異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

12話 誠意と真心 -1-

公開日時: 2020年10月11日(日) 20:01
文字数:3,383

 この世界には『精霊の審判』というものが存在する。

 そいつのおかげで、契約書に書かれていない事柄であっても拘束力を発生させることが可能となる。

 つまり、借用書に期限が書かれていなくても、「いついつまでに返せよ」と言って、相手が「分かった」と言った場合、それが期日となるのだ。

 

 もっとも、期日破りが発覚した後に『精霊の審判』を発動させる必要があるのだが。

 

「……来なかったか」

 

 ジネットがエプロンドレスとミニスカをようやく着慣れ始めた頃のある夕方。

 俺は客席の椅子に座って入り口をジッと見つめていた。

 

「ヤシロさん。どうかされたんですか?」

 

 入り口をジッと見つめる俺に気が付いたジネットが声をかけてくる。

 仕事中に私語とは……なんて言うつもりもない。

 なにせ客がいないのだから。

 

 折角の爆乳エプロンドレスも、毎日お茶を飲みに来るムム婆さんが「あら、可愛い服ねぇ」と褒めてくれたくらいの反響しかない。

 本当に、客の来ない店だ……

 どうにかしないといけないな。

 …………宣伝でもするかなぁ。

 

「ヤシロさん?」

 

 考え込んでいたようで、返事をし忘れていた。

 気が付けば、ジネットが真正面から俺の顔を覗き込んでいた。

 おぉ……っ! 谷間がっ! 谷間が覗いているっ! いや、谷間を覗いているのは俺なんだが。

 

「ジネット、ナイスだ!」

「え? …………ふにゃあっ!?」

 

 俺の視線に気が付き、ジネットが飛び退く。

 その際にぽい~んと揺れる。

 ナイスぽい~んだ、ジネット! 計算して出来る芸当じゃない。

 ジネットが天然で、本当によかった。

 

「も、もも、もう! ヤシロさん! 懺悔してくださいっ!」

 

 懺悔ねぇ……俺よりもっとしなきゃいけないヤツがわんさかいる気がするんだよなぁ。

 

 そうして、俺の視線はまたしても入口へと向いてしまう。

 

「来ないな」

「どなたがですか? あ、エステラさんですか?」

 

 エステラは別に来なくてもいい。

 俺が待っているのは……

 

「グーズーヤだ」

「あぁ。あの大工さん」

「そう、食い逃げ犯だ」

 

 ジネットはどうも、なんでもオブラートに包もうとする癖がある。

 大工よりも食い逃げの方がインパクトあったろうが。

 

 で、そのグーズーヤだが。

 あいつはこれまで食い逃げした640Rbをきちんと支払うと言ったのだ。

 契約書にこそ書きはしなかったが、期日は今日だ。

 現在の時刻は夕方。正確には十八時三十四分だ。

 つまり、あと数時間でタイムリミットだ。そうなれば、ヤツは俺との約束を破ったことになる。

 

 俺は穏便に済ませたいと思っていたんだがなぁ……

 まぁ、向こうがそのつもりなら、こっちはこっちのやることをやるまでだ。

 何がなんでも探し出して、『精霊の審判』にかけてやる。

 罪には罰を。

 ここで容赦なんかしたら、今後この店は舐められ続けることになるからな。

『この店では料金を踏み倒してもお咎めなしだ』なんて噂が立ったらおしまいだ。

 客の質は一生上がらないだろう。

 

 今日来なければ、明日職場に乗り込んで衆目のもとで『精霊の審判』をかけてやる。

 これは一種のパフォーマンスだ。

 俺に逆らうヤツはこうなるという、非常に分かりやすい宣伝だ。

 

 そういや、こんなことをやっていたヤツがいたな。

 たしか、バーで見かけた強面マッチョことゴッフレードだ。

 ヤツは取り立て屋らしいが、なるほど、こっちの世界でも考え方は一緒のようだ。

 

 舐められたら終わり。

 

 昔の不良漫画みたいなセリフではあるが、別に乱暴な表現ではなく、商売には必要不可欠な概念なのだ。

 人のいい大家さんが悪質な住人に五年間分もの家賃を踏み倒されて四百万近い損失を被った例などもある。これなどはまさに、事業主が顧客に『舐められた』事案だ。そもそも、五年も家賃を滞納させることがおかしい。それを「可哀想だからもう少し待ってあげよう」などと甘いことを言うからそこに付け込まれる。

 

 困ってないヤツほど困ったフリがうまく、強かなヤツほど泣くのがうまい。

 絶対反省しないヤツは反省したフリがうまいしな。

 演じる余裕があるんだよ。心底反省してるヤツにはあるはずのない『余裕』が、そいつにはあるんだ。

 

