異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

218話 『宴』の準備4 -1-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:2,405

「かっ、可愛いさねっ!」

 

 ノーマが復活した。

 単純だなぁ。

 

 金物ギルドに戻りたくない病を発症し、臨時店員として店に出せないほど落ち込んでいたノーマだが、たい焼きの試作を始めると比較的すぐに機嫌を持ち直した。

 第一陣が焼き上がる頃にはロレッタと一緒にたい焼き踊りを踊っていた。……奇妙なダンスを開発してんじゃねぇよ。

 

「ヤシロさん。わたし、この生地が好きです」

 

 たい焼きの生地はどれも同じように見えて、実は店や地方によってその作り方が異なっている。

 なので、陽だまり亭に適した生地をジネットと協議する必要があった。

 どうやら、ジネットの眼鏡に適うものがあったらしい。

 

「私はどれも好きですよ」

 

 当然というか、量産される試作品はすべてベルティーナの胃袋へと収められていく。

 いや、まぁ、俺たちも一個二個は食ったりもするが。あくまで味見程度に。

 

「小麦を使った……もぐもぐ……新しい料理ですので……もっちもっち……パンに該当しないか……かりっぱりっ……きちんと審査しないと……ぴっちぴっち」

 

 バージョン違いのたい焼きを順に食べつつもっともらしいことを言うベルティーナ。

 石窯を使って焼いてるわけじゃないから、教会の定める『パン』に該当しないってのは明白なんだがな。

 あと、「ぴっちぴっち」はしてねぇよ。

 

「あたしも、これがいいです! 表面はぱりっとしているのに、噛み締めると中の生地がもちもちふわふわとして、ほのかに香るこの独特の香りもさることながら『我こそ主役』と最後に登場するあんこの甘くも強烈な味わいが……やみつきになりそうですっ」

「……美味」

 

 対極な長さの感想を述べるロレッタとマグダだが、同じくらい感動はしているようだ。

 前回のホットケーキとはわけが違うからな。こっちは正真正銘新商品だ。

 

「この周りのカリカリがまたニクいさね! オマケをもらったみたいなお得感があるさね」

 

 ノーマもご満悦だ。

 たい焼きの周りに付いてくるカリカリは、子供たちの大好物に分類されるだろう。俺も好きだった。

 

「えっと、これの生地は……これだったか?」

「いえ、こちらの生地です」

 

 調理台には、何パターンもの生地が並んでいる。

 小麦粉と砂糖と水のみのもの。

 重曹を入れたもの。

 卵を入れたもの。

 卵黄だけを入れたもの。

 砂糖ではなくハチミツを混ぜたもの――などなど。

 

 ジネットが気に入ったと言ったのは、重曹と卵とハチミツの全部入りだ。

 卵を入れるともっちり感が、重曹は練り込むことで多孔質な生地を作ってくれて、表面はぱりっと、中はふわふわにしてくれる。

 生地の甘みは、砂糖よりもハチミツの方がお気に召したようだ。これは好みによるところだろう。四十区の今川焼き屋は砂糖を使っている――はずだ。俺の舌が確かならな。

 

「わたし、最初は今川焼きの生地に似せようと考えてしまっていたんですが……うふふ……超えちゃいましたね」

 

 最後のセリフは小声で、ここにいるみんなだけにこっそり伝えるようなニュアンスで囁く。

 ジネットの好物である今川焼き。

 それを陽だまり亭でも――と思っていたのだが、そうか、超えちゃったか。

 

「となると、心配なのは重曹の匂いだな。これは好き嫌いがあるからな」

「あたし好きです、この匂い!」

「……マグダは…………慣れる」

「わたしも、結構好きです。確かに、気になる香りだとは思いますけれど」

「私も好きですよ」

 

 ベルティーナの意見は参考にならないので除外するとしても、概ね問題はなさそうだ。好評というわけでもないだろうが。

 

 重曹の匂いは結構独特で、俺がガキの頃に食っていた物の中には「これでもか!」ってくらいに重曹の匂いをさせていた物があった。

 ラーメンに使う『かん水』なんかもその一つで、俺なんかはアノ匂いがしないといまいちラーメンを食った気がしないと思えるほどにアノ匂いにやられちまっている。

 好きなヤツはアノ匂いがクセになるし、最近では「くさい」ってヤツもいるらしい。

 

 この匂いは一種の賭けだな。

 まぁ、たい焼きの場合はそこまで匂うってわけでもないし、なんとかなるだろう。

 ……マグダくらい鼻がいいのでもない限りは。

 

「あぁ……これが、鯛の香り……」

「違うぞノーマ。それは重曹の香りだ」

 

 なんだか、妙にたい焼きを気に入ってしまったノーマ。

 焼きたてに頬摺りするのはやめた方がいいぞ。頬が赤くなってる。熱で。

 

「……今川焼きのメインはあんこだと思っていたが……マグダはまだまだ甘かった」

「ですね! 生地です! この生地こそが美味しいです! なんなら、もうあんこいらないです! 素たい焼きで発売するです!」

「いや、あんこは入れるぞ」

 

 なんだよ、素たい焼きって。

 ほぼホットケーキじゃねぇか。

 

「あの、ヤシロさん!」

 

 試作品を食べてわいわい盛り上がる他の面々を置いて、ジネットが真剣な、それでいてキラキラ輝くような表情で詰め寄ってくる。

 

「あんこに、水飴を使用してみてはどうでしょうか!? きっと、なめらかな口当たりになると思うんです!」

 

 こいつはこいつで、完全にスイッチが入っているようだ。

 

「わたし、常々あんこの甘さに若干の刺々しさを感じていたんですが、水飴を入れることでもっとマイルドになるのではないかと思うんです」

 

 あんこに水飴ってのは、日本では割とメジャーな発想なのだが……味覚と自分の知識だけでそこにたどり着くとか……こいつ、すげぇな。

 

「ヤシロさん、私も提案があります!」

 

 ジネットに負けじと、ベルティーナが元気よく手を挙げる。

 

「水飴があるのでしたら、この上にたっぷりかけてしまいましょう!」

「食感が台無しだよ!」

 

 お前はマグダか!?

 ホットケーキとみるや、大量のハチミツをかけまくるお子様舌。

 今回のたい焼きで初めて「生地」の方へ目を向けてくれた気がする。

「ほのかな甘み」ってのの良さが分かると、世界が広がるぞ。

 

 もっとも、ベルティーナにかかれば、食の世界は無限に広がり続けているのだろうが。

 ほのかに甘いのも甘過ぎるのも、どっちもいける口だからな。

 

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