「それじゃあ、えすてらさんのところに行ってくる、ね?」
「あ、ちょっと待ってくれ。その前にもう一つ頼みたいことがあるんだ」
出掛けようとするミリィを呼び止める。
フラワーアレンジメントはルシアの返事待ちになるとして、もう一つ試してみたいことがあるのだ。
「なぁ、また竹を譲ってくれないか?」
「わぁ!」
「ひぃ!」
俺が「竹」と口にした途端、ミリィとジネットが真逆の声を上げた。
「また流しぉそうめんするの!?」
「ま、また青竹踏みをするのでしょうか!?」
あぁ、なるほど。
竹に関する思い出の差が、この真逆の感情を生み出したわけか。
「あっ、流しおそうめん! そうですね! おそうめん美味しいですものね!」
ミリィの言葉に無理やり乗っかろうとするジネット。「おそうめん」がウツってやがる。
信じたい心とは裏腹に、ジネットの額には汗が浮かんでいるが。
「青竹ふ……ちょっと作りたい物があってな」
「今っ、青竹踏みって言いかけましたよね!?」
ジネットが必死だ。
こんなジネットはそうそう見られない。貴重だなぁ……
「む、むぅ! にやにやしないでくださいっ」
ジネットが拗ねてしまった。
ぷいっと向こうを向くジネット。そんな様も、なかなかいい。
ふと見ると、ミリィが必死に俺にメッセージを送ってきていた。
声には出さず、ジネットに気付かれないようにと配慮しつつ、「ぉ・そ・う・め・ん」と、口を動かしている。
いや、流しそうめんもしねぇんだけど。
「実はな、お子様ランチのオモチャを、そろそろ変えようかと思ってな」
「お子様ランチ、ですか?」
突然登場した聞き覚えのある名前に、ジネットが不機嫌さも忘れてこちらを向く。
まぁ、ジネットの不機嫌なんて不機嫌のうちに入らないからな。「ぷんぷん」くらいのもんだ。興味があることが出てくればすぐに機嫌が直る。
「ちょっと『宴』で試して、ガキどもの反応がよければ、お子様ランチのおまけにしてもいいんじゃないかって思ってな」
「ふふ……」
俺の話を聞いて、ジネットがにや~っと幸せそうに笑う。
「ヤシロさん、本当にお仕事が好きなんですね」
「いや、お前には負けるから」
「いえいえ。ヤシロさんはいつでもお店のことを考えてくださってますもの」
「いっつも店にいるお前ほどじゃねぇって」
「街道を作ろうとした理由を知った時は…………あの、驚きました」
テンポよく進んでいた会話が急に詰まり、何を思い出したのか、ジネットの瞳が微かにうるむ。
そして、ぐっとこらえるように短い言葉を述べる。
……そんな、泣くような話じゃないだろうが。
俺はただ、利益を上げたかっただけなんだし。もちろん、俺の給金アップのためにだ。
「ぅふふ……」
言い合う俺とジネットを見て、今度はミリィがにや~っと笑う。
小さな手で口元を押さえ、ふわふわと髪を揺らす。
「てんとうむしさんは、いつも、じねっとさんのことを考えてるんだょ、ね?」
「ふぁっ!?」
「ふぇっ!?」
突然の発言に、俺とジネットが揃って奇声を発する。
何を言い出すんだ、この可愛い妖精は!?
「お誕生日も、お祭りも、ソレイユの花も、みんなジネットさんを喜ばせるためだもん、ね?」
まぁ、この娘ってば!?
いつの間にこんなおませさんになっちゃったのかしら!?
誕生日は、ケーキを街に定着させるための戦略だし、祭りは街道を誘致するためのデモンストレーションで、ソレイユの花の髪飾りは………………………………なんか、こう、いい感じの策略なのだ! やがて、巡り巡って俺の利益になるに違いないのだ!
