異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚14 ピュアなの、アホなの? -3-

公開日時: 2021年3月3日(水) 20:01
更新日時: 2021年10月17日(日) 08:12
文字数:3,469

「エステラよ」

 

 部屋を辞しようとした俺たちに、ルシアが声をかける。

 呼ばれたエステラはもちろん、俺たちは全員が背筋を伸ばしてルシアに向き直った。

 ……さっきの領主らしい威厳を見せつけられて、自然と体がそうなってしまったのだ。

 

「残念ながら、今回はどちらの願いも叶わなかったな」

「あはは……そうですね」

 

 お前の願いなんか、叶って堪るか。

 

「しかし、私は何もそなたたちに敵対しようとは思わない。力になれることがあれば喜んで力を貸そう。なんでも言ってくるといい」

「はい。ありがとうございます」

 

 前情報ほど、恐ろしい人間ではないようだ。

 互いの利害が一致すれば、心強い味方になってくれるかもしれない。

 

「カタクチイワシ」

「誰がカタクチイワシだ!?」

 

 何回言わせんだよ?

 

「貴様の度胸だけは、大したものだと言っておこう」

 

 誰もが恐ろしいと口にする三十五区の領主。そいつにタメ口で何度も突っかかっていくヤツなど、そうそういないのだろう。

 もしかしたら、ルシアも俺とのやり取りを不愉快だとばかり思っていたわけではないのかもしれない。心なしか、楽しそうに見えたもんな。

 

「また遊びに来ていいか?」

「お断りだ」

「じゃあ、お邪魔させてもらおう」

「ふん……好きにするがいい」

 

 挑発的な笑みを浮かべるルシア。

 やはり、こういう向かってくる感じはそうそう嫌いではないようだ。

 

「最後に一つだけ聞いていいか?」

「ダメだ」

「…………じゃあ二つ」

「一つにせよ」

 

 なら素直に聞けっつの。メンドクセェな。

 

「そこのウェンディとセロンが結婚するんだが……あんたはどう思う?」

 

 ヤママユガ人族のウェンディと、人間のセロン。その二人の結婚を、ルシアはどう見るのか……聞いておきたかった。

 

「反対だな」

 

 一切の迷いもなく発せられた言葉。

 やはり……四十二区以外では、そういう意見が大多数なのか…………

 

「ウェンたんは、私と結婚するのがいい」

「個人的な感情の話をしてんじゃねぇよ!」

「あ、あの、ルシア様! 私たちは女性同士ですので、結婚は……」

「ウェンディもまともに答えなくていいから!」

 

 異種族間結婚についてどう思うか意見を聞いてるんだよ!

 その旨を説明すると、ルシアは少しだけ考える素振りを見せて、やはり明朗な声で答えを寄越す。

 

「異種族間結婚を快く思わぬ者は多い。それはその者たちの自由だ。結婚自体は好きにすればよいと思うが、貴様らがやろうとしているように、反対する者の思想を強引に捻じ曲げるような行為は感心できぬ」

 

 それはエゴだと、ルシアはきっぱりと言い切る。

 エゴ……

 

 そうかもしれんな。

 本人が嫌がることを、他人が「絶対こっちの方がいいから」と押しつけるような行為はエゴと言われても仕方ないだろう。

 

 だが。

 

 こいつは……

 

 ウェンディと、その両親は違う。

 

 この素直じゃない親子は、お互いに待っているのだ……和解できるその瞬間を。

 だから、エゴだろうと俺はやるぜ。

 そうなることを望んでるヤツが……俺の知り合いにはたくさんいるからな。

 

 セロンに、ウェンディ……エステラに……ジネット。

 ついでに陽だまり亭に集まるメンバー全員だ。

 

 そいつらの意見の方が、世間一般という大多数より、俺にとっては重い。

 

 俺は、俺が正しいと思うことをやる。

 

「貴重な意見をありがとうな」

「……と、言いながらも、己の信念を曲げぬ。そんな顔をしておるな」

 

 なるほど。

 よく見ているな。

 

「まぁな」

「貴様が何を思い、異種族間の結婚に関心を抱き、働きかけているのか知らんが……覚悟は出来ておるのだろうな?」

 

 覚悟?

