「うっ………………ぅぅぅううっまぁぁああ!」
どこかで誰かがけったいな声を上げている。
「タマゴ!」
「エビマヨ!」
「カニサラダ!」
「「「うまー!」」」
オッサンどもが、お子様にぎりを貪っている。
ったく、この街の連中は。揃いも揃って子供舌ばっかりなんだから。
「俺の故郷じゃ、ガキ向けだったんだけどな、あの辺は」
「大人でもじゅ~っぶん楽しめる美味しさだよ☆」
と、リクエストで大量のホタテを握らされているマーシャが言う。
……やっぱ、ホタテのリクエスト多かったか。
ほ~た~て~のぉ~、リクエ~ェ~スト♪
……ん? ただの鼻歌だ。もちろん俺のオリジナルソングだし、曲調はどっちかって言うとワルツだ。
何か別のメロディが浮かんだとしても、それはそっちの責任であり、当方は一切の責任を負わないものとする。
太陽が西へと傾きはじめ、熱気も気温もピークを越えた。
だが、まだまだ寿司を求める者は多いだろう。
「ヤシロさん。シャリの追加です!」
昼前に「このペースだと夕方まで持ちません」とジネットが言い出し、大至急追加の米を炊き始めた。
アッスントが「お米もですかぁ!?」と泣きながら食材の確保に走り回っていたが、今晩利益を計算する時には、この街の誰よりも大笑いすることになるのだから同情してやる必要はない。
飯を炊き、すし酢を作ってシャリにする。
莫大な量の銀シャリは、マグダとデリアの補助を受けて無事完成したようだ。
「ねぇねぇ、ヤシロ君。海漁ギルドの子たちにも食べさせてあげていいかなぁ?」
海漁ギルドの連中も、今回のイベントには参加している。
船着き場に大きな船が二艘停泊し、甲板から賑やかな地上を見下ろしている。
「じゃあ、妹に届けさせるか」
「うん。何度か私のお手紙届けてくれてるから、もうすっかり顔馴染みだと思うしね」
なんでも、ハムっ子は人魚の間でも「可愛い」と人気なのだとか。
陸嫌いや人間への偏見も今となってはほとんどないらしい。
人魚に可愛がられるハムっ子か……なかなか可愛らしい絵面かもしれん。
「おーい、妹~」
「「「なんじゃらほ~?」」」
「この寿司を海漁ギルドの船に届けてくれるか?」
「「「おまかされ~!」」」
「人魚と仲良くなれそうか?」
「「「うんー! ぬめぬめしてておもしろいー!」」」
「半魚人の方かよ!?」
うっかりしてた!
最近マーシャばっかり見てるから、人魚のイメージがホタテで固定されていた。
そういや、キャルビンとかいうヌメっとした脚フェチの半魚人もいたんだっけな。あっち系の人魚だとしたら、妹を近付けるのは危険だな。
「自分で取りに来いって言っといてくれ」
「あ~、大丈夫だよ~。『あーゆーの』も多少はいるけど、ほとんどがきゃわいい人魚ちゃんだから☆」
「……ホタテか?」
「ワカメな娘もいるよ☆」
「ジネット、すまん。出前に行ってくる!」
「ヤシロさんはお寿司を握っていてください!」
くっ!
人材不足が深刻だ!
俺も未知との遭遇してみたい!
だって、ワカメなら、うっかり滑ってコンニチワしちゃいそうなのに!
