異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

176話 お出迎えとソラマメ -2-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:4,512

 お人好しの末期患者二人を見送り、陽だまり亭は閉店した。

 とはいえ、店内にはエステラとナタリアがいる。ロレッタも残っている。

 

「実はですね、店長さんが物凄い物を作ったんですよ!」

 

 俺たちを店に招き入れるなり、ロレッタがドヤ顔でそんなことを言う。

 マグダも心なしかそわそわしているし、ジネットに至っては照れ笑いを浮かべつつもそこはかとない自信を窺わせている。

 

 なんだ? 何を作ったって言うんだ?

 

「あの、以前ヤシロさんに教わった『コンソメスープ』なんですが……」

 

 四十二区の流通が正常化し、物価が安定したあたりで、俺はジネットにコンソメを教えておいた。

 もともとブイヨンは作れていたから、もう一歩踏み込んで手の込んだスープを作れるようになってもらったのだ。コンソメは、美味いからな。

 

「アレを使って、ソラマメの新しい料理を考えてみたんです」

 

 ジネットのそんな言葉に合わせるように、マグダとロレッタが俺たちの前に皿を運んでくる。

 鮮やかな浅緑のスープが入った深い皿。

 こいつは……

 

「ソラマメのポタージュスープか」

「はい。疲れた時に食べて、元気になっていただきたいと思いまして。美味しく出来たと思いますので、是非召し上がってください」

 

 スプーンですくって口へ運ぶ。

 それは紛れもなくソラマメのポタージュで、疲れた体に甘みと温もりが広がっていく気がした。これは、疲れも吹っ飛ぶ美味さだ。

 

 こいつを、自力で編み出したというのなら大したものだ。

 口当たりもまろやかで、何度も裏ごししたのだろうことが窺える。

 ジネットは、デリアたちがくたくたになるくらい忙しかった日中に、時間を作ってこいつを編み出したのか。ドーナツを作るのは、全部ジネット任せだったってのに。

 

「美味いよ、ジネット。最高だ」

 

 素直に称賛を送ると、ジネットの表情がぱぁっと明るくなる。

 

「ホント、すごく美味しいよ」

「これは、何度となく食べたくなる味ですね」

 

 エステラもナタリアも気に入ったようで、口へ運ぶスピードがまったく落ちない。

 その様を見て、ジネットはもじもじと体をくねらせている。隠しようもないほどに笑みが溢れて、顔中の筋肉がふにゃんふにゃんになっている。

 ジネットは何気に、料理を褒められるのが大好きなのだ。

 祖父さんに褒められていた頃のまま、それは今でも変わっていないらしい。

 

 ジネットオリジナルのこのスープは、もしかしたら、日本で口にしたポタージュとは少し異なるのかもしれない。しかし、味は決して劣っておらず、むしろこちらが優勢なくらいだ。

 マーゥルの家であれだけ食ってきたにもかかわらず、俺たちは一杯のスープをぺろりと平らげてしまった。

 

「これなら、どんなにソラマメが大量にあったって、あっという間に使い切っちゃいそうだね」

 

 ソラマメのポタージュの味に、エステラが確信を持って言う。

 俺も同じ気持ちだ。この味ならヒットは間違いなしだ。

 ……こりゃあ、豆板醤とあわせて、ソラマメ不足が深刻になるかもしれないな…………なんて思っていたのだが。どうもジネットの表情が暗い。というか、浮かない顔をしている。……やや、困り顔?