「じねっとさんも、てんとうむしさんにもらった『ふぃぎゅあ』とか、髪飾りとか、レンガの花瓶とか、とても大切にしてるんだよ。ね?」
「あ、あぁあ、あの! ミリィさん!」
「ね?」
「いや、まぁ、それは、どれも大切な品ですし、みんな大切にしていますが、なぜその話を今……えと、も、物は大切にするべきだと思います!」
盛大にテンパるジネットと視線がぶつかる。
「はぅっ……い、今だけ、こっちを見ないでください……」
「お、おぅ! そ……だな」
く……なんたる伏兵。
こいつは油断だ。いつも、ミリィの前では無防備になってしまうからな。
あのあどけない笑顔を向けられては仕方ないだろう。
まぁ、ミリィのことだから、誰彼構わず言いふらしたりはしないだろうけど…………
「ギルドの大きなお姉さんたちがね」
オバハンどもな。
「『あの二人は見ていて微笑ましくなるわねぇ~』って」
「確かに、ジネットの二つの膨らみは見ていると心が癒されるが」
「ぁう、ち、違うょ。そんな話はしてない、ょ?」
ジネットから「懺悔してください」が飛んでくるかと思ったのだが、ミリィからもたらされた情報にあわあわしていて、それどころではなかったようだ。
やめろ。そういう反応をするから面白がられるんだよ、他に楽しみのないオバハンどもにな。
俺なんか落ち着いたもんだぜ。
「みりぃもね、ぃつも、羨ましいなぁ~って、思って見てるんだよ」
「よし、ミリィ! ウチの子になりなさい!」
「ヤシロさん、落ち着いてくださいっ」
だって、こんなに可愛いんだぞ!?
連れて帰るだろう、そりゃあ!?
全国の、異常なまでに幼女に興味津々な成人男性百人に聞いたら、十割の確率で「持って帰る」って答えにたどり着くだろうよ。
「ウーマロに頼んで、俺の部屋にミリィを置くスペースを作ってもらおう」
「ダメですよ。今、ウーマロさんたちはお忙しいようですし」
「違うょ、じねっとさん。そうじゃなくて、みりぃは置物じゃないょって注意してほしい、な」
ちょうど、これくらいのサイズの抱き枕が欲しいと思っていたところなんだ。
「お子様ランチに、等身大ミリィ人形を付けるか」
「ぁう……や、ゃめてよぅ」
「うふふ……ハビエルさんが欲しがりそうですね」
あ。ジネットもそういう認識なんだ。
喜べ、ハビエル。お前は四十二区において、満場一致で変態認識されてるぞ。
「ぁう、ぁの……そ、それで、竹で何を作るの?」
懸命の話題転換を試みるミリィ。
竹製のミリィ置きも、趣があっていいな…………ではなくて。
「いや、竹とんぼでも作ろうかと思ってな」
「「たけとんぼ?」」
知らないよな、やっぱ。
小首を傾げる二人は顔を見合わせ、ジネットの視線がミリィの髪飾りへ向かう。そして、二人同時に何かを思いついた様子で表情を輝かせた。
「わたし、楽しみです!」
「みりぃも、かゎいいの、作ってほしぃな」
「お前らが思ってるようなヤツじゃないから」
トンボ型のアクセサリーじゃねぇっつの。
「気になるなぁ、竹とんぼ。見てみたいなぁ」
そわそわと体を揺するミリィ。
何もない空間を見つめ、想像を膨らませてわくわくとした表情を見せる。
うぅむ……おねだりされているわけではないのだが、物凄く「作ってあげたい欲」をかき立てられる。下手なおねだりよりも威力あるな、これ。
「加工していい竹があったら、二十分くらいで作れるぞ」
「ほんとっ!? じゃあ、持ってくるね!」
言うが早いか、ミリィは店の中へと駆け込んでいった。
……あるんだ、竹。
「ミリィさんは、竹細工なんかもされますから」
そんな補足説明をくれるジネット。
カゴなどの、家で使うような道具は家具職人が作っているのだが、簡単な物なら自分でも作れるだろう。
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