異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

52話 悩みの種と新たな可能性 -2-

公開日時: 2020年11月20日(金) 20:01
文字数:2,064

 壁に掛けられた巨大な絵画には、落ちていたモヤシを拾い食いして腹を壊してしまったもがき苦しむブナシメジのようなものが描かれていた。


「……なんだこれは?」

「『佇む女神の像』というタイトルの絵だよ」

「この世界の女神はモヤシを拾い食いするシメジなのか?」

「あまり失礼なことを言うと、ホントいつか天罰が下るよ?」


 なら、女神をこんな奇妙な姿で表現したこの作家がとうの昔に天罰を喰らっているべきだろうが。

 街角の似顔絵師に、悪意満載のデフォルメをされるよりもまだ酷い。金を返せと言いたくなるレベルだ。


 抽象画ともキュビスムとも違う。

 こいつに名前を付けるのであれば『感性派』とでも呼ぶべきだろう。感性の赴くままに勢いで描き上げたような作品だ。勢いだけは感じるが……なんというか、荒い。子供の落書きに近い自由さがある。


「まったく理解できん」

「まぁ、ヤシロには難しいかもしれないけれど、これが芸術だよ」


 その物を写実的にではなく、印象的に受け取り、感性に任せて吐き出した。そんな感じだ。

 もし、こういうのが芸術として一般にまで浸透しているのであれば、以前、ウサギさんリンゴを作った際に、それを食べようとしたことに物凄い反発を喰らったのもなんとなく頷ける気がする。

 アレはウサギという生き物をイメージして生み出された抽象的な造形だからな。こいつらにはウサギそっくりなものよりも、あぁいうデフォルメされたものの方が感性にビンビン来るのだろう。


 ……すげぇリアルなウサギさんリンゴを作ったらこいつらはどうするだろうか…………?


「あ、ウサギですね。すごいです、そっくりです。では、いただきます」頭からパクー! シャーリシャリシャリシャリ!


 ……なんてな。

 ジネットが本物そっくりのウサギリンゴを頭から丸齧りしている映像が浮かんでしまった。

 ないな。そんな光景、シュール過ぎる。


 ま、これが至高と捉えられているのであれば、あの写実的な蝋像は歯牙にもかけられないだろうな。方向性が真逆だ。


「さて、芸術鑑賞はこれくらいにして、本題に移ろうか」


 俺は現在、領主の館の応接室にいる。

 以前通された少し小さめの部屋だ。これよりももっと大きな応接室があるらしいのだが、「君を、あまり目立ったところに連れて行きたくないんだよ……その…………いろいろと、問題があるから」と、エステラが言っていた。

 ……俺は、領主の館をうろつくと問題になるような男なのか?


 まぁ、狭い部屋の方が落ち着くからいいけどな。


 ナタリアがお茶を入れてくれて、俺とエステラは話し合いを始める。

 差し向かいで二人きり。なんの密談だ?


「実は、おがくずが足りなくなりそうなんだ」

「おがくず? 下水のろ過の話か?」

「そうだよ。今はトルベック工務店から譲り受けているんだけど、それもずっとというわけにはいかないんだ」


 雨季以降、四十二区ではトルベック工務店の支部や、ハムっ子たちの新居など、建設ラッシュが続いている。それに伴い、大量のおがくずが発生している。

 そいつを融通してもらっているのだが、それも無限ではない。そろそろ建築ラッシュも一段落しそうだしな。

 おがくずを別のルートで手に入れる必要が出てくるだろう。


「森があるだろう、陽だまり亭の裏とか、ヤップロックの近所とか、スラム……あっと、今はニュータウンって呼んでんだっけ? そこの周りとか」


 ロレッタたちが住んでいる、かつて『スラム』と呼ばれた地区は、トルベック工務店の支部を迎え入れたことで大きく発展し、集合住宅が立ち並ぶ近未来的な(もっとも、その「近未来的な」には「この街では」という枕詞がつくが)新しい街『ニュータウン』へと生まれ変わっていた。

 もうあそこを『スラム』と呼ぶ者はいない。


 そのニュータウンの周りには、森が広がっている。木ならばたくさん生えているのだ。


「素人が勝手に原生林を伐採するのはいただけないな。環境破壊に繋がるしね」


 まぁ、素人が手当たり次第木を伐り始めれば、あっという間に森はなくなってしまうだろう。

 森で木の実を集めている連中もいることだし……自然破壊はよくないな。


「じゃあ、外に取りに行こうぜ」


 たしか、四十二区の外壁の向こう側は深い森になっていたはずだ。

 そこなら、多少木を伐ったところでビクともしないだろう。


「木を街に持ち込むのには法外な税金がかけられるんだよ。下水処理を賄えるほど大量に持ち込むとなれば、ウチは破産するよ」

「そんなにか?」

「四十区以外の門ではかなり重い税がかけられるね」

「四十区『以外』?」


 海に近いから三十五区の街門では魚に重税がかかる。と、いうのであれば分かる。領主の利益になるからだ。税金をかけたところで、輸送費や人件費を考えればそこを使う方が得になるから他の門に利用者を奪われる心配もない。

 だが、四十区『以外』が高いとなれば、全員が四十区から持ち込むことになるだけなんじゃないのか?

 四十区の領主はウハウハだろうが、他の区の領主がそうする意味が分からん。税金が取れなければ領主の収入は減るのだ。多少値下げしてでも税金を徴収した方が得策だと思うんだが……


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