 

「どうしたんだ、ジネット? 浮かない顔と大きなおっぱいをして」

「む、胸は関係ないですっ!」

 

 いかん……疲れてるからかな。言葉が脳の検問を経ずに口から零れ落ちていく。

 うん、疲れのせいだ。俺は悪くない。

 

「実はですね……」

「……ソラマメのポタージュは、そこまでヒットしない」

 

 浮かない表情のわけを言いかけたジネットを遮るように、マグダが胸を張って前へと進み出る。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 マグダと俺の睨み合いが続き……

 

「……『大きなおっぱいをして』とは、聞かない?」

「うん、聞かない、かな」

 

 してないしね。

 う~ん、なんで不服そうな顔をしているのか、俺には皆目見当がつかないんだが。

 とりあえず教えてくれるかな、ソラマメのポタージュがヒットしないと言い切れるそのわけを。

 

「あたしも、マグダっちょの意見に賛成です」

 

 マグダと同じように胸を張り、マグダの隣に並び立つロレッタ。

 

「どうした、ロレッタ。普通のおっぱいをして」

「『普通』言わないでです!」

「マグダのパクリか」

「確かにマネはしたですけど、人聞き悪いですよ!?」

「……マグダの劣化版」

「さらっと酷いですね、マグダっちょ!?」

 

 そんな、マネっ娘ロレッタが、マグダと共に厨房へと駆け込む。

 その様子を、ジネットはなんとも申し訳なさそうな表情で見つめ、俺と目が合うと慌てて視線を逸らしたりしていた。…………なにしでかしたんだ、こいつ?

 

「お待たせしたです!」

「……刮目せよ」

 

 小鼻を膨らませて戻ってきた二人は、それぞれ盆を持っていた。盆の上には皿が三つずつ載っており、ロレッタの方の皿には少し黄身がかったクリーム色のスープが、マグダの方の皿にはオレンジ色のスープがよそわれていた。

 

「こっちが、サツマイモのポタージュです!」

「……こちらが、カボチャのポタージュ」

「「召し上がれ」ですっ!」

 

 差し出されたスープをスプーンですくい、エステラはカボチャのポタージュを、ナタリアはサツマイモのポタージュを啜る。

 そして、同時に「くわっ!」っと両目を見開く。

 

「「美味しいっ!」」

 

 そして、ジネットはガクリと肩を落とした。

 

「すごく美味しいよ、これ!」

「自然な甘みと、奥深い味わい……これこそ、スープの世界の革命児と呼ぶに相応しいスープ・オブ・スープですねっ!」

 

 ナタリアまでもが大興奮だ。

 ロレッタとマグダが満足そうに頷き、ジネットだけは申し訳なさそうに顔を背けている。

 

 まぁ、この二つを生み出したのも間違いなくジネットなのだろうが、顔を背けている理由は、おそらく…………

 

「ソラマメの評判が良かったから、他の材料でも作れないかと試した結果、シャレにならないくらい美味い物が出来てしまって、大喜びでマグダとロレッタに食べさせたところ、すっげぇ大評判で、瞬く間にそこら辺にいた連中を虜にしていってしまったと。そして、その光景を満足げに見つめ、ある瞬間にふと気が付いたわけだ…………これがあると、ソラマメのポタージュがかすんでしまう……と」

「………………はい」

「事実、みんながカボチャとサツマイモに夢中になって、ソラマメのポタージュの売れ行きが落ちた、というより完全にストップした……ってところか?」

「お察しのとおりです……」

 

 ちょ~っと調子に乗っちゃったのかな、ジネットさん?

 美味しいって言われるの、大好きだもんな。

 より美味しいものを作って、もっともっと喜んでほしかったんだよな。

 その目論見は大成功だ。

 

 でもな。

 

「ソラマメの消費量落ちてんじゃねぇか!」

「すみません、すみません! 当初の目的をすっかり失念してしまいました!」

 

 どうすんだよ!?

 ソラマメのポタージュは、確かに美味い! メチャクチャ美味い!

 だが、カボチャとサツマイモは卑怯だろ!? あんなもん、老若男女誰もが好きな甘さじゃねぇか、勝てねぇよ!

 

 ついさっき、「何度となく食べたくなる味」とか言ってたナタリアが、おぉ~っと、カボチャをお代わりしやがった!

