そうこうするうち、明るかった空は色調を落ち着いた藍色に変え、やがて夜がやって来た。
焦げたり生焼けだったりを繰り返していたネフェリーのベビーカステラも、なんとか様になってきた頃、新たな客が陽だまり亭にやって来た。
「ご、ごめんください……」
「よぉ! 今日も明るいな」
「す、すみません英雄様……今日はちょっと日光に当たり過ぎてしまいまして……」
「いいんだよウェンディ。おかげで夜道を安全に歩けたのだから」
赤鼻のトナカイを励ますサンタよろしく爽やかな笑顔を振りまくセロンと、研究続きで盛大に光の粉を浴びているらしくまるで天照大御神が現世に顕現したのかと思わせるほどの輝きを放っているウェンディだ。
「あら珍しい。ホタルイカ人族の娘さんかい?」
「い、いえ! 違います!」
ベビーカステラを食べて満腹になったノーマは、庭に持ち出した椅子に腰掛けてまた煙管をふかしていた。
光り輝くウェンディを見てホタルイカ人族だと思ったらしい……つか、本当にいるのか、ホタルイカ人族って? 今度マーシャに聞いてみるかな。
「それで、頼んでいたものは出来たのか?」
「はい! 試行錯誤の末、なんとか完成させることが出来ました!」
銀髪のイケメンが、凄まじく爽やかな笑顔で突進してくる。……顔が近いっ!
「試行錯誤した割には、お前は光ってないようだが?」
あの光の粉は、一度付着するとなかなか落ちない上に、少しでも日の光を浴びると夜間に煌々と光を放つ。
ロレッタの額に書いたいたずら書きは、完全に消えるまでに三日の時間を要した。
ロレッタの額から『肉』の文字がなくなった時の、あの安堵と寂しさといったら……
「ウェンディが絶対に粉を触らせてくれないのですよ。配合は自分がやると言って」
「だ、だって……セロンにまでこんな変な体になってほしくないし…………それに、セロンを輝かせるのは、私だけでいたいから……」
『私だけが痛いから』?
あぁ、まったく痛いね!
ったく、こいつらは……俺たちの介入により、お互いの気持ちを確認し合った二人は、目も当てられないようなバカップルに成り果ててしまった。ランクダウンだ。劣化だ。
「おい、話を進めるか爆発するかのどっちかを選べ」
「あぁ、すみません、英雄様」
「英雄言うな!」
ウェンディの口調が伝染し、セロンまでもが俺を英雄様などと呼ぶようになってしまった。
……ベッコのヤツにはさらなる追加懲罰が望まれる。元凶はあいつだからな。
「ヤシロさ~ん。追加のタネをお持ちしま…………どうされたんですかっ!?」
ウェンディとは初めて会うジネットが、光り輝くウェンディを見て目を丸くする。
「あ、すみません。体質ですので、お気になさらずに」
体質ではないはずだが……もう説明するのが面倒くさくなっているのだろう。
「ウェンディ。今から研究所には一切入らず、少しでも体に染みついている光の粉を落としておけ。そして、出来れば当日は太陽の下に出るな」
こんな目立つヤツが祭りに参加したら、客の注目を一身に集めるだろう。
それでは祭りの主役がウェンディになってしまう。
それはダメだ。
可哀想だが、日中は室内に閉じこもっていてもらおう。
「じゃあ、ウェンディ。僕の部屋においでよ」
「え、……でも…………」
「僕が……怖い?」
「そんなことない! ……じゃ、じゃあ………………お邪魔するね」
「うん。祭りの夜まで、ずっと一緒だよ」
「セロン……」
「……ウェンディ」
「他所でやれ、リア充共めー!」
なんだこれ!?
なんなのこの不愉快な空気!?
踏んづけてやるっ!
「それじゃあ、完成品を見せてもらおうかな」
「はい。こちらが、その……完成品です!」
セロンが担いでいたカバンから誇らしげに取り出したものは、まさしく俺が思い描いていた通りのもので…………俺は確信をした。
今回の祭りは成功すると。
「よぉし! ラスト一週間! 全力で駆け抜けるぞぉ!」
「「「おぉーっ!」」」
拳を上げて吠える者。
微笑みを浮かべる者。
黙って突き上げられた拳を見つめる者。
各々がそれぞれの反応を見せる。
だが、今この場にいる者たちの心は一つの方向へ向かっている。それだけは確実だ。
なんたって、祭りの前のこの騒々しさは、堪らなく楽しいものだからな。
そうして、あれこれと駆けずり回るうち…………ついに祭りの日がやって来た。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!