異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚24 それくらいのわがままは -2-

公開日時: 2021年3月5日(金) 20:01
文字数:4,546

「それよりも、どうだった? この辺りにある物でも、まだまだ知らない物があっただろう?」

 

 俺はこの、すべてを悟ったと勘違いして諦めきっている頑固者に、まだ見ぬ世界はどこにでも存在し、どこまでも広がっているということを教えてやる。

 

「だから、そこそこの今に満足なんかすんな。行動を起こせ。本当は叶えたい、絶対に譲れない願いがあるんだろう? だったらもっと我武者羅に前に進めよ」

 

 少しクサいが、熱い言葉をシラハに投げかける。

 お前が動いてくれなきゃ、この街は変わらない。仲良しごっこの裏側に潜む邪魔な差別意識はなくなりはしない。

 

 お前が動けば、解消することまでは出来なくても、今よりもずっと楽しくなる。

 もっと単純に仲良くなれるんだってことを、多くのヤツらに分からせてやれる。

 

「もし、進み方が分からねぇってんなら、俺が教えてやる!」

 

 お前たちは誰ひとり、現状に満足していない。

 諦めの色が瞳に映っちまってるじゃねぇか。

 そんな目で見つめる未来は、さぞつまらねぇだろ。

 

「言ってやれよ、聞く耳を持たない善人どもに。お前を心配して、傷付いた心を癒そうと躍起になっている、分からず屋のお人好しどもに」

 

 お前の口で、はっきりと伝えてやれ。

 

「『私たちの結婚は、何も間違っていなかった』ってな!」

 

 周りに迷惑をかけようが、そのせいで何か問題が起ころうが、そんなもんはそん時考えりゃいいんだ。

 気にする必要も遠慮する必要もねぇ。

 

「『好きな人のそばにいたい』――それくらいのわがままを言う権利は、誰にだってあるだろうが。許されるよ、そんくらいのわがままは」

「ヤシロ、ちゃん……」

 

 シラハの細い目が、細かく震え出す。

 目尻に水の玉が浮かび、そして溢れ出す。

 

「ヤ……ヤシ…………ロ、ちゃん…………わ、私…………」

 

 零れ落ちる涙を拭いもせずに、シラハは丸まると太った体を揺すり、太く短い腕を俺に向かって突き出してくる。

 

「私…………おかわり欲しいっ」

「聞いてた、俺の話!?」

「おかわりぃ~……!」

 

 どんだけ気に入ったんだよ!?

 えぇい、腹をぎゅいぎゅい鳴らすんじゃない!

 泣くな! おかわりくらいでっ!

 

 割と熱く、クサいことをベラベラと並べ立てた俺の、この恥ずかしさよ。

 耳、真っ赤っかだわ。

 

「…………くくっ…………ヤシロ、完全スルー……ぷっ」

「ぷっくく……」

「黙れエステラ! そしてルシア、お前も笑うな!」

 

 アホの領主どもが肩を盛大に震わせている。

 

「カッコよかった思う、私は。グッときた、友達のヤシロの言葉は」

 

 そんな中、ギルベルタは俺の頑張りを評価してくれたようだ。

 うんうん。可愛いヤツだなぁ、ギルベルタは。

 

「ただ、メッチャカッコ悪いことも確か、今の流れは」

「お前も敵かっ!?」

 

 素直過ぎるんだよ、ギルベルタ!

 そこは、友達だからフォローとかしようぜ! そういう空気を読む感じ、そろそろ覚えていこうぜ!

 

「ぁ、……ぁの……てんとうむしさん」

「英雄様」

 

 また小馬鹿にされるのかと振り返ってみると、ミリィとウェンディは頬を薄紅に染め、潤んだ瞳で俺を見ていた。……え、爆笑を必死に我慢してる感じ?

 いや、違うな。ミリィとウェンディがそんなことをするはずがない。この二人は味方だ。

 

「ぃ……ぃい、言葉だった……よ? みりぃ……ちょっと、泣きそう……」

 

 な? な? ミリィはいい娘だもんな。

 でも、ちょっと恥ずかしいから泣くのはやめてくれな。

 

「英雄様。私も、甚く感動いたしました。『好きな人のそばにいたい』というわがままを言う権利は……誰にでも……ありますよね」

「ちょっとごめん、ウェンディ! リピートするのやめてくれるかな!? クッソ恥ずかしいからさ!」

 

 味方のフリをした敵なのかと勘繰ってしまうよね!

 

「ボ、ボクも……ぷっ……か、感動、したよ…………言葉にはねっ」

「黙れ、敵」

 

 ここぞとばかりにエステラが意地の悪い顔を見せつけてきやがる。

 日頃の恨みでも晴らそうってのか?

 ……日頃の行い、改めようかなぁ。

 

「……ヤシロさん」

 

 そして、最後はジネットだ。

 あぁ、もう。こうなりゃ自棄だ。

 嘲るなり憐れむなり、好きにしやがれ!

 

 腹をくくって振り返ると……ガシッ! ……と、両手を握られた。

 力強く、しっかりと。

 ジネットの手の温もりが、全身へ広がっていくような錯覚に襲われる。

 …………え?

 

「嬉しかったです……」

 

 嬉しい?

 え?

 何が?

 ……え?

 

「先ほどの、ヤシロさんの言葉……『好きな人のそばにいたい』それくらいのわがままは……許されると……」

「だから、何度もリピートすんなって……」

「許されるのですよね?」

 

 ジネットの手に力が入り、俺の手が一層ギュッと握られる。

 すがるような瞳で、まっすぐに俺を見上げてくる。

 ……なんだ、これ。視線が外せない…………

 

「あの日……ヤシロさんが陽だまり亭に残ると決めてくださった、あの日……わたしは、本当は……すごく嬉しくて…………ヤシロさんのお考えや生き方、そういうものを一切無視して……そばにいてくれるということが……ただただ嬉しくて……」

 

 どうしたことか……ジネットの瞳に涙が溜まっていく。…………どうしたもんか。

 え、えっ……マジで、どうしよう?

 

「わたしの考えは浅ましいのではないかと……喜んでいるのは、私だけなのではないかと…………本当は、ヤシロさんにはとても迷惑なのではないかと……時に自分を責めたりもしていたのですが…………『好きな人のそばにいたい』――それくらいのわがままは……許される」

 

 もう、リピートやめてー!

 やめたげてー!

 

「ヤシロさんの声で、言葉でそう言っていただけて、とても嬉しかったです」

 

 要するに、だ。

 俺が陽だまり亭に残ったことを、ジネットは本当に喜んでいてくれて、でもそれを浅ましいのではないかと思ってしまう節があって……それを、当の俺自身が「そんくらい、いいんじゃねぇの?」と言ったことで救われたと……そういうことらしい。

 

 だから、それはつまり……

 

 俺は、ジネットにとって…………そばにいたいとわがままを言いたくなるような……す、好きなひ………………

 

「おかわりぃ……」

「うっせぇな、ババア! 今いろいろ考えてんだよ!? 見たら分かるだろう、今どういう状況か!?」

「お~か~わ~りぃ~!」

「あぁ、もう! ニッカ! カール! ちょっと来い!」

 

 空気を読まないババアのせいでドキドキしている暇もない。

 ……まぁ、正直なところ、ほんのちょっと「助かった」って思っちゃってる俺も、いたりするわけだけどな。

 

「なんデスカ、カタクチイワシッ! ワタシを呼びつけるとはいい度胸デスネッ!」

「オレたちは人間の言うことなんか聞いてやらないダゾ!」

 

 肩を怒らせてニッカとカールが入ってくる。

 あぁ、うっせい!

 

「お前んとこのババアが駄々捏ねて話が先に進まねぇんだよ! ちょっとひとっ走り使いを頼まれてくれ」

「冗談じゃないデスネ! あと、ババアとは失礼デスネ! 訂正するデスヨ!」

「おババア」

「む…………ちょ、ちょっと丁寧になった、デス……カネ?」

 

 うむ。こいつもやっぱりちょっとアホの娘だ。

 見た感じ、そういう匂いしてたもんな。

 

「惑わされてはダメダゾ、ニッカ! 人間は言葉巧みにオレたち亜種を騙して利用する生き物ダゾ!」

「いや。ヤシロは人間だろうと貴族だろうと、平気で利用するよ」

「も~ぅ、エステラ。余計なとこで出てくんなよ、ややこしくなるからさぁ」

 

 すぐに口を挟みたがるエステラを黙らせて、俺はこの面倒くさいアゲハチョウ人族の二人組を丸め込む作戦にかかる。

 まぁ、簡単なことだ。

 どっちかをやる気にさせて味方に引き込めばいい。

 シラハのためという大義名分もあるし……余裕だろう。

 

 というわけで、俺はカールに近付き、強引に肩を組む。

 顔を近付け、二人だけで内緒話をする。

 

「お前とニッカ、『二人きり』で『花園』に行ってくれないか?」

「えっ!?」

 

 花園とは、虫人族が憧れる定番のデートスポットだ。

 彼氏、彼女が出来たら、俺も、私も、花園へっ! ってな具合だ。

 

「シラハが花の蜜を飲みたがっている。これはシラハのためだ。断るわけにはいかないだろう?」

「た…………確かに…………それなら……う、うん……しょうがない……ダゾ」

 

『やらざるを得ないから、しょうがないから、一緒に花園に行かないか?』

 好きな娘の近くにいながらも、見ていることしか出来ないシャイボーイにはこれくらいのコテコテのお膳立てが必要なのだ。

 そして、そういうシャイボーイは、この手の『しょうがないから』という理由にすぐ飛びつく。

 さぁ、俺の口車に乗せられて、存分に踊るがいい。……俺の手のひらの上でな。

 

「ニ、ニッカ! こ、これは、シラハ様のため……そう! シラハ様のためダゾ! オレたちの使命と言ってもいいダゾ!」

「ど、どうしたデスカ? なんだかカール、今日はやけに燃えているデスネ?」

「し、使命だから! しょうがないから! そ、その…………い、一緒に花園に、行…………って、ほしいダゾ……もしよかったら……」

 

 あぁもう! 途中でヘタレてんじゃねぇよ!

 語尾、弱っ弱じゃねぇか!

 

「え? 花園くらいなら、カール一人で行けばいいデスヨ」

 

 ほら見ろ!

 お前がヘタレるからそういう返事になっちゃうんだよ!

 ノリと勢いに任せて、多少強引に連れ出しゃあよかったのによぉ!

 

 えぇい、泣きそうな顔でこっちを見るな! 折角俺が渡してやった絶妙なパスを見事に空振りしやがって。

 

「あの、ニッカさん。実は、シラハさんが飲みたがってらっしゃるのは特別な蜜でして、それを作るには複数のお花が必要なんです」

「そうだね。それに、シラハさんは大量に所望のようだし……カール一人ではちょっと持ちきれないかもしれないな」

 

 ジネットとエステラがナイスなアシストを入れる。

 おぉ! さすが女子!

 いいところを突いてくるじゃねぇか。

 そういう理由を突きつけられると、断りにくくなるよな。

 

「う……む…………それなら、仕方ない……デス、カネ?」

 

 よし、一瞬考えたな? じゃあ、とどめだ。

 大いに揺らいだニッカの心を、使命感の鎖で縛りつけてやる。

 この一言でニッカは行かざるを得なくなる。

 

「カールだけじゃ不安なんだ。しっかり者のお前に頼めると安心だ」

「しょうがないデスネ。やれやれデスヨ」

 

 うわぁ、チョロい。

 なんて乗せやすい連中なんだ。

 そりゃ、先祖代々、思い込みと噂で相手の気持ちを決めつけたりするわなぁ。

 流されやす過ぎなんだよ。

 

「オイ、人間! オレを子供扱いするなダゾ! オレはもう大人ダゾ!」

 

 黙れ幼虫。

 お前のためにアシストしてやってる面もあるんだっつの。

 分かったら、その臭い角をさっさとしまえ!

 

「ミリィ。持ってくる花を教えてやってくれ」

「ぅ、ぅん。あのね、この花と、これとね……」

 

 ミリィが空になった花を見せつつ説明を始める。

 カールが鼻息荒く花を覚える。……いいとこを見せようと空回りするタイプだなぁ。

 ニッカ。ちゃんと覚えといてくれよ。

 

「もう覚えたダゾ! オレに任せておけば問題ないダゾ!」

「すごく不安デスネ。ワタシも覚えておくデスネ」

「大丈夫って言ってるダゾ!」

「じゃあ、ニッカ。空になった花を持っていってくれ。しっかり頼むな」

「おぉい、人間っ! オレに任せろって言ってるダゾッ!」

「おかわりぃ~……」

「ほら、泣いてるぞ。早く行ってやれ」

 

 二人を言いくるめて外へ追い出す。

 まったく。なんで俺がこんな苦労をしなきゃならんのか……

 

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