異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚12 密会の相手は…… -1-

公開日時: 2021年3月3日(水) 20:01
文字数:3,701

 再び領主の館に戻ってきた時、日は少し傾きかけていた。

 午後の落ち着いた雰囲気が辺りに満ちている。

 

「戻ったか、あなたたち。よかった、無事で」

 

 相変わらずカタコトしゃべりなギルベルタが出迎えてくれる。給仕長なら他にいくらでも仕事があるだろうに、今日は俺たちを優先してくれているようだ。

 

「あ! 知り合いだったか、朝見た人、やはり」

 

 ギルベルタがレジーナを見て目を丸くする。

 そういや、こいつから情報を得たんだっけな。

 

「なんやの? このけったいなしゃべり方する人は?」

 

 いや、お前が言うな。

 

「『強制翻訳魔法』は、おもろい翻訳しよるなぁ、ホンマ」

「ホントにな」

 

 これ以上ない共感を込めて、レジーナをジッと見つめる。

 なんで関西弁に翻訳されてんだろうな、こいつも。

 

「ところでギルベルタ。ルシアさんへの面会は、まだ難しいのかな?」

「申し訳ない思う、私は。いまだ密会中、ルシア様は。無理目な予感、面会は、今日は」

「……そうかぁ」

 

 そこで引き下がるな、エステラ!

 ここで領主に面会をしなければ、花園の花は譲ってもらえないんだぞ!?

 あんな、あからさまに金の匂いのする蜜をみすみす見逃すつもりか!?

 

「そっちの用事が終わるまで待ってもいい。なんとかならないか?」

 

 諦めずに、もうひと押ししてみる。

 しかし、ギルベルタは表情一つ変えずに同じ言葉を繰り返す。

 

「無理目な予感、面会は、今日は」

 

 こうなってくると、ますます怪しい。

 面会できないのは、用事があるからではなく…………俺たちが領主に会ってもらえる条件を満たしていないから、ではないのかってな。

 

「エステラ、ちょっと」

 

 エステラを呼び、ルシアという人物について考察してみる。

 

「お前はルシアってのに会ったことがあるんだよな?」

「ちょっと、ヤシロ……っ!? そんな口の利き方しないでってば!」

 

 エステラが小声で、きつめの口調で俺を叱る。視線はちらちらとギルベルタへと向けられる。

 あぁ、あいつが怒るのか。エステラを小馬鹿にした時のナタリアみたいに。

 ……もっとも、最近はナタリアが率先してエステラいじりをしているけどな。

 

「会ったことはあるよ。とても威厳のある人だよ」

「つまり、おっかないんだな」

「ヤシロ…………本当に、会わせたくなくなってきたよ……」

 

 なんだよ。

 俺が領主相手に粗相をするとでも思ってるのか? 心外だな。

 上に取り入るのはうまい方なんだぞ。俺がかつて、どれだけ企業のトップの寝首をかいてきたことか……っと、そんなことはどうでもいいな。

 

「滅多にないけれど、領主の集まりとかもあるしね」

「会話を交わしたことは?」

「あるよ。もっとも、談笑というわけにはいかなかったけどね」

 

 ふむ……気難しいヤツなのかもしれんな。

 

「獣人族に差別的な意思を持っていたりするのか?」

「……う~ん、それはどうだろう? 本心までは、さすがに推し量ることは出来ないからね。けど、花園といい、領民の評価といい、むしろ差別をなくそうとしている立場なんじゃないかな?」

 

 カブトムシ人族のカブリエルが、『亜種にもよくしてくれる』と言っていた。

 ならば、この区の領主が獣人族を迫害しているとは考えにくい……だが、それが表向きなポーズである可能性もある。

 花園を設けることで、人間と獣人族を棲み分けさせ、きっちり区別している可能性もあるのだ。それは、『人間と獣人族は違う』と、明確に知らしめることでもある。

 

 やっぱり、実際会ってみないと確かなことは分からんか……だが、会ってもらうためにはその人物のことを知り作戦を練らなきゃいけなくて…………う~ん………………ん?

 

「……生ゴミ?」

「へ?」

 

 悩みながら、領主の館へと視線を向けた俺は、遠くの方で地面に廃棄されているぬめっとした緑色の物体を見つけた。

 

 アレ……すげぇ見覚えあるな。

 

「あぁ。気にしないでいい、アレは。いつものことだから」

 

 ギルベルタが、地面に転がる緑色のぬめっとした生き物へ侮蔑の視線を向ける。

 相当嫌悪感を抱いているようだ。まぁ、仕方ないか。

 だがしかし、その視線が、ヤツにはむしろご褒美になっちまうんだけどな。

 

「ってことは……今、ルシアが面会している相手ってのは、マーシャか」

「ドッ、ドキィ……ッ!? ……なぜ、それを…………?」

 

 ギルベルタが分かりやす過ぎるリアクションを取り、俺の言葉が正しかったと肯定してくれる。……こいつ、側近にしちゃいけないタイプのヤツなんじゃねぇのか?

 

「もしかして、人の心を読み取る能力がある、あなたは?」

「いやいや……あそこに転がってる生ごみっぽいの、キャルビンだろ?」

「ドッ、ドキィ……ッ!? ……なぜ、それを…………?」

「いや……そこは、『見たら分かるわ』としか言いようがないけどな」

 

 知り合いが地面に転がってりゃ、そりゃ気付くわ。

 

 海漁ギルドの副ギルド長にして、マーシャが陸へ上がる際の運搬係を務めるキャルビン。

 そいつがここにいるってことは、すなわちマーシャがいるってことだ。

 

 ってことは、獣人族に会いたくないってわけではない……ってことか。

 マーシャは海漁ギルドのギルド長だから特別なのか…………う~む。

 その可能性もあるな。なにせ、気持ちの悪いキャルビンは外に放置で、しかもなんか攻撃されたような形跡があるしな。

 話を聞いてみるか。

 

「おい、キャルビン」

「おぉぉっふぅ、お御脚っ! ……あ、ヤシロさんでしたか、ごぶさとぅゎぁああっふぶっふ!」

 

 思わず踏んづけてしまった……

 何が『お御足』だ、気色悪い! 百歩譲って美女の脚線美に留めとけよ、この見境なし半漁人がっ!

 

「あぁ……なんか、すみません! 男性には興味ないんですが、足ってだけでちょっとテンション上がってしまって……なんかすみません…………なのに、踏んづけられてちょっと嬉しくて、なんかすみません……」

「謝りながら、人を不快にさせてんじゃねぇよ」

 

 なんかもう、今すぐ踏んづけた足を消毒したい。

 

「見事な踏んづけ。良さそう、相性、あなたとキャルビン」

「やめてくれるかな? マジギレするよ?」

 

 失敬極まりないギルベルタから少し距離を取り、俺はキャルビンに話を聞く。

 ……くそ。なんでこいつと二人で、こそこそ内緒話なんかしなきゃいかんのだ…………いやいや、儲けのためだ。がまんがまん。

 

「なぁ、お前。ここの領主に会ったことはあるか?」

「はい……会ったことがあって、なんかすみません」

「謝んなくていいよ、いちいち」

「あぁっ、謝っちゃって、なんかすみません……」

 

 ダメだ。こいつはダメなヤツだ。

 しょうがない。スルーしよう。

 

「今、舘の中にマーシャがいるんだよな?」

「はい。マーシャ様のくせに、脚線美のルシア様と二人きりに……生意気なギルド長ですみません」

「いや……むしろ、なんでお前がそこまでマーシャを扱き下ろせるのかが不思議だよ」

「だって、マーシャ様ですよ? 半分魚なんですよ?」

「半分魚は、お前もだ」

 

 お前の方がよっぽど奇妙だからな?

 お前は半分魚で、全体的に変態だからな?

 

「それで、なんでお前は外に放り出されてるんだよ?」

「ウチのギルド長が……マーシャ様のくせに……『邪魔だから外出ててねぇ~』って……っ! マーシャ様のくせにっ!」

「お前、脚線美の有無で好感度決めてるだろ……」

「『一緒にいると、なんか気持ち悪いからぁ~』ってっ!」

「それには激しく同意だな」

 

 マーシャですら慣れないもんなんだな、こいつの気持ち悪さは。

 

「それで、外に出てきたら出てきたで……ギルベルタ様にボッコボコに……」

「お前、何かしたんじゃないのか?」

「とんでもない。ただ、あの引きしまった太ももに頬擦りをさせてもらおうと……っ!」

「お前、息の根止められなかっただけでも感謝しとけ」

 

 こいつが危害を加えられていたのは自業自得だったのか……

 

「感謝……ですか…………そうですね、感謝、します…………お御足様……はぁはぁ…………感謝いたします……感謝して、なんかすみません」

「……なんで息