「……いい出汁が出てんだろうなぁ」
「うふふ☆ 懺悔しなきゃね☆」
「もぅ。お仕事が終わったら懺悔してください」
えぇ……それはしんどいなぁ。
「……ヤシロ。少し落ち着いてきたので場所を詰める」
「向こうはカンタルチカさんに譲ってきたです」
朝からずっと寿司だけってわけにもいかない。
夕方から夜にかけては酒の方がよく出るだろう。
実はずっと隣で営業していたカンタルチカ。
朝のうちは寿司に人が押し寄せるだろうからと広くカウンターを使わせてもらっていたが、ある程度寿司が行き渡って落ち着いたら、今度はカンタルチカにスペースを広く譲る約束になっていた。
夜は酔っぱらいどもの時間だからな。
というわけで、狭くなったスペースに陽だまり亭従業員大集合だ。
「あたいも手伝うぞ。マーシャもカンパニュラもいるし、あたいが見ててやんないとな」
胸を張ってデリアが手伝いを申し出てくれるが――
「デリアちゃん、午前中ずっとスフレホットケーキのところにいて、ちっとも見ててくれなかったじゃない、ぷん!☆」
「だって、すっげぇ甘いんだぞ!? 美味しかったなぁ」
友達の晴れ姿より甘い物が勝るらしい。
まぁ、デリアだしな。
「デリア姉様、シャリの準備お疲れ様でした。玉子のお寿司はいかがですか? ちょうど一人前残っておりますよ」
「おっ!? 甘いヤツか!? 食う食う!」
やはりというか、デリアは甘い玉子のにぎりにドハマりした。
ゲタに並んだ五貫の玉子をぺろりと平らげる。
「美味い! お代わり!」
「手伝いするんじゃないのかよ」
「お代わり!」じゃねぇんだわ。
「デリア姉様。数の子はいかがですか? こちらはコリコリとした歯ごたえが楽しいですよ」
「それは甘くないからいいや」
数の子も卵なのだが、甘味がないので見向きもされない。
「……デリア。イクラの軍艦がある」
「食う!」
あ、さすが鮭の子。デリアの食いつきが凄まじい。
「え、魚の卵なんか食うの?」みたいな反応が当たり前だった時代から、デリアはイクラを好んで食ってたんだもんな。
筋金入りだよ、デリアの鮭好きは。
「少し落ち着いてきましたし、みなさん順番で休憩を取りましょうか?」
「そうだな。隣のカンタルチカから魔獣のフランクをちょいちょい恵んでもらっていたロレッタ以外は、腹も減ってるだろうし」
「ほにょ!? な、なんでお兄ちゃんが知ってるです!? こっそりもらってたですのに!」
お前は魔獣のフランクを食うたびに「にょほ~!」って嬉しそうな声を漏らすからすぐ分かるっつーの。
パウラがいないと、どこまでもロレッタを甘やかすからなぁ、あそこのマスターは。
「ジネットも、寿司以外の物が食いたいだろ?」
「いえ。私はお寿司をいただきたいです」
「え……、酢飯のニオイ嗅ぎ過ぎてきつくないか?」
「いい香りですよ? ヤシロさんがつらいなら、少し離れた場所で休憩されてきてもいいですよ?」
「いや、俺は全然平気だけどさ」
酢飯の匂いって、結構きついと思うんだけどなぁ。こんなに嗅ぎ続けてると。
「マーシャさんは――」
「お魚大好き~☆」
「ふふ。では、一緒に賄いをいただきましょうか」
「うん。ヤシロ君の握ったお寿司がいいなぁ~☆」
「へいへい。じゃあ、俺とマグダで作るからお前らは先に休め。それでいいか、マグダ?」
「……よい。陽だまり亭三本柱の一角として、最高のお寿司を振る舞う所存」
「なんで三本柱なんですか!? 四天王でいいじゃないですか!?」
「四人だと、店長とヤシロとマグダとあたいか?」
「なんでデリアさん入ってくるです!? あたしですよ、四人目!」
「あたいの方が先輩だぞ!?」
「あたしはレギュラーメンバーですよ!?」
「……二人とも、ケンカをやめて。マグダのために争わないで」
「別にマグダっちょを取り合ってはないですよ!?」
「……あと、四天王の場合、マグダが二枠占有するから」
