異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

20話 新装開店 -2-

公開日時: 2020年10月19日(月) 20:01
文字数:2,296

「それにしても、ヤシロさんのアイデアには驚かされっぱなしッスよ」

 

 ウーマロも、今回のリフォームには満足がいっているようで、ずっとご機嫌だった。

 自分の知らない設計や工夫が見られて面白かったのだそうだ。

 

「まぁ、俺のアイデアじゃなくて、俺の国で使われているものだけどな」

 

 俺に設計の才能はない。

 それこそ、リフォーム番組なんかを参考に、「こういうデッドスペースを収納として活用したい」とか、そのような口を挟んだだけだ。

 素人の横槍を、見事に再現してみせたウーマロたちの方こそがすごいと思う。

 

 おかげで、見栄え的にも機能的にも、陽だまり亭は数ランクアップした。

 

「これで、お客さんに喜んでもらえますね」

「客が来たら、な」

「来ますよ、きっと」

 

 そう言って、ジネットは開け放たれている窓から外へと飛び出す。

 そして、くるりと反転して、店の屋根へと視線を向ける。

 

「こんなに素敵なんですもの」

 

 そうそう。もう一つ、とっても重要な変更点がある。

 この世界にはどこにもなかったものを設置した。

 

「『陽だまり亭・本店』!」

 

 そう。看板だ。

 

 どこの店も、入り口に金属のプレートを掲げてはいるが、看板――特に店名が入った分かりやすい看板は設置していなかった。

 ジネットはこの看板がとてもお気に召したようで、何度も見上げている。

 

「でも、どうして『本店』なんですか?」

 

 ジネットが、改めてというように、小首を傾げて問いかけてくる。

 

「本店は本店だろ?」

「確かにそうかもしれませんが、『本店』と見ると、なんだか他にもどこかに『陽だまり亭』があるみたいに感じます」

「それを狙ってるんだよ」

 

 かの有名なドラッグストアが、初号店をオープンする際にお客からの信頼を得るためにやったことというのが、店名に『21号店』とつけることだった。

 そうすることで、あたかも店がたくさんあるように錯覚させ、それだけ出店しているならここは安心だと思い込ませ、初号店故の欠点を補ったのだ。

 

 そんな話をもとに、今回俺は、陽だまり亭にあえて『本店』とつけた。

 パクリ……ではなく、いわば逆転の発想だな。

『本店』とつけることで『2号店』『3号店』といった『支店』が存在するかのように錯覚させることはもちろんのこと、『風格』を持たせることにも重きを置いたのだ。

 数ある支店をまとめる本店ならことさら安心、且つ、他店舗より格上だ、とまで勝手に思ってくれれば万々歳といったところだろうか。

 

 ちなみに、『本店』とは「店が複数あること」を前提とした言葉でもあるが、単に「主たる営業所」といった意味合いを指す言葉でもあるので、嘘にはならない。万が一の場合は「『本店』までが店名だ!」と言い切ればいいんだしな。

 なら、効果を狙ってつけるに越したことはない。

 

「……ヤシロ、どう?」

 

 リフォームが完成した店内を見て回っていると、マグダが陽だまり亭の制服であるエプロンドレスを着て俺の前に現れた。

 ジネットとお揃いのデザインで色違いだ。マグダのワンピースは水色を基調としている。……もっとも、お揃いといっても胸付近の構造は大きく違っているけど。

 

「……マグダも、リフォーム」

「いや、それはリフォームとは言わないから」

 

 確かにフォームは変わっているけども。

 

 変わったと言えば。

 マグダの髪の毛が大分落ち着いてきた。

 これまでぼさぼさと伸ばし放題だったのだが、陽だまり亭で暮らすようになってから毎晩ジネットがマグダの髪にブラシを通していたのだ。

 その甲斐あって、マグダの髪の毛は幾分かさらさらになった。

 それと、身長と同じくらいあった長髪を少し切ってやった。あまりにも長過ぎたからな。

 店で働く時は髪を結んでポニーテールにする予定だ。

 飲食店は清潔感が重要だからな。

 

「あ、マグダさん。制服着たんですね! とっても可愛いですよ!」

 

 ジネットに褒められ、マグダの耳がぴくぴくと動く。

 そして、俺の方を向き、このドヤ顔である……なんだよ? 何が言いたいんだよ、お前は。

 

「……即戦力」

「いや、いろいろ基本的なこと覚えような」

 

 マグダを即使うのは危険過ぎる。

 まずは接客のいろはを教えてからだ。

 

「いいか、マグダ。その服を着ている時の挨拶は『お帰りなさいませ、ご主人様』だ」

 

 メイドの基本中の基本だ。

 

「……お帰り、ご主人」

「いろいろ略し過ぎだな。ちゃんと全部言え」

「……お帰りなさいま……なせいまし……なすいませ………………帰れ」

「帰すな! 迎え入れて!」

 

 こいつ、とんでもない暴挙に出やがった。

 接客業で接客を拒否するとか、接客業完全否定じゃねぇか。

 

「難しいようなら、ゆっくり言えばいいから」

「……オカエリ、ナサイ、マセ、ゴシュジン、サマ?」

「すっげぇカタコト!? あと、疑問形やめろな!?」

「……お帰りなさいませ、ご主人様」

「おっ! 出来たじゃないか! 偉いぞマグダ!」

 

 褒めてやると、マグダはすっと頭を出してきた。

 猫がたまにこういう仕草をする時があるが

 撫でろという催促だ。まぁ、撫でるくらいしてやるけど。

 

「あの、ヤシロさん……?」

 

 マグダを撫でていると、ジネットが申し訳なさそうな顔で俺に声をかける。

 

「陽だまり亭では、そういった挨拶をしたことがないんですが……?」

「それは由々しき問題だな」

「えぇっ!? そうなんですか!?」

「試しに言ってみてくれ」

「え? えっ? えっと………………では……」

 

 こほんと小さく咳払いをし、ジネットは姿勢を正す。

 そして、満点の笑みを浮かべながら、完璧な所作で出迎えの言葉を口にする。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「いいねっ!」

 

 思わずサムズアップでグッジョブを送ってしまった。

 

 ただまぁ、陽だまり亭では使えない挨拶だけどな。

 だが覚えておいて損はない。

 

 そういう言葉だ。

 

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