒にご飯を食べていきなよ、レジーナ」
「そうですよ、レジーナさん。みなさんと『一緒に』」
エステラとナタリアがレジーナを挟むように立ち、その肩を掴む。
笑顔で。
それはもう、素敵な笑顔で。
「君も、お揃いは好きだろう?」
「ざ、残念やなぁ。ウチ、意外とオンリーワンが好きな方やねん」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに」
「いや、いやいやいや、ムリやで給仕長はん? なに考えてんのか、大体分かったけど、ウチそーゆーのアカンからな?」
「それは『フリ』というヤツだよね? ヤシロがよく言っている」
「ちゃうで!? 『押すなよ』のフリとは違うからな!?」
「では、あちらに更衣室がありますので、お食事の前にお着替えをいたしましょう」
エステラとナタリアに両腕を抱えられて、河原に建築された簡易更衣室へと連行されていくレジーナ。
そうだよなぁ、やっぱ。
みんなが水着で食事してるんだから、お揃いがいいよなぁ。
なぁ、みんな?
「アカンってぇ! そもそもウチ、水着なんか持ってきてへんし!」
「それでしたら大丈夫です。私、直前で水着を変更したので、着ていない水着が一着余っているんです」
「アカンって! 給仕長はんの方がウチよりおっぱい大きいやん! チラリしてまうって!」
「それも大丈夫です。乳パットでしたら、エステラ様が腐るほどお持ちですので」
「そんなには持ってきてないよ!? いざという時用にあと3セットだけだよ」
「何がある思ぅてそないに持ってきてんな、領主はん!?」
「さぁ、お着替えしましょうね~」
「いやいやいや! アカンて! アカァーン!」
レジーナは悲鳴と共に更衣室へと消えていった。
そして、数分後――
真っ黒なローブを脱ぎ捨てて、真っ赤なビキニを身に着けたレジーナが暗い顔で姿を現した。
「……ウチ、もうお嫁に行かれへん」
うん、それは前からずっとそうだから。
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