「レジーナ」
名を呼び、レジーナのそばへと歩み寄っていく。
そして、しゃがみ込み、レジーナと目線を合わせる。
信じてもらえないことで、ここまで拗らせてしまったのなら、信じてやればいい。
信じていると伝えてやればいいのだ。
なにせ俺は、レジーナが作る薬に効果があることを知っている。知識として、だがな。
なので、俺ははっきりと断言してやる。
「俺はお前の薬を信じるぞ」
「嘘や!」
「いや、信じろよ!?」
なんで、信じると言った俺が疑われているのか、まるで理解が出来ない。
「どうせ、ウチの調合した薬を見た途端、『やっぱ無理!』とか言い出すんやろ? 分かったぁんねん! そうやって近付いてきて、心許した途端に裏切るつもりなんやろう!? 冷たくするなら、最初から優しくなんかせんといて!」
………………うわぁ……ウザァ……
こいつはちょっと、拗らせ過ぎているようだな。
まぁ、そんだけのことをされてきたってことなのかもしれないが。
騙されたくないから人を遠ざける。
それは一見、最も効果的な詐欺の予防策に見える。
しかし、『騙されたくない』と思っているヤツほど騙されやすいのだ。
特にこいつは、妄想が生み出した架空の『お客様』と会話までしている。
それだけ人に飢えているという証拠だ。
誰かのそばにいたい。けれど、拒絶されたり裏切られたりするのは怖い。だったら、最初から一人でいい。
今のレジーナはそんな典型的な思考にとらわれてしまっているのだ。
まぁ、だからこそ、打開策も典型的なもので行けるだろうけどな。
「んじゃ、レジーナ。こうしようじゃないか」
俺は人差し指を立てて、こんな提案をした。
「今、俺の目の前で何か薬を調合してくれ」
「……今? ここで?」
「そうだ。出来ないか?」
「いや、別にかまへんけど……なんで?」
「お前の調合する薬が得体の知れないヤバイものではないと証明するためだ」
そして俺は、レジーナの目をまっすぐ見据えてきっぱりと断言する。
「約束する。俺は、今ここでお前が調合した薬を必ず手にとって試してやる」
「そんなん言うたかて……」
「嘘だった場合は、俺に『精霊の審判』をかけろ」
俺のその言葉に、レジーナはようやく押し黙る。
これまで自分が散々相手に対して突きつけてきたセリフだ。それを言われてしまえばもはや反論できるはずもない。反論すれば、そのセリフをもって信じてほしいと訴えてきた自分自身を否定することになりかねないからな。
「………………分かったわ。準備するさかいちょっと待っとって」
そう言うと、レジーナは立ち上がりカウンターへと戻っていった。
作業に取りかかるレジーナの姿を見つめながら俺は黙考する。
誰だって、得体の知れないものは怖いものだ。
全身真っ黒で、聞き慣れない言葉を発し、発想の振り幅が極端に広く、おまけに扱う材料が正体不明とくれば、人々が遠ざかってしまうのも仕方ないと言える。
だが、俺はそんなことに惑わされたりしない。
黒い服も聞き慣れない言葉も、怪しさを増長させてはいるが、ただそれだけのことと言ってしまえばそれまでだ。単に「馴染みがない」だけで、それ自体が悪というわけでもない。
ただの黒い服にただの方言だ。
発想の振り幅に関しては……まぁ、若干疲れるだけで薬とは関係ない。
そして、使われる材料。
ヤモリや見たこともない薬草……これらが薬になることを、俺は知っている。
知ってさえいれば、なんてことはない。だから、疑う要素がない。
レジーナが作る薬はなんら問題ないまっとうなものだと判断できる。
それを証明し周知すれば、そのうち他のヤツもここを頼るようになるだろう。
「………………って、それは、なんだ?」
「なにって、薬の材料や」
しれっと言うレジーナが取り出したのは、バスケットボールくらいの大きさの柑橘系の果物だった……ただし、表面に一切可愛げのないオッサン的な顔が張りついている。……マンドラゴラ? いや、しかし、どう見ても柑橘系だ。
「…………なんだこれ?」
「なにって、薬の材料や」
えぇい、くそ。
こいつ、とことん俺を試す気か!?
わざと普通じゃ目にしないような怪しさ満点の材料を選んでるだろう!?
マンドラオレンジ(命名、俺)に続いて出てきたのは、丸まると太ったトカゲのような魚のようなそれでいてちょっとだけヤギのような……見たこともない獣の黒焼きだった。……ヤモリ程度に留めといてくれよ……
「……ちなみに聞くが、これは……?」
「なにって、薬の材料や」
もはや、壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返すだけになったレジーナ。
こいつの闇も相当深いな……
最後にお目見えしたのは、ドロッドロの液体……いや、ゲルだ。半透明で薄いライムグリーンのゲル。そいつは、RPG好きなら誰もが知っている生物、スライムに他ならなかった。
……体にいいのか、それ?
「……なぁ」
「なにって、薬の材料や」
……そういう性格だから住民に忌避されるんだよ。
こいつの信用を取り戻すには、まずこいつの性格を矯正する必要があるかもしれんな。
そんなことを思いつつ、レジーナの作業を眺める。
手際はよく、手つきも非常にこなれている。
迷いなく、それでいて繊細に、怪しげな物体はどんどん粉になっていく。
……スライムって火であぶると固体になるんだな。初めて知った。
ガリゴリと薬研が凄まじい音を上げる。
石で出来た薬研は、俺も見たことがある形状のものだった。
細長い入れ物と、中心に取っ手のついた円盤状の石。こいつを転がして材料を粉末にするのだ。
ザッザッ……という、薬研が粉を引く音だけが室内に響く。
薬研を引くレジーナの顔は真剣そのものだった。薬には、真摯に向き合っているようだ。乱雑な室内とは対照的に、薬研等の道具は丁寧に手入れがなされているようだった。
「……よっしゃ」
小さく呟いて、レジーナは手を止める。
完成したのだろうか。
出来上がった粉末を見つめるレジーナの顔には、生まれたての子猫を見つめる母猫のような慈愛に満ちた優しい表情が浮かんでいた。
完成した粉末をシャーレのような形状の器に移すと、レジーナは机の下から三角フラスコを取り出す。
「仕上げにこれをかければ完成や」
そう言って三角フラスコを傾ける。
中から流れ出てきたのは、深緑色の、宇宙人の生き血みたいな液体だった。
さっきまでただの粉末だった物が、宇宙人の生き血(俺の所感)と混ざり合った瞬間、「シュワシュワッ」という小気味よい音と共にモコモコと膨れ上がってきた。
練れば練るほど色が変わるお菓子みたいだと、俺は頭の片隅で思っていた。
そういえばあのお菓子のCMに出てくる『いかにも』な魔法使いの格好に、レジーナの服装は酷似している。どっちかがマネしてるんじゃないかと思えるような類似っぷりだ。
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