「カンタルチカが、火の車ー!」
「深刻な人員不足ー!」
「お客様を巻き込んでの大わらわー!」
「司令官の欠場にともない、戦場の士気はがた落ちー!」
「マスター一人でフロアもキッチンも絶賛修羅場中ー!」
「臨時休業、まったなしやー!」
「ちょっと待て! 司令官の欠場って……」
それって、つまり。
「パウラが店に出てないってのか?」
「うんー!」
「パウラおねーちゃん、倒れたー!」
なっ!?
「顔、真っ青だったー!」
「ぷるぷる震えてたー!」
「すごくしんどそうだったー!」
「立てなかったー!」
「尻尾も元気なかったー!」
「生まれたての、子鹿のごとしやー!」
パウラが倒れた……
それだけでも一大事なのだが……
パウラ『も』倒れたってのが、嫌な想像をかき立てやがる。
「それで、おねーちゃんに助っ人頼みたいってー!」
「おねーちゃん出してー!」
「こっちは一大事ー!」
「優先度割高ー!」
「カンタルチカにはお世話になったやろがー!」
「姉の、恩返しやー!」
「あの、みなさん」
わいわい騒ぐハムっこたちの前にジネットが立つ。
「実は、ロレッタさんも具合が悪くて……その、今日は早退されたんです」
「「「「「なんですとー!?」」」」」
「驚愕の、事実や-!」
おののくハムっ子たちを前に、ジネットが俺へと視線を寄越す。
ハムっ子たちに不安を与えないよう言葉には出さず、自分の思いだけを伝えてくる。
「あの二人の体調不良には、何か関係があるのでしょうか……?」と。
因果関係は分からんが、パウラとロレッタは比較的仲がいい。
仕事のない時は一緒に買い物に出たりする程度には。そういえば、前にネフェリーを含む三人で『イマドキ女子のお泊まり会』なんてのをやったって言ってたっけな。
その日マグダは、ノーマやナタリアと『大人女子のヒ・ミ・ツの夜会』とかいうふざけたお泊まり会をしていたそうだが。……マグダ。お前、そっちのカテゴリーなのか?
とにかく、どちらかと言えば近しい間柄のロレッタとパウラが揃って倒れたのだ。たまたまだとしても、一応気に留めておいた方がいいだろう。
インフルエンザのような、伝染病の可能性もないわけではないからな。
「とにかく、こっちからも人員を派遣しよう」
「そうですね。人手だけならハムっ娘さんたちでまかなえますが、指示を出す責任者が不可欠ですから」
そう。
現在、ハムっ子たちのスキルは非常に高くなっている。
ウーマロから重要な場所の加工を任されるくらいに腕を上げていると聞いている。
だが、あいつらはまだ子供なのだ。
どんなに技術があっても、責任を負えるほど成熟してはいない。
当然無責任な仕事はさせていないし、あいつらもしていない。だが、個人の責任と現場の責任ではその重さが違い過ぎる。
きちんと司令官がいてはじめて、ハムっ子たちはそのポテンシャルを発揮できるのだ。
「くそ……こっちも間もなく夕方のピークを迎えるってのに」
「仕方ありませんよ。それに、カンタルチカさんはこれからが勝負時ですし」
カンタルチカは酒場だ。
日が暮れてからが最も忙しくなる。
パウラとマスターという熟練がいて初めて捌ききれる混雑ぶりで、最近はハムっ娘の手伝いがないと回らなくなってきたと、そんな嬉しい悲鳴をあげていたところだ。
こりゃ、俺が出向いた方がいいかもしれないな……
「となると……こっちは、デリアとノーマが必須か……カンタルチカは慣れてないから、もう一人サポートが欲しいところだが……」
「あの、夕方でしたらネフェリーさんに助力をお願いできないでしょうか? ネフェリーさんなら、たまにカンタルチカのお手伝いをされていますし」
「そうなのか?」
「はい。以前、そんなことをおっしゃっていましたよ」
ネフェリーか。
料理は苦手だと言っていたが、接客に関しては申し分はない。
確かに、ネフェリーがいればホールを任せて、俺はキッチンとホールを掛け持ちしつつハムっ娘に指示を出すことが出来るな……
「よし。じゃあ、向こうは俺とネフェリーでなんとかする。だから、陽だまり亭は……」
「はい。陽だまり亭は、私とマグダさんがきっちりと守りきってみせます」
「……最近、指導者としても頭角を現し始めたマグダの活躍に乞うご期待」
大変にはなるだろうが、この二人がいればなんとか乗り切れるだろう。
「どうしようにもなくなったらナタリアを呼べ。あいつがいればどうとでもなる」
「でも、お忙しいでしょうし……さすがにナタリアさんは……」
「エステラが忙しくて陽だまり亭に来られない時に出前をしてやると言えば、エステラが無理やりにでもナタリアの体を空けてくれる」
「……うむ。詰め込めるところに仕事を詰め込んで、人手を増やすのはこういう時の常套手段」
「で、出来るだけ、わたしたちだけで乗り切ってみます、ね?」
とはいえ、デリアかノーマのどちらかには来てもらう必要があるだろう。
「ハム摩呂さん。今晩手の空いているご弟妹はいますか?」
「はむまろ?」
「えっと……あの……いますか?」
「聞いてみるー!」
「では、お暇な方がいれば陽だまり亭とカンタルチカさんへ来てください。と、お伝えください」
「まかされたー! 気分はさながら、歩く伝書鳩やー!」
諸手を挙げてハム摩呂が店を飛び出していく。
騒がしい。
「も~ぅ。オシナもお手伝いできるのにネェ~……」
一人ふて腐れているオシナをスルーして、残った妹五人に指示を出す。
こいつらはカンタルチカの手伝い要員なのだろうし、俺が連れて行くとして。
「誰かネフェリーを呼んできてくれ。一大事だからって。説明は俺がカンタルチカでするから」
「「うんー!」」
二人の妹が手を上げ、ドアを開けようとしたまさにその時、先ほど出て行ったハム摩呂以上の騒がしさを伴って一人の男が陽だまり亭へと駆け込んできた。
「あんちゃん! どういうことだし!」
鼻息は荒く、ばっちりメイクの決まった目元は真っ赤に充血して、肩を盛大に怒らせて、砂糖職人のパーシーが俺に詰め寄ってくる。
「ネフェリーさんが倒れて寝込んでるって、どういうことか説明しろし、マジで!」
思わず、ジネットと視線を合わせてしまった。
驚き過ぎて、どんな表情をしていいのか分からない。そんな顔のジネットと見つめ合う。きっと、俺もそんな顔をしているのだろう。
ロレッタ、パウラに続いて、ネフェリーまでもが……倒れた?
何か不穏なことが起ころうとしている……この四十二区で。
そんな嫌な感情に煽られ、俺の心拍数はどんどんと上がっていった。
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