異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】やはり妻には敵わない

公開日時: 2021年1月29日(金) 20:01
文字数:5,831

「はぁ……」

 

 今日はいろいろなことがあり過ぎました。

 

 領主より『三区領主会談の見届け人依頼』が送りつけられてきた時も胃が痛む思いをしましたが……その会場にヤシロさんがいて驚き、さらに四十二区の領主代行としてエステラさんがいて驚天動地……正直、生きた心地がしませんでしたね。

 

 私にとっての彼女は、ヤシロさんの右腕であり、陽だまり亭の守護者の一人。

 まぁ、言われてみれば、やけに四十二区愛の強い方だなぁとは思っていましたが……

 よかったです、件の大通りでの一件で『精霊の審判』を突きつけなくて。あの時は、ヤシロさんの周りの者たちすべてを排除してやろうと……まぁ、頭に血が上っていたんでしょうね……本気で考えていましたから。

 

 もっとも、こちらが何を思おうが、ヤシロさんに阻止されていたでしょうけれど。

 

「……まさか、領主の娘さんだったとは」

 

 ヤシロさんはそれを知って味方に引き入れたのでしょうか?

 初めてお会いした時には、もうすでに一緒に行動されていましたけれど……いや、あの時はまだ、そこまで結束は強くなかったはずです。互いに牽制し合っている雰囲気が感じられましたし、邪魔になるようなら簡単に突き崩せると思った記憶があります。

 

「しかしまさか、そんなお二人と一緒に、四十二区を救う一大プロジェクトに参加することになるとは……」

 

 夢にも思いませんでしたね。

 

 三区を巻き込んだ大食い大会。

 それが区の命運を分けるというのですから、話だけを聞けばふざけているとしか思えないでしょう。

 ですが……彼の話を直に聞けば、それ以外に道はないと思い知らされます。

 

「相変わらず、人の心を動かす言葉を巧みに操る人だ」

 

 今となっては、相対するなんて発想すら浮かんできません。

 如何にして傘下に潜り込むか、如何にして庇護下に身を置くか、そして如何にして利益を共有するパートナーシップを築き上げるか。彼に対して思うことはそれ以外にはあり得ません。

 

「いやはやしかし、まさか私が他人をここまで信頼する日が来ようとは、夢にも思――」

「旦那様。お屋敷に入られないのですか?」

 

 自宅前でウロウロ歩き回る家長を見れば、小間使いも声をかけてくるでしょう。当然のことです。

 ですが、……もうしばらく放っておいてほしかった。

 

「いや、入る」

「では、手洗いの桶と、タオルをお持ちいたします」

「頼む。……あぁ、それから」

「はい。奥様にご帰宅をお知らせしてまいります」

「…………頼む」

 

 小間使いが深く頭を下げて屋敷へと入っていく。

 ……エナが何をしているかを聞いて、忙しいようなら出迎えはいらないと、そう言いたかったのですが……まぁ、意味のないことですね。

 ……自分で言うのもなんですが、エナは私を最優先させますからね。

 まったく……困ったものです。

 

「では、帰りますか」

 

 もう一度だけため息を吐いて、ドアの前に立ちます。

 家に入れば、もうため息は吐けませんからね。エナが大袈裟に心配しますので。

 

 小間使いがドアを開けると、そこには大勢の出迎えが待ち受けていました。

 

「おかえりなさいませ、アッスントさん」

 

 小間使いをたくさん引き連れて、エナが笑顔で迎えてくれる。

 何年経っても変わらない。幼女のような無邪気な笑顔で。

 

「今帰りましたよ。変わりはありませんでしたか?」

「小間使いさんから、『ちちぱっど』というものをいただいたので詰めてみました。どうですか? 色っぽくなりましたか?」

「エナ。それを今すぐ取り出しなさい」

「ここでですか!? アッスントさんのエッチ、スケッチ、モンチッチ!」

「奥の部屋で、です! あと、小間使いのみなさんに言っておきますが、エナに余計な情報を与えないようにしなさい!」

「「「はい、求められたことだけをお伝えしております」」」

 

 どうにも、ウチの小間使いは私よりもエナに懐いている気がします。

 由々しき事態です。

 家長としての威厳を取り戻さなければなりませんね。早急に!

 

 エナをドレスルームへ送り、小間使いにお茶の準備を言いつけてから、私は自室へと向かいました。

 寛ぐならサロンが向いているのですが、エナと二人きりになれるのは互いの自室の中だけなのです。

 

 ……そんなことを言うと、妙な勘ぐりを受けそうですが、これには訳があるのです。

 

「はい、アッスントさん!」

 

 と、私の自室に入るなり、エナが両手を差し出してきます。手のひらを上に向けて。

 

「『会話記録カンバセーション・レコード』を見せてください」

「……またですか?」

「はい、またです」

 

 エナはどういうわけか、ヤシロさんと会った時の『会話記録カンバセーション・レコード』を執拗に見たがるのです。

 

「今回は、特に見るべきものはないと思いますよ。ほら、私はただの見届け人でしたし、会場ではほとんど会話をしていませんので」

 