 

「ソラマメのポタージュが……減らないんです……」

 

 しくしくと、大粒の涙を零すジネット。

 ……すげぇ無駄遣いだな、その綺麗な涙。もっと違う場所で流せば絵にもなろうに。

 

「みなさん、ソラマメを! ソラマメのポタージュを召し上がりませんか!?」

「ジネットちゃん」

 

 ジネットの涙を見て、エステラが空いたお皿を差し出す。…………視線を逸らして。

 

「……サ、サツマイモのポタージュを」

「ぅにゃぁ~っ!」

 

 なんだか分からない感情が爆発して、なんだか分からない奇声を発するジネット。

 これは、飲食業が犯しやすい初歩的なミスだ。

 

 Aという商品の他に、サービス満点のBという商品を用意すると、Aの方がまったく売れなくなってしまう。

 そういうことをしたい場合は、Aに使用する素材をBにも使用して在庫を残さないようにする努力が必要なのだ。

 

 例えば、かき氷なら『抹茶→抹茶小豆→白玉抹茶小豆→白玉抹茶小豆練乳』というように、元となる商品のバージョンアップ商品を提供すれば、売れ行き如何にかかわらず素材を無駄にすることはない。

 

 だが、今回のような場合、売れ残る商品の素材は大量に余ってしまうことになる。

 

 仮に、値段を操作して、売れ行きの悪くなりそうなソラマメのポタージュを安く設定すれば、「ソラマメは安物」というイメージがついて余計に売れなくなってしまう。

 折角ポタージュスープというオシャレな料理なのにもかかわらず「貧乏くさい料理」というイメージが付いてしまうのは避けなければいけない。

 

 では、カボチャとサツマイモを高くすれば…………単純にそっちが売れなくなる。というか、「金をかなり出さないとまともな物が食べられない」というイメージが付いてしまう。

 カレー屋で、ノーマルはルーと飯のみで他はトッピング――なんてお店に抱くイメージに近しい。「結局、数千円かけなきゃ満足いくものにならないんだろう?」というイメージだ。

 そうなると厄介で、安いものやプレーンは注文されにくくなる。

「それを食べるなら、同じ値段で他のを食べるよ」という心理が働いてしまうからだ。

 

 カレーのようにクセになる料理ならともかく、「他の料理の邪魔をしない」というポジションのスープでは、あえて注文する理由が希薄になってしまう。

 

 出来のいい後輩のせいで、パイオニアが霞んでしまう。

 インフレ傾向にあるバトル漫画の最初のライバルや、属性別キャラが大量投入されるハーレム漫画のメインヒロインが陥りがちな罠だ。

 ……需要を探すのが、難しくなった。

 

「ど、どど、どうしましょう、ヤシロさん……わたし、まさかこんなことになるとは思わずに……」

 

 よかれと思って開発した新メニューが、本当に売りたい商品の邪魔をする。

 ……ジネットよ。もう、諦めろ。

 

「以前ウーマロが持ってきてた、スイートコーンを使っても美味いぞ」

「コーンポタージュスープ!? 美味しそうだね、それは!」

「私も興味がありますね! エステラ様、四十二区の領主として支援をしてみては?」

「あたし、それ食べてみたいです!」

「……店長、試作を」

「ヤシロさん、ヤシロさん!? どうして追い打ちをかけるようなことを!?」

 

 もう、ここまで来たら「ソラマメのポタージュでソラマメを大量消費」っていう発想を捨てて、数あるポタージュの中の一つという位置づけにしてしまった方がいい。

 ここは食堂なんだ。美味いものを客に提供してやればいい。

 なに。ソラマメの甘みが好きだってヤツだって大勢いるさ。カボチャやサツマイモよりソラマメがいいってヤツはな。

 ただ、爆発的ヒットは、しないかもしれないけどな。

 

「……マグダ、ウーマロにおねだりする」

「マグダっちょ、頑張ってですっ!」

「いや待て! マグダが言うと、ウーマロは三十区のトウモロコシを買い占めかねない……あいつは上限を知らない変態だからな。アッスントに頼め」

「……しかし、アッスントにはおねだりが通用しない」

「金払おうか!? 全部もらっちゃおうってスタンスみたいだけどさ!」

 

 なんだ? 可愛いは正義か?

 わがままも許されちゃうのか? 怖いねぇ、美少女って!

 

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