 

「貴様が行動を起こしたことで、良くも悪くも周りの者に影響を与える。すでにそういうことが起こったのではないか?」

 

 俺たちがウェンディの家庭の事情に足を踏み入れたために、ウェンディと母親の争いは一時的に加熱した。

 俺たちの行動が……俺の決断が周りに影響を及ぼす。……良くも悪くも。

 

「もし……中途半端に引っ掻き回して亜種と人間の関係を壊し、信頼関係を踏みにじり、ウェンたんを泣かせるようなことがあれば…………私は貴様を許さぬ。どんな手を使ってでも貴様の息の根を止めてやる」

 

 それは、冗談を言っている目ではなかった。

 

「それだけの覚悟が、貴様にあるのか?」

 

 まっすぐに、俺だけを見て発せられたルシアの言葉。

 こいつは見抜いているのだろうな。今回の一件……いや、このメンバーが行動を起こす時、その中心に俺がいることを。

 だから、俺に尋ねたのだ。

 そして、脅しをかけてきたのだ。

 

『私の領内を下手に引っ掻き回すな』と。

 もし、引っ掻き回すのなら……今よりもいい状態にする義務を課すると。

 

 ……上等じゃねぇか。

 

「そんな覚悟はねぇな」

 

 肩をすくめて言ってやる。

 お前が俺を挑発するのなら、俺だってそうしてやる。

 

「こいつらが幸せになることは決定事項だ。そんなありもしない『もし』なんざ、考える必要がない。よって、俺はそんな覚悟をしない」

 

 もし、失敗したら……そんなもん考えるまでもないが、どうしてもというならお前の好きにするがいい。

 もし失敗なんかしたら……そのせいでこいつらが不幸になるってんなら……俺は自ら進んで姿を消してやるよ。

 

「こっちはな、はなっからこいつらを幸せにしてやるって決めてんだよ。失敗なんか認められない。『もし失敗したら』なんて保険をかけておけるようなイージーな生き方はしてねぇんだよ」

 

 栄光か、死か。

 詐欺師の生き方ってのはそういうもんだ。

 

「だから四の五の言わずに、お前も何かあったら俺に協力しろ。大好きな虫人族のためにな」

 

 勝ち誇った笑みを向けて言ってやる。

 隣でエステラがハラハラしているが、口を挟まなかったのは、こいつも俺と同じ気持ちだからに他ならない。

 エステラだけじゃなく、ここにいる連中……ここにいない連中もみんなそうだ。

 失敗していいなんて思ってるヤツは一人もいない。

 

 俺たちには、成功以外の未来は認められないんだよ。

 

「……虫人族」

 

 いろいろなことを言ったが、ルシアが最初に口にしたのはそんなワードだった。

 

「それは、亜種のことか?」

「あぁ。おそらくな」

 

 これまでの話から考えて、俺の言う獣人族が『亜人』で、虫人族が『亜種』なのだろう。

 ……『亜系統』ってのがよく分からんが。

 なんにせよ、『亜人』や『亜種』ってのはあまりよくないイメージがして好きになれそうもない。

 

「…………面白い呼称だな。私も、真似させてもらうとするかな」

 

 ルシアがそう言うのだから、きっと『亜種』よりも『虫人族』の方が響きがいいのだろう。

 いいと思うなら真似すればいい。

 そっちの言葉が広がれば……虫人族たちが『亜種』だなんて、自分を卑下する必要もなくなる。存分に広めるといい。

 

「いいだろう。しばしの間、貴様の行いを見守ってやる。私に頼みたいことがあればここを訪ねるがいい」

 

 ルシアが意見を変えた。

 積極的ではないにしても、協力をしてくれるようだ。

 

「……その前に、会っておいてほしい者がいる」

 

 一瞬、喜びかけた俺たちに釘を刺すように、ルシアが静かな声を発する。

 沸騰した鍋に差し水をした時のように、俺たちの感情は一瞬で抑えられる。

 

 会ってほしい者?

 

 そいつが、あまり好ましい紹介でないことは、ルシアの真剣な眼差しが物語っていた。

 

「二日後に、時間を作ってほしい。迎えをやるから、あまり多くない人数で出向いてくれ」

 

 突然の申し出に俺たちは顔を見合わせる。

 これは、ルシアの協力を得るための試練のようなものなのだろうか……

 

 エステラに視線を向けると、少々不安な表情ながらもはっきりと頷きをくれる。

 まぁ、やるしかないよな。

 

「分かった。俺とエステラ、それから……」

「わ、わたしも!」

 

 メンバーを選抜しようとした時、ジネットが挙手して名乗りを挙げた。

 珍しいことだっただけに、俺とエステラはキョトンとしてしまった。

 

「…………あの、お邪魔で…………なければ…………その……是非……」

 

 俺たちが無言になったせいで、自信をなくしていったようで、どんどん声が小さくなっていく。

 いやいや。いいんだぞ?

 全然問題ないんだけど、なんか、そういう積極的な感じって珍しかったからさ。

 

「それじゃあ、ボクたち三人で伺います」

 

 エステラが話をまとめ、ルシアが首肯をもって了承の意を表する。

 

 

 花の蜜を手に入れようと訪れた領主の舘で、思わぬ方向へ話が転がってしまった。

 だが、ウェンディと両親の和解には、きっとルシアの力が必要になる。そんな気がするのだ。

 

 

 ギルベルタに連れられて、馬車乗り場へと戻ってくる。

 気が付けば、空は真っ赤に染まっていた。随分と長居してしまったようだ。

 早く帰って、陽だまり亭で一息つきたい。

 そんなことを思った。

 

 

 

 

 

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