異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

87話 イメルダと二人きり -4-

公開日時: 2020年12月23日(水) 20:01
文字数:2,296

 どれくらいの間、俺は精神を尖らせ続けてきたのだろう……

 遠くから、希望の音色が聞こえてきた。

 

 カランカラーン! カランカラーン!

 

 目覚めの鐘だ。

 あと数時間で日が昇るという合図だ。

 

 夜が、終わる……

 人々が目覚める時間になったのだ。

 

 結局、一睡も出来なかったが、そんなことはどうでもいい!

 どうでもいいんだ、そんなことは!

 

 太陽が昇る。

 みんなに会える。

 その事実が、俺には堪らなく嬉しいのだ。

 

「……もう、目覚めの時間ですの?」

「あぁ……俺たちの戦いは、もう終わったんだ……」

「朝が……来ますのね……」

「あぁ…………長っ…………長かったよなぁ」

「でも……耐え切りましたのね、ワタクシたち……」

「そうだ! 俺たちは勝ったんだ!」

「ヤシロさんっ!」

「イメルダッ!」

 

 抱擁。熱い抱擁。

 戦士たちの友情の証である。

 美しい抱擁だ。

 

「さぁ、窓を開けて世界を見るんだ! もう、怖いものなど何もない!」

「そうですわね! これまで触れることすらかなわなかったあの窓を、今、開け放ちましょう!」

 

 俺とイメルダは二人で窓へと駆け寄る。

 外はまだ暗いが関係ない。

 世界はもう、朝になったのだ。

 太陽を迎える準備は整った。

 闇の時間はおしまいだ!

 

 二人で窓に手をかけ、せーので窓を開け放つ。

 ひんやりとした空気が頬を撫で、疲労した体をシャキッとさせる。

 目が冴える。脳細胞が活性化していくのを感じる。

 

 広い庭を見渡せる大きな窓。

 その外はバルコニーになっていて、そこまで出れば、支部の中のすべてに目が届きそうだ。

 

 素足のままバルコニーに躍り出て、俺とイメルダは手すりに身を預ける。

 覚醒する感覚というのは、こういうことか。

 研ぎ澄まされる神経。今なら、なんだって出来そうな気がする。

 

 そして、研ぎ澄まされた神経は、この俺に…………暗闇で蠢く人影を、はっきりと認識させやがった。

 

 なっ、なんかいるー!?

 屋敷の庭に……蠢く人影が……

 闇に慣れた目が、その輪郭を捉えている。

 人影が…………窓の中から建物の一階を覗き込んでいる様子を…………

 

 窓から怖いオバケがやって来て連れて行かれちゃうぅぅぅっ!

 

「「ぎゃぁぁああああああっ!?」」

「ふにゃあぁあっ!?」

 

 バルコニーで揃って悲鳴を上げた俺とイメルダ。

 その声に驚いて、人影が悲鳴を上げる。

 その悲鳴は、なんだかとても聞き覚えのある声だった……

 

「あ、あのっ……ヤシロさん、ですか?」

 

 屋敷の前、広い庭になっている場所からバルコニーを見上げる人影……それは、ジネットだった。

 

 ………………………………………………ビビッたぁ……

 

 腰から力が抜け落ち、その場にへたり込む、もうダメだ……一歩も動けない…………

 

「あ、あのっ!? だ、大丈夫ですか、お二人とも!? え、あの!? た、助けに行きましょうか!?」

 

 下から飛んでくるジネットの声に応える元気は……もうなかった。

 

 

 

 

 

 

 陽だまり亭のテーブルに着き、俺は温かいスープを飲んでいた。

 店には誰もいない。

 時刻は四時半頃か……もう少ししたらマグダを起こして教会へ寄付に行く時間だ。

 

「お疲れ様でした」

 

 俺の前に座るジネットが、苦笑交じりに言ってくれる。

 

「あぁ……マジで疲れたよ」

 

 あの後、ジネットに寝室まで上がってきてもらって、俺たちは救出された。

 来てもらっただけなのだが、あれはまさしく救出と呼ぶにふさわしいものだった。

 なにせ、ジネットを見た途端、俺の心は言葉では言い表せない安心感に満たされたのだから。

 恐怖心がなくなったのは、まさにあの瞬間だ。

 

 そして、腰を抜かしたイメルダを背負って陽だまり亭へと戻ってきた。

 イメルダを寝かせてもよかったのだが、イメルダが嫌がったのだ。

「目覚めた時に一人ぼっちだと、ワタクシ泣きますわよっ!?」……だ、そうだ。

 

 そしてイメルダは今、俺の部屋で眠っている。

 ……結局こうなるんじゃねぇかよ。

 ワラがどうとか言ってたくせに、ベッドに入った瞬間爆睡に突入しやがった。もはや、隣でヘビメタバンドが演奏しても起きないだろう。

 なんだったんだよ、この一晩の俺の努力は……

 

「でも、なんであんな時間にあそこにいたんだ?」

「ぅへぃっ!?」

 

 奇妙な声を上げるジネット。

 こういう声を上げる時は、大抵心にやましいことを抱えているのだが……

 

 ジネットは視線をあちらこちらに飛ばし、指をもじもじとさせ、散々言い訳を考えていたようだったが、結局何も思いつかなかったのだろう……俯きながら、真っ赤な顔でぽつりぽつりと語り始めた。

 

「昨晩、眠気に負けて就寝してしまい……ヤシロさんたちのその後を一切考えている余裕がなくてですね…………それで、あの……目が覚めた途端に、ちょっと不安に……といいますか、大変だということに気が付きまして…………ですから、あの……わ、わたしは、アルヴィスタンですので大丈夫なのですが……イメルダさんはそれほど精霊教会の戒律に殉じていらっしゃらないというか……ですので、男性とそういうことも…………ヤ、ヤシロさんも若い男性ですし…………で、でも、違うんです! 決してそれがいけないとか、律するようなつもりはないんですが…………なんとなく、その…………嫌だなって……思ってしまって…………すみません」

 

 要するに……俺とイメルダが二人きりで一晩を供に過ごしたことに、ヤキモチを焼いた……ってことか? いや、ヤキモチかどうかは分からんが、少なくとも不安にはなったと……そういうことだろう。

 

「あぅ……あの………………出過ぎた真似を……」

「いや…………」

 

 いいんだ。そんなこと。

 ただ……いや、まぁ、その、なんだ…………

 

「気に、すんな……な?」

「…………はい」

 

 ちょっと、嬉しいかもしれないな……なんて思ってることだけは、――口が裂けても言えないな。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート