昨日ベルティーナと歩いた川への道を、今は一人で歩く。
すると、ちょうど昨日ベルティーナと話をした川辺に目当ての人物を発見した。
丸っこいクマ耳を頭に生やしたそいつに、俺は手を振って声をかける。
「お~い! デリアー」
「ん? おぉ! ヤシロー!」
大きな岩に腰掛けて釣り糸を垂らしていたデリアが立ち上がり俺のもとへと駆け寄ってくる。
懐いている大型犬のような動きだ。
思わず首周りとかお腹を「あ~よしよしっ」って撫で回したくなる。ま、しないけど。
「釣りか?」
「あぁ。しばらくは漁も休みだからな」
大食い大会に合わせ、川漁ギルドは漁の回数を減らしている。準備期間は四十二区から多くの人が消え消費が抑えられる。反面大会当日は大食いの材料の一つに鮭があるため、大会前日に一気に漁をするつもりらしい。今は、エネルギー温存中なのだとか。
という話を聞いていたので、デートに誘いに来たのだ。
今日は陽だまり亭の手伝いもないと言ってあったしな。
「デリアも釣りなんかするんだな」
「暇潰し程度にな。意外とうまいんだぜ? エサに寄ってきた魚を右手で『バシャーッ!』って!」
「……デリア、それ釣り違う」
とんだ力技だ。魚の方も『えぇーっ!?』ってなってることだろう。
「それで、今日はなんだ? 何か手伝うことあるのか?」
デリアの耳がピクピクと動く。
こいつは自分が頼りにされることを非常に好む。きちんと話をすれば大会には出てくれるだろう。
だが、その前に約束を果たさなきゃな。
「ほい、デリア。これ」
背中に隠していた花束をさっと差し出す。
差し出された花束に、デリアはきょとんと目をまんまるくする。
「ぉあ?」
子獣みたいな、拍子抜けする声を漏らし、小首を傾げるデリア。
どうも状況が理解できないらしい。
「前に、ほら、四十一区の視察に行った時に約束したろ? 二人きりでデートしようって」
「…………えっ、ヤシロ、あれ……覚えてたの……か?」
「当たり前だろう。だから、ほら。ちゃんと誘いに来たぞ」
そう言って、もう一段回、花束をデリアに近付ける。胸に花弁が触れるくらいに近付き、それに合わせてデリアの視線も移動し、アゴが引かれる。
俯くような感じで、胸元に迫った花束を見つめるデリア。……と。
「…………ぐすっ」
デリアの瞳から大粒の涙が音もなく零れ落ちた。
「おっぉいっ!? ど、どうした!?」
なぜ泣く!?
「あ、いや……悪いっ! 違うんだ、そういうんじゃなくて……!」
慌てて顔を上げ、手のひらの、親指の付け根付近で乱暴に涙を拭う。
「あの、あた……あたい、……こんなだから……その、こういうの……今まで全然なくて…………こう……女の子みたいな、扱い…………ってさ、ヤシロしか、してくれなくて……」
だとしても、泣くほどのことか?
あ、まさか、『花束=プロポーズ』っていう昔ながらの習慣だと勘違いしてんのか? なら、泣くかもしれないな……
「あのな、デリア、コレはアレだぞ? そんな重い意味合いはないからな? もっと軽い気持ちでな……」
「分かってるよ! デートだろ? 最近の流行りくらい、あたいだって調べたりしてんだからなっ」
頬を膨らませようとしたらしいデリアだが、口元が緩んでうまくいかず、結局泣き笑いのようなくしゃくしゃの顔になって、照れくさそうに「えへへ」と笑った。
「これ、もらうな」
そう言って、俺の手から花束を大切そうに受け取る。両手で抱えて、花に鼻を埋める。
「いい匂いだなぁ……女の子の匂いだ」
今のセリフ、俺が言うとアウトなんだろうなぁ……
だが、デリアが口にすれば途端に乙女チックになる。
「ありがとう、ヤシロ。すっごく嬉しいっ!」
そんな豪快な笑顔すらも、今は少女のように見える。
こいつは、ネフェリーといい勝負するくらいに乙女思考なのかもしれないな。
「えへへ~、お花~。お花、もらっちゃったぁ~」
花束を掲げ、くるくると回り始めるデリア。
今までに見たことがないくらいに尻尾がピコピコ動いている。
ネコがいたら間違いなく飛びつきそうだ。ネコまっしぐらだな。
「じゃあ、ケーキでも食べに行くか」
「うん!」
全力で頷いて……
「……え?」
「へへ……たまには、いいだろ?」
羞恥に顔を染めながら、デリアが腕を組んできた。俺の腕にデリアの腕が絡みつく。
俺より背の高いデリアは背中を丸めて、まるでしがみつくようにギュッと身を寄せてくる。
……こういうぎこちなさに、不慣れな感じが出るんだな。…………えぇいくそ、可愛いじゃねぇか。あと、ヒジおっぱい最高っ!
なんだ、この川辺に来るとおっぱいを押し当ててもらえるイベントが発生するお約束でもあるのか?
『女子+川辺=おっぱい』なのか?
「それで、どこに行く? 陽だまり亭か?」
「う~ん、そうだなぁ……」
陽だまり亭なら、いろんなケーキがあってデリアも満足してくれそうなんだが……今日は二人でデートって約束だからな……
「『檸檬』とか行ってみないか?」
「おぉ! レモンパイだな! あたい食べてみたかったんだよなぁ、それ!」
「じゃあ、決まりだな」
「おう! 行こう行こう!」
こんなに威勢のいいデートがあるものなのだろうか。まぁ、俺たちらしくて、いいとは思うけどな。
大通りの奥、中央広場のそばに店を構える檸檬は、落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。
かつてはお茶を提供していた店だけあって、若干和風な佇まいである。こっちの世界でも、お茶を扱うと和風な内装にしたくなるもんなのかね。
引き戸を開けて店内へ入る。
「おや、ヤシロさん。いらっしゃい」
人好きしそうな朗らかな笑みを浮かべる年配のオーナーが出迎えてくれる。
檸檬は四十一区のフードコートへは店を出していない。
もともとオーナーと奥さんの二人でやっている店だ。分店にまで手を広げる余裕がないのだそうだ。
「委託販売の件、考えてみますよ。出来ることなら、多くの方に食べていただきたいですからね」
俺は檸檬のレモンパイを委託販売してみてはどうかと持ちかけていた。他の店に頼んで一緒に売ってもらう方式だ。もちろん、その分の手数料は発生するが。
店の人出を割かなくてもフードコートで売ることが出来る。
ただ、オーナーとしては、自分の目の届かないところで商品が売られることに懸念が拭えないらしい。万が一にも食中毒なんて出そうもんなら、一気に店の名が地に堕ちる。
よほど信頼できる相手でないと、委託販売はお願いできないのだ。
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