「そうして、人間と獣人族が協力して、最初に創り上げたのが、ここ、オールブルームなんだ」
オールブルームは、この世界において、結構歴史のある街らしい。
といっても、数千年も続く歴史……みたいなことはなく、数百数十年というところらしい。平和になったのは割と最近だと言えるだろう。
「それから街が発展するにつれ、もっと多様な人種が流入してくるんだけど……トリ人族の登場によって、人々の考え方は大きく覆されることになるんだ」
「トリ人族が?」
なんだろう? あまり好戦的なイメージも、狡猾なイメージもないのだが……
ようやく訪れた平穏を覆すような何かを、トリ人族がもたらしたというのだろうか………………ん? 『トリ』人族?
「オールブルームに初めて訪れた二人のトリ人族は、とても同じ人種には見えない風貌をしていたんだよ」
そいつらは、今では『スズメ人族』、『ダチョウ人族』と呼ばれている人種だったそうだ。……そりゃ、まるで別物に見えるよな。
「そこから、さらに細かい人種名で呼称するようになっていったんだよ」
なるほど。
パウラがイヌ人族で、ネフェリーがニワトリ人族と呼ばれているのには、そういういきさつがあったのか。ゴールデンレトリバー人族じゃないんだもんな。
「もっとも、イヌ人族は同族間の異種族結婚が盛んだったっていうのも、イヌ人族って呼称が定着している理由ではあるんだけどね」
パウラの父はブルドックだが、パウラはゴールデンレトリバーの特徴が色濃く出ている。つまり、父親がブルドックで母親がゴールデンレトリバーなのだろう。同族間の異種族結婚ってのはそういうことだ。
いろんな種類が混ざっちまってるから、いっしょくたに『イヌ人族』と呼んだ方が楽なのだろう。
ネフェリーんとこは、両親ともにニワトリだもんな。
種族によって同族結婚を好むとか、そういう傾向の強弱ってあるのかもしれないな。
「……今では、異種族間の結婚は特別なことではなくなった」
と、マグダが俺をジッと見つめながら言ってくる。
「……むしろ普通。よくあること。推奨されるべき事柄」
ジッと……じぃ~っと見つめてくる。
……その視線に他意はないよな? 親切に、それもかなり熱心に教えてくれているだけだよな?
「…………心を奪って逮捕されることも、しばしば」
「ぐふっ!?」
き、気管が詰まった……
それって、アレだよな? ミリィの店で俺がマグダに言った、トレンディ臭がプンプンする………………忘れてくれないかなぁ、そのフレーズ。可及的速やかに。
「そのうち、何人族って呼び名すらなくなるかもしれないね。ボクたち若い世代は、もっと自由に恋愛をすることが可能なんだから」
と、自分で言ってちょっと照れているエステラ。
こいつの場合、人種以前に貴族って縛りが結構きつそうではあるけどな。
エステラが獣人族の婿をもらったりすることは、果たして可能なのだろうか…………………………なんだろう。そういうのを想像すると…………ちょっとイラッてするな。
「巨乳遺伝子につられて、悪いウシ人族にたぶらかされるなよ?」
「たぶらかされるか!」
まぁ、……なら、いいのだが。
どういうわけか、腹の底のムカムカも、今の一言でちょっとすっきりしたし。なんでなんだろうねぇ。…………ふん。
「話を戻すけど……」
荒れた呼吸を整えて、エステラが再び語り始める。
「トリ人族以降、細分化された人種が増えていき、街はさらなる発展を遂げたんだ。獣人族の力は多方面に亘って優秀でね。魔獣が縄張りにしていたせいで手出しできなかった深い森も開拓できるようになった」
個々に優れた能力を持った獣人族。それらを統率し街を発展させた人間たち。
そんな風に、オールブルームは大きく成長していったのだそうだ。
「ただ、少し人種が増え過ぎたんだよ……」
そう漏らして、エステラは途端に表情を曇らせる。
「見かけ上は対等に見える人間と獣人族だけど、その間にははっきりとした差別意識があったんだ」
「獣人族が『亜人』と呼ばれることに不快感を表し始めたんだな」
「そう……その通りだよ」
最初のメンバーだけなら、各々の役割や立ち位置を暗黙のうちに理解し得たのかもしれない。
しかし、あとから流入してきた者たちは、その暗黙の了解を無条件で押しつけられることになる。
『亜人だから』という、その一言で。
それはやはり、不満も噴出してくるだろう。
「数も力も、圧倒的に獣人族が上だったんだ。当時の人間は狼狽し、悩み抜いて……打開策を打ち出した」
「それが……『亜種』か」
被差別者の溜飲を下げるにはどうすればいいか……
簡単なことで、さらに下の地位の者を作ればいい。
江戸時代の身分制度も、身分の低い者の不満は、さらに身分の低い者を生み出すことで有耶無耶にされてきた。