「欲張らないでです! あたしも入れてです~!」
「……ほら、座って。マグダが美味しいお寿司を食べさせてあげるから」
「むぁああ! あたしも握るです! こっち側チームにいたいです!」
ロレッタがマグダにぎゅーっとしがみつき、賄いを作る側に回った。
……お前がこっち来たら、ジネットが三人前作らなきゃいけなくなるだろう。
折角俺が三でジネットが二になるようにしたのに。
ジネットのヤツ、こっちから言わなきゃ全然休まないからさぁ。
……しゃーない。
「カンパニュラとテレサとデリアも一緒に食ってけ」
「はい。ありがとうございます」
「おしゅしー!」
「あたい、玉子がいい!」
「へいへい」
妹たちはローテーションで休憩を取らせ、寿司も賄いとして食わせているから今はいいだろう。
カンパニュラたちに代わって店番をしていてもらおう。
ナタリアは、客足が一段落したことと、エステラが貴賓席で領主の相手をし始めたことから一時離脱している。
エステラの護衛とサポートがあいつの本業だからな。
「んじゃ、なに握りやしょう?」
「私ホタテ☆ 握ってばっかりだったから、たまには握られてみたいなって☆」
「では、わたしもホタテをください。みなさんが美味しそうに食べておられたので」
「それでしたら、私もホタテをお願いします。ヤーくん」
「ほたてー!」
「待って、この注文の入り方……なんか俺までホタテビキニ着せられてんじゃないかって錯覚しそうでヤなんだけど」
そんなにホタテばっかり頼まないで!
セクハラよ、これは!
「やっぱり、ヤシロさんのお寿司は美味しいです」
ジネットが頬に手を当て、うっとりと呟く。
口の中に広がるホタテの甘味を堪能するように、軽くまぶたを伏せて。
「そんなにホタテが気に入ったなら、明日から陽だまり亭の制服をホタテに――」
「懺悔してください」
「いや、好きかと思って」
「懺悔してください」
「俺も好きだし!」
「懺悔してください」
……くっ!
ホタテパーリーは開催されないようだ。
フェスティバルでもカーニバルでもウェルカムなんだけどなぁ。
「休憩が終わったら、茶碗蒸しを出すか」
「そうですね。では、にぎりはヤシロさんとマーシャさんにお任せします」
いっぺんに出したら混乱が生じると踏んで、茶碗蒸しは夕方以降に出すと決めていた。
調理にジネットが駆り出されることになるだろうし、寿司の熱気が収まるのを待つ必要があった。
あと、卵の残量も心許なかったしな。
「出せても二百くらいでしょうか?」
「まぁ、食えなかったヤツは陽だまり亭に食いに来てもらえばいい。寿司と違って、茶碗蒸しはメニューに載るんだし」
ジネットの強い希望で、茶碗蒸しは陽だまり亭のメニューに並ぶことが決定している。
盛大にわっしょいわっしょいしてたもんなぁ。
「お兄ちゃん。マスターさんにもお寿司お裾分けしてあげてもいいです?」
「散々魔獣のフランクを貢がせたもんな」
「貢がせたなんてとんでもないです!? マスターさんのご厚意です。優しいです、マスターさん」
ロレッタに懐かれりゃ、誰だって親切にしちまうっつーの。
オッサンだったら、特にな。
夕方から夜にかけて修羅場を迎えるカンタルチカの健闘を祈って、マスターには特上寿司をご馳走しておく。
今日の費用はハビエルとメドラ持ちなので!
そんな感じで、ジネットたちが休憩した後は俺たちがちょっとした休憩をもらった。
賄いの寿司を食って、カウンターの中に置いてある背もたれもない小さな椅子に腰かけて休息を取る。
そんな俺に声をかけてくるボンバーヘッドがいた。
「情報紙増刊号、売り上げ大好調だぞい、冷凍ヤシロ」
タートリオが、やたらと分厚い紙の束を手に、嬉しそうに近寄ってきた。
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