 嘘ではありません。

 あの会場において、私はほとんどヤシロさんとは会話をしていません。

 というか、発言自体ほとんどしていません。

 

 これで引き下がってくれればいいのですが……

 

「……くすん。浮気ですね」

「はぁ!?」

「やましいことがあるから見せられないのです! アッスントさんのスケコマシ! 女ったらし! タニシのメス!」

「待ちなさい、エナ! タニシのメスだけ、明らかに意図から外れていますよ!」

「話を逸らしましたね!? 図星ですか!? 煮干しのメスですか!?」

「……そのメスシリーズはマイブームなんですか?」

 

 大きな目を潤ませて、エナが私を見ています。

 ……彼女は、これで本当に泣くので始末が悪いんです。

 

「精霊神様に誓って、浮気などはしておりません」

「では、見せられますね」

 

 ころっと表情を変えて満面の笑みを向けてくる。

 ……本当に、敵わない。

 

「分かりました……」

 

 本当は見せたくない。

 ……アノ発言がありますから。

 ヤシロさんが悪意によって切り取り、捻じ曲げたこととはいえ……あんな発言を見つけられては、あとあと面倒なことになります。絶対なります。

 

 私は『会話記録カンバセーション・レコード』を呼び出し、会談の時の会話を表示させました。

 

「こちらが、今回の会談の内容です。なかなか面白い展開になりましてね、私も、まさかそんな風に話が転がっていくとは思いもよらず、我ながら興奮してしまったと思います。ヤシロさんの話す内容に夢中になってしまいましたよ」

 

 あははと笑い、エナの興味を会談の内容に引き付ける。

 どうです? 知りたくなったでしょう? 会談でヤシロさんが何を話したのかが。

 エナは、ヤシロさんの話術がお気に入りのようで、何度となく私の『会話記録カンバセーション・レコード』を読み返しています。

 きっと、彼女もまた、ヤシロさんのファンなのでしょう。少々妬けますが、仕方ありません。大きな器で、彼女の楽しみを見守るとしましょう。

 

「長いですから、ゆっくり読むといいですよ。読み終わったら食事にしましょう」

「お食事は楽しみですね」

「えぇ、そうですね」

「では、会談はまるっと飛ばします」

「えぇっ!?」

 

 有言実行。

 エナは『会話記録カンバセーション・レコード』をさら~っとスクロールさせてしまいました。

 

「ヤ、ヤシロさんの奇想天外な提案に興味はありませんか? 結構すごい内容ですよ?」

「でも、先ほどアッスントさんがおっしゃいましたよね? 『会談ではほとんど会話していない』と。エナは、アッスントさんとヤシロさんの会話が読みたいのです」

 

 なんということでしょう……

 迂闊な発言をしてしまったようです。私としたことが……

 

「きっと、帰りの馬車の中ではお話をされているはずです」

「あぁ、いや、そこは……」

「わっ!」

 

 そして、『会話記録カンバセーション・レコード』をぎゅんぎゅんスクロールさせていたエナの指が止まり、幼い顔がぱぁっと明るくなりました。

 ……見つかってしまいましたか。

 

「『妻が大好きなのでたまに食べに行ったりはするんですが』『なんで急に嫁を愛している宣言なんかしてんだ?』――ですって!?」

「ケーキの話ですよ。エナ、ケーキが好きですよね? ほら、その次の行に反論している私のセリフが記載されているでしょう? ほら、ここに『妻がケーキを――』」

「えい」

「なぜスクロールして画面の外へ追いやるんですか!? しかも、そこだけ綺麗に!」

「『妻が大好きなのでたまに食べに行ったりはするんですが』『なんで急に嫁を愛している宣言なんかしてんだ?』~うふふ」

「いや、だから……」

 

 もう……

 こうなることが目に見えていたから、見せたくなかったのに。

 

「小間使いさーん!」

「あなた以外に見せるつもりはありませんよ!」

 

 そもそも『会話記録カンバセーション・レコード』は他人に見せるようなものではないのです。

 エナが泣きそうな顔で頼むから、私は仕方なく……

 

「では、特別扱いであるエナは、じっくり読ませていただきますね」

 

 嬉しそうに言って、また指を動かし始める。

 どんどんと過去に遡っていって……また、アノ大通りでのやり取りを読み返すんですか?

 何度読めば気が済むんですか、あなたは……

 

「『【自主規制】ー!』」

「そこを声に出して読むんじゃありません!」

 

 これだから!

 こういうことをするから、二人きりになれる自室でしか見せられないのですよ!