 さらに自分の演技に酔って、気が付けば悲劇の主人公になってるヤツは一切反省していないと言っていい。「私、最低だよね?」とか「全部、俺が悪いんだ!」とか、泣きながら訴えかけてくるヤツはほとんどが自分に酔っている無反省野郎だ。

「そうだ、お前が悪い」と言われれば悲劇の主人公に酔えるし、「そんなことない」と言われれば罪が許されたと心が軽くなる。

 結局、相手に対し謝罪する場面で「私が」「俺が」と言っている時点で、そいつは自分のことしか考えていないのだ。

 なんでそうなってしまうのか。

 

 それはそいつが相手を『舐めているから』なのだ。

 

 余裕のないヤツは、黙る。

 逃げ場を完全に塞がれ、限界まで追い詰められたヤツは口を噤むものだ。

 己の命運を握る相手に対し、見苦しく言い訳など出来ない。反省している者はただ黙って、すべての権利を相手に委ねるものだ。

 

 まぁもっとも、誠意ある謝罪を『敗北宣言』と勘違いして増長するヤツは三流だけどな。

 さっきも言ったが、本当の謝罪をする者は心身ともに憔悴しきっている状態だと言える。全権を相手に委ねるのは、人として相当なダメージだからな。そんな状態の者にさらなる無理難題を吹っかけたらどうなるか……相手は爆発する。爆発は本人もろとも、周りにも甚大な被害をもたらすものだ。そうして自滅した取り立て屋を、俺は星の数ほど知っている。

 まぁ、爆発の仕方はいろいろあるが……どれもろくな結末を迎えていない。

 

 反省と謝罪。こいつは争いに利用するものではなく、争いを回避、終結させるために行うことなのだ。それを忘れたり履き違えたりすると「自分が優位に立てるように」と画策してしまう。

 謝罪をする側も受ける側も、そういう浅ましい感情を抱いてはいけないのだ。

 そんなもんがある時点で『和解』などは成立しない。

 一度破綻した関係は、二度と修復は出来ない。修復したように見えても、絶対に以前とは違っているものなのだ。

 

 と、つまり何が言いたいのかというと……

 

 この世界にも反省をしないクズヤロウがいて辟易するなってことだ。

 

 グーズーヤ。

 閉店までに店に来なければ………………お前の人生終わらせてやるからな?

 

「あの……ヤシロさん?」

 

 ジネットが不安そうな表情で俺の顔を覗き込む。

 

「顔が……怖い、ですよ? どうかしましたか?」

「いや。俺は割とお人好しなんだろうなぁ、って思ってな」

 

 本来なら、二度と信頼してもらえないような行いをしたグーズーヤを、俺は信用してやったのだ。

 おかしな話だ。さっさと乗り込んで回収してしまえばよかったものを……金がないならそれなりに方法はあったのだ。なぜそれをしなかったのか……

 知らず知らずのうちに、随分と影響されてしまっているのかもしれないな、このお人好しに。

 

「ジネット。もしかしたらだが……俺は明日からしばらく家をあけるかもしれない」

「え? どこかへ行かれるんですか?」

 

『いかれる』……『怒れる』……いや、『イカれる』かもしれんな。

 少々、人間の枠を逸脱した、『イカれた』お仕置きなんかも、必要になるかもしれん。

 

「あぁ……イカれてくるかもしれん」

「へ?」

「なんでもない」

 

『騙されるヤツがバカなのだ』

 そして、俺はバカじゃない。

 ……俺を騙せるなんて考えてんじゃねぇだろうな、グーズーヤ?

 

 

 時間は刻々と過ぎていき、日が暮れて、夜になった。

 

 

 ……はぁ。

 まったく、どの世界でもクズはクズだってことか……

 

 虚しさと苛立ちが合わさって、妙に冷静になっている。

 ただ、正常な精神状態ではない。

 心が、冷えきっている。

 

「ヤシロさ~ん! そろそろお店閉めますね~!」

 

 カウンターの向こうで、ジネットが俺に向かって言う。

 

「……時間切れか」

 

 入口へ向かうジネット。

 その背を追うような格好で、俺も入口へと向かう。

 タイムアウトの瞬間に立ち会うのだ。ジネットがあのドアを閉めた瞬間、グーズーヤの人生は終わる。……俺が終わらせてやる。

 

「あれ? ヤシロさん、お手洗いですか?」

「いや。いいから、気にしないで閉めてくれ」

「はい……?」

 

 普段は閉店作業になど立ち会わない俺がここにいることに、ジネットは不思議そうな顔をする。

 俺はそんなジネットから目を逸らした。

 こいつを見ていると『甘さ』が伝染しそうだ。

 

 視線を外し、閉店の瞬間を待つ。

 ドアの閉まる音がしたら、そこでアウトだ。

 

 

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