異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

14話 虚ろな目の少女 -3-

公開日時: 2020年10月13日(火) 20:01
文字数:2,123

 と、不意に「ふふっ」という笑い声が耳に届く。

 

「んだよ?」

 

 振り返ると、エステラのしたり顔が視界に入った。

 

「いや、明日は雹でも降るのかなと思ってね」

「ふん」

 

 どうせ降るなら金にしろ。そのためなら諸手を挙げて善人ぶったことしてやるよ。ま、あくまで『ぶる』だけだがな。

 

「でも、可愛い娘だからって、変な気を起しちゃダメだからね」

「アホか、俺はロリコンじゃねぇよ」

 

 エステラは分かって言っているのだろうが……こいつはないな。

 十二~三歳というところか。

 あまりにも幼過ぎる。

 小学生にしか見えない。

 乳もない。エステラといい勝負だ。

 そのくせ、子供のような溌剌さもない。

 ホント……動く人形のようだ。

 

「んじゃあ、宿と飯の面倒はよろしく頼むぜ」

「ちょっと待て」

 

 狩猟ギルドの代表者がさらりと言った言葉に待ったをかける。

 

「『宿』が追加されたぞ」

「使えねぇヤツを置いとくスペースは、ウチにはねぇんだよ」

「だとしても、無条件でこちらに負担を強いるのは看過できないな」

「じゃあどうしろっつうんだよ?」

「そうだな……」

 

 俺は考える。

『専属契約』という形で俺たちにマグダを押しつけた手前、狩猟ギルドもここで中途半端に引き下がるわけにはいかなくなっただろう。

 食事の世話からは解放されたが宿の世話はこれまで通りでは、心情的にかえって損した気分になるかもしれない。負担が半減したことよりも、残留したことの方に意識が向くのが人間だからな。

 ならば、ここで少しくらい強気に出ても問題はないはずだ。

 

「マグダが狩った獣の肉が余った時は、このギルドで買い取ってくれ。もちろん、適正価格でな」

 

 マグダは狩猟ギルドの権利を有しているので行商ギルドへの売却が可能だ。

 だが、方々に圧力をかけ始めている行商ギルドが、陽だまり亭に間借りしているマグダと正当な取引をするとは到底思えない。

 そうなれば、マグダは陽だまり亭で使う分の肉しか捕れなくなり、それ以外の日はタダ飯ぐらいになるわけだ。

 ナンセンス。

 そんなもん、見過ごせるか。働け。毎日、お天道様が空にいる間はな。

 

 なので、ウチで使う分を確保したら、残りの肉は売ってしまうのが一番だ。で、その買取額と、売却ルートをここで確保しておく。これで、多少はこちらの損失を抑えられるだろう。ともすれば、利益を上げられる可能性すらある。

 

 と、そんな条件を提示したところ……

 

「がっはっはっはっはっ!」

 

 狩猟ギルドの代表者は大口を開けてバカ笑いを始めた。

 

「ふひぃ~っひっひっひっひっ! 肉が……くくく……余ったら……がはははは!」

 

 なんだ?

 何がそんなにおかしいんだ?

 

「あ~、いいぜ。持ってきな。行商ギルドと同じレートで買い取ってやるぜ」

「いいのかい? それではギルドに利益は発生しないと思うのだが?」

 

 エステラが忠告をする。

 余計なことを……と思わなくもないが、これをあらかじめ言っておくことで、あとになって「話が違う」とか「そんなこと言ってない」とか、そういう煩わしい目に遭わなくて済むのだ。

 念を押して確認した。その事実は何よりも説得力を生む。

 何より、この世界には『会話記録カンバセーション・レコード』なるものがあるのだから、尚更な。

 

「いいとも。利益度外視で、頑張る我らが後輩を応援しようじゃねぇか! ぐははは!」

 

 ……なんだか、こいつムカつくなぁ……

 

 マグダを見ると、相変わらずの虚ろな目で、ジッと俺を見つめていた。

 ……お前、なんか思うことないのか? これだけバカにされてるってのに。

 それとも、ぐぅの音も出ないほど的を射た事実だってのか?

 

「よし! 交渉は成立だ! 当ギルドはゴミ回収ギルドとの取引は一切しない! 代わりに、ウチから派遣しているマグダが…………くくく……狩ってきた肉を、いつだって行商ギルドの買取額と同額で買い取ってやる。その代わり、マグダの宿と飯はお前たち持ちだ。これでいいな?」

「…………分かった。商談成立だ」

 

 裏は……あるのだろう。

 

 問題になるのは、このマグダという少女。

 こんな幼い娘なのだから狩猟が苦手だということは想像に難くない。

 だが、狩猟をする権利は有している。それはデカい。

 仮に、こいつの狩猟の腕が驚くほど低くて使いものにならないのであれば、食堂で手伝いでもさせればいい。

 宿と飯。

 幸い、陽だまり亭にはどちらも余っているのだ。

 

 ……うん。損はない。ないはずだ。

 

 俺は狩猟ギルドの代表者と握手を交わした。

 交渉、成立だ。

 

「それじゃ、みんな。帰ろうか」

 

 真っ先に立ち上がったのはエステラだった。

 

「そうですね。では行きましょう、マグダさん」

「…………」

 

 ジネットの言葉に、マグダは黙ってこくりと頷く。

 そして、ジッと俺を見つめてくる。

 ……なんだよ?

 俺に惚れると火傷するぜ……

 

「…………」

 

 結局、マグダは何も言わなかった。

 視線を落とし、ジネットに続いて部屋を出て行く。

 

「せいぜい、食い潰されねぇようにな」

 

 俺が部屋を出る間際、狩猟ギルドの代表者がそんな言葉を寄越してきた。

 ……食い潰される…………食費……ね。

 育ち盛りの子はよく食う。……というレベルを逸脱した食欲の持ち主なのだろうな、きっと。

 どんなことになるのか、見てみないと分からんが……恐ろしいわ。

 

 嫌な予感は拭えないが、ここで粘っても情報は得られないだろう。

 俺は軽く会釈をして、応接室を出た。

 

 

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