 

「うふふ。この時のアッスントさんは、本当に悪役っぽいですね~」

「……そんな嬉しそうな顔で、古傷を抉らないでください。今では改心しましたよ」

「改心もなにも、この時のアッスントさんは、これが正しいと確信を持って行動していたんですよね?」

「えぇ……それは、まぁ」

 

 どん底に這い蹲っていても、しがみついて、蹴落として、みっともなくてもみじめでも何がなんでも這い上がる。そのためにはあのやり方こそが正しいのだと、あの頃の私は信じていましたし、それを曲げるつもりもなかった。

 

「では、恥じる必要はありません。アッスントさんは悪事を働いていたのではなく、ちょっと他人から支持を得られない方法を選んでいただけです。そうじゃないやり方を知って、そっちの方がいいと思ったから生き方を変えた――それは、過去のアッスントさんの否定にはなりません。今のアッスントさんへの進化でしかないのです。……ですよね?」

「エナ……」

 

 まったく、あなたという人は……

 

「君がそう言ってくれるから、私は何も迷わずにいられる。ありがとう」

「はい! 結婚します!」

「もうしていますし、なんですか、急に!?」

「アッスントさんがエナのことを『君』という時は、エナを口説こうとしている時だと解釈しています」

「……っ、そんなつもりはありません」

 

 ……確かに、ちょっとカッコを付けようとは、思いましたけれど。

 

「うふふ~。アッスントさんは、ヤシロさんに会った後はいっつもエナにカッコいいところを見せようとしますよね」

「そうですか? 自覚はありませんが」

「きっと、ヤシロさんに憧れているんですよ、アッスントさんは。自覚の有無にかかわらず。だから、そばにいると影響を受けてしまうんです」

 

 そう……なのかも、しれない。

 エキセントリックで、パワフルで、なんとも言えずに力強い。

 私は、あのような生き様に憧れているのかもしれませんね。

 

 まぁ、決して真似をしたいとは思いませんけれど。

 体がいくつあっても足りませんし、心臓がいくつあっても身が持ちません。

 

 ただ少し、気になることがあります。

 ここ最近、ヤシロさんの意識に変化が起こったような気がするのです。

 それは、本当に些細な変化でしかないのですが……なんというか…………

 

「ヤシロさんは、四十二区を出ていくつもりかもしれませんね」

「え、……そうなのですか?」

「いえ、ただの憶測です」

「けれど、その可能性が否定できない程度には、思い当たる節があるんですよね?」

「……えぇ、まぁ」

 

 ふとした時に見せる表情であるとか、語尾に含む雰囲気であるとか、そういった些細なところで感じる時があるのです。

 

 あぁ、この人はこの場所を自分の居場所だと認めていないのだ――と。

 

 証明するのは、難しいのですが……

 

「どうするつもりなのでしょうね……」

 

 こんな大きな大会を企画しておいて。

 こんなにも多くの人を引き付けておいて。

 気付いていらっしゃるのでしょうか、ご自分がこの街にとって如何に大きな存在であるかということに。

 

「大丈夫ですよ」

 

 私の顔を覗き込み、エナが『会話記録カンバセーション・レコード』をこちらに向けてきます。

 

 そこには、あの大通りでの衝突が決着した後に、ヤシロさんが発した言葉が記されていました。

 

 

『お前たち行商ギルドは、俺たち四十二区に拠点を置く者たちに、今後一切「精霊の審判」を使うな』

 

 

 双方が『精霊の審判』を放棄し、恨みを断ち切って前を向いて協力関係を築き上げていこうという大それた提案。

 そんなことは不可能だと思っていたのに、気が付けばその礎がもう出来上がっている。

 まったく、敵いませんね。

 

 そんなセリフの一部分を、エナは指さしました。

 

「ほら、ここに書いてあるじゃないですか。『俺たち四十二区に拠点を置く者たち』と」

 

 そして、にっこりと笑って、無邪気な顔と声で言うのです。

 

「もしヤシロさんが拠点を移そうなんて考えていたなら、今度はアッスントさんがこの言葉を盾に主導権を握って、ヤシロさんを追い詰めてしまえばいいんです。『HEYボーイ、YOUの拠点は四十二区のはずだろう?』って」

 

 それは、突拍子もない発想のように思えて……けれど――

 

「なるほど。それは、悪くないですね」

 

 ――とても、魅力的な提案のような気がしました。

 もっとも、今さらヤシロさんと事を構えるなど、真っ平御免ですけれど。

 

「中央区に食い込もうとしていたアッスントさんを、四十二区に縛りつけた張本人が四十二区を出ていくなんて許しません。……と、そう言ってあげればいいのです」

「そうですね」

 

 まったく。

 全部お見通しなのですね、あなたは。

 

 私の目が、中央区からこの四十二区へ向いてしまっていることも。

 私の求める四十二区には、ヤシロさんが必要なことも。

 

「それはそうと、エナ」

「なんですか?」

「さっきの『HEYボーイ』は、私のマネ……では、ないですよね?」

「アッスントさんのイメージです」

「どんなイメージを持たれているんですか、私は!?」

「聞きたいですか? 長くなりますけども!」

「い、いえ、では遠慮しておきます」

「ではお聞かせしましょう! そもそもアッスントさんという人はですね――」

 

 ヤシロさんがおっしゃっていました。

 四十二区には、人をお人好しにする空気が充満していると。

 あぁ、なるほど。確かにそうなのかもしれませんね。

 私もすっかり丸くなり、迂闊になったものです……うっかりエナの心に火をつけてしまったのですから。

 

 

 あぁ、この話は長くなりそうだ……

 

 

 そんなことを思いながら、私は一方的に語られる自分と自身の妻との惚気話を、延々と聞かされたのでした。

 

 

 

 

 

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