異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

221話 『宴』の準備7 -2-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:2,915

「それじゃあ、えすてらさんのところに行ってくる、ね?」

「あ、ちょっと待ってくれ。その前にもう一つ頼みたいことがあるんだ」

 

 出掛けようとするミリィを呼び止める。

 フラワーアレンジメントはルシアの返事待ちになるとして、もう一つ試してみたいことがあるのだ。

 

「なぁ、また竹を譲ってくれないか?」

「わぁ!」

「ひぃ!」

 

 俺が「竹」と口にした途端、ミリィとジネットが真逆の声を上げた。

 

「また流しぉそうめんするの!?」

「ま、また青竹踏みをするのでしょうか!?」

 

 あぁ、なるほど。

 竹に関する思い出の差が、この真逆の感情を生み出したわけか。

 

「あっ、流しおそうめん! そうですね! おそうめん美味しいですものね!」

 

 ミリィの言葉に無理やり乗っかろうとするジネット。「おそうめん」がウツってやがる。

 信じたい心とは裏腹に、ジネットの額には汗が浮かんでいるが。

 

「青竹ふ……ちょっと作りたい物があってな」

「今っ、青竹踏みって言いかけましたよね!?」

 

 ジネットが必死だ。

 こんなジネットはそうそう見られない。貴重だなぁ……

 

「む、むぅ! にやにやしないでくださいっ」

 

 ジネットが拗ねてしまった。

 ぷいっと向こうを向くジネット。そんな様も、なかなかいい。

 ふと見ると、ミリィが必死に俺にメッセージを送ってきていた。

 声には出さず、ジネットに気付かれないようにと配慮しつつ、「ぉ・そ・う・め・ん」と、口を動かしている。

 

 いや、流しそうめんもしねぇんだけど。

 

「実はな、お子様ランチのオモチャを、そろそろ変えようかと思ってな」

「お子様ランチ、ですか?」

 

 突然登場した聞き覚えのある名前に、ジネットが不機嫌さも忘れてこちらを向く。

 まぁ、ジネットの不機嫌なんて不機嫌のうちに入らないからな。「ぷんぷん」くらいのもんだ。興味があることが出てくればすぐに機嫌が直る。

 

「ちょっと『宴』で試して、ガキどもの反応がよければ、お子様ランチのおまけにしてもいいんじゃないかって思ってな」

「ふふ……」

 

 俺の話を聞いて、ジネットがにや~っと幸せそうに笑う。

 

「ヤシロさん、本当にお仕事が好きなんですね」

「いや、お前には負けるから」

「いえいえ。ヤシロさんはいつでもお店のことを考えてくださってますもの」

「いっつも店にいるお前ほどじゃねぇって」

「街道を作ろうとした理由を知った時は…………あの、驚きました」

 

 テンポよく進んでいた会話が急に詰まり、何を思い出したのか、ジネットの瞳が微かにうるむ。

 そして、ぐっとこらえるように短い言葉を述べる。

 

 ……そんな、泣くような話じゃないだろうが。

 俺はただ、利益を上げたかっただけなんだし。もちろん、俺の給金アップのためにだ。

 

「ぅふふ……」

 

 言い合う俺とジネットを見て、今度はミリィがにや~っと笑う。

 小さな手で口元を押さえ、ふわふわと髪を揺らす。

 

「てんとうむしさんは、いつも、じねっとさんのことを考えてるんだょ、ね?」

「ふぁっ!?」

「ふぇっ!?」

 

 突然の発言に、俺とジネットが揃って奇声を発する。

 何を言い出すんだ、この可愛い妖精は!?

 

「お誕生日も、お祭りも、ソレイユの花も、みんなジネットさんを喜ばせるためだもん、ね?」

 

 まぁ、この娘ってば!?

 いつの間にこんなおませさんになっちゃったのかしら!?

 

 誕生日は、ケーキを街に定着させるための戦略だし、祭りは街道を誘致するためのデモンストレーションで、ソレイユの花の髪飾りは………………………………なんか、こう、いい感じの策略なのだ! やがて、巡り巡って俺の利益になるに違いないのだ!

 

「じねっとさんも、てんとうむしさんにもらった『ふぃぎゅあ』とか、髪飾りとか、レンガの花瓶とか、とても大切にしてるんだよ。ね?」

「あ、あぁあ、あの! ミリィさん!」

「ね?」

「いや、まぁ、それは、どれも大切な品ですし、みんな大切にしていますが、なぜその話を今……えと、も、物は大切にするべきだと思います!」

 

 盛大にテンパるジネットと視線がぶつかる。

 

「はぅっ……い、今だけ、こっちを見ないでください……」

「お、おぅ! そ……だな」

 

 く……なんたる伏兵。

 こいつは油断だ。いつも、ミリィの前では無防備になってしまうからな。

 あのあどけない笑顔を向けられては仕方ないだろう。

 

 まぁ、ミリィのことだから、誰彼構わず言いふらしたりはしないだろうけど…………

 

「ギルドの大きなお姉さんたちがね」

 

 オバハンどもな。

 

「『あの二人は見ていて微笑ましくなるわねぇ~』って」

「確かに、ジネットの二つの膨らみは見ていると心が癒されるが」

「ぁう、ち、違うょ。そんな話はしてない、ょ?」

 

 ジネットから「懺悔してください」が飛んでくるかと思ったのだが、ミリィからもたらされた情報にあわあわしていて、それどころではなかったようだ。

 やめろ。そういう反応をするから面白がられるんだよ、他に楽しみのないオバハンどもにな。

 

 俺なんか落ち着いたもんだぜ。

 

「みりぃもね、ぃつも、羨ましいなぁ~って、思って見てるんだよ」

「よし、ミリィ! ウチの子になりなさい!」

「ヤシロさん、落ち着いてくださいっ」

 

 だって、こんなに可愛いんだぞ!?

 連れて帰るだろう、そりゃあ!?

 

 全国の、異常なまでに幼女に興味津々な成人男性百人に聞いたら、十割の確率で「持って帰る」って答えにたどり着くだろうよ。

 

「ウーマロに頼んで、俺の部屋にミリィを置くスペースを作ってもらおう」

「ダメですよ。今、ウーマロさんたちはお忙しいようですし」

「違うょ、じねっとさん。そうじゃなくて、みりぃは置物じゃないょって注意してほしい、な」

 

 ちょうど、これくらいのサイズの抱き枕が欲しいと思っていたところなんだ。

 

「お子様ランチに、等身大ミリィ人形を付けるか」

「ぁう……や、ゃめてよぅ」

「うふふ……ハビエルさんが欲しがりそうですね」

 

 あ。ジネットもそういう認識なんだ。

 喜べ、ハビエル。お前は四十二区において、満場一致で変態認識されてるぞ。

 

「ぁう、ぁの……そ、それで、竹で何を作るの?」

 

 懸命の話題転換を試みるミリィ。

 竹製のミリィ置きも、趣があっていいな…………ではなくて。

 

「いや、竹とんぼでも作ろうかと思ってな」

「「たけとんぼ?」」

 

 知らないよな、やっぱ。

 小首を傾げる二人は顔を見合わせ、ジネットの視線がミリィの髪飾りへ向かう。そして、二人同時に何かを思いついた様子で表情を輝かせた。

 

「わたし、楽しみです!」

「みりぃも、かゎいいの、作ってほしぃな」

「お前らが思ってるようなヤツじゃないから」

 

 トンボ型のアクセサリーじゃねぇっつの。

 

「気になるなぁ、竹とんぼ。見てみたいなぁ」

 

 そわそわと体を揺するミリィ。

 何もない空間を見つめ、想像を膨らませてわくわくとした表情を見せる。

 うぅむ……おねだりされているわけではないのだが、物凄く「作ってあげたい欲」をかき立てられる。下手なおねだりよりも威力あるな、これ。

 

「加工していい竹があったら、二十分くらいで作れるぞ」

「ほんとっ!? じゃあ、持ってくるね!」

 

 言うが早いか、ミリィは店の中へと駆け込んでいった。

 ……あるんだ、竹。

 

「ミリィさんは、竹細工なんかもされますから」

 

 そんな補足説明をくれるジネット。

 カゴなどの、家で使うような道具は家具職人が作っているのだが、簡単な物なら自分でも作れるだろう。

 

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