だが、それは、なんの解決にもなっていない。
「そして、そんな時になって、ようやくオールブルームに接触してきた人種がいたんだ……」
「それが、虫人族だったってわけだな」
エステラは、無言のまま、しかし明確に首肯する。
ミリィやウェンディを見ていても分かる通り、虫人族は少し臆病な節がある。
おそらく、人種的に根付いている性格や習性というものが、他の人種よりも臆病であり穏やかだったのだろう。
十分に安全を確認して、その上で思考に思考を重ね、議論なんかを繰り返して……ようやく、人間への接触を試みたのだ。
しかし、どんなものでもそうなのだが……軌道に乗ってから後乗りする者は、立場が弱くなる。
虫人族は、獣人族の不満を逸らせるために利用されたのだ。
「それでも、メリットの方が大きいと踏んで、虫人族たちはこの街に入ってきたんだな」
「争いと飢えが限りなく起こりにくい環境だったからね」
外壁の外には恐ろしい魔獣が跋扈している。
非力な種族なら、庇護を求めて街へ入ってくるのも頷ける。
「……それでも、長い間バランスは保たれていた」
「はいです。虫人族……当時、『亜種』と呼ばれた人たちも、それなりに楽しい暮らしをしていたと聞くです」
マグダとロレッタが補足をする。
人間が貴族となり、大型のギルドのトップを獣人族が占有し、虫人族はその小間使いのような扱いを受けていた。
それでも、この街にいることが出来れば生きていけた。……それだけ必死な時代があったというわけだ。
「不満がないならさらに下の身分なんか必要ないんじゃないのか?」
この街には『亜種』の下にもう一つ、『亜系統』と呼ばれる者たちがいた。
「『亜系統』は、『亜種』の扱いに不満を抱き、人間に反旗を翻した者たちなんだよ」
謀反……ってわけか。
そして、その謀反は失敗に終わり……自分たちの立場をさらに悪くしてしまったと…………
「ムカデ人族やクモ人族、ナメクジ人族に、ヤママユガ人族等が結託し、王都へと攻め込んだんだよ」
おぉう……見事に日本の女子が嫌いそうな人種ばっかりだな。
「彼らはもともと『亜種』の中でも弱い立場にいた者たちなんだ。だから、耐えられなかったんだろうね……きっと」
上の身分の不満を逸らすための低い身分。その中でも、最も低い身分に落とされた者は……一体どんな気分を味わうのだろうか…………
「……『亜系統』は、『カエルよりはマシ』レベル」
「嘘を吐いたわけでもないですのにね……」
エステラが言いにくいであろうことはマグダとロレッタが代弁してくれる。
しかし……罪もないのに虐げられる身分か…………やるせねぇなぁ。
「けれど、彼らの勇気は世界を変えるだけの力があったんだ。その当時はほんの小さな波紋でしかなかったけれど……その波紋はやがて大きな波となり、世界をひっくり返すような大きな渦となってこの街をのみ込んだ」
「身分制度の撤廃だな」
「うん。時の王が即位すると同時に獣人族たちを縛る身分を撤廃したんだ」
といっても、王族と貴族の身分は残したままなのだが……それでも、市民平等を説ける指導者はそうそういない。相当な勇気と決断が必要だからな。
だが、その時代の王が頑張ったおかげで、オールブルームには平等と平和がもたらされたわけだ。
今現在のオールブルームの礎を築いたと言っても過言ではないだろう。
下手すりゃ、ミリィやウェンディが虐げられている世界だったのかもしれないのか……見たくねぇぜ。エステラやジネットがマグダたち獣人を虐げ、マグダやロレッタがミリィたちを……なんてな。
もしそんな街だったら俺はどんな行動を取っただろうな………………まぁ、あり得ない『If』なんか考えたってしょうがないか。
その時代の王が差別撤廃のきっかけを作り、何年もかけてこの街は平等を勝ち得たのだ。それは、この街の住民たちが自ら選び取った道だったのだ。
居心地がいいわけだよな、この街は。
「……ちなみに。今、この付近でゴロツキギルドを形成している連中も、『亜系統』と呼ばれた者たちの末裔」
「食中毒事件のイグアナ人族とか、出店を襲ってきたカマキリ人族とかか?」
「ちょっと、血の気の多い人種が多いです。けど……周りに巻き込まれて暴動に加わった者も少なくないと聞いてるです」
ウェンディなんかを見ていると、とても暴動だの謀反だのという言葉とは無縁に見えるが……いや、しかし、あの母親なら…………ウェンディも怒ると怖そうだし……
なんにせよ、何十年も前の話だ。今を生きる連中が背負う必要のないもんに違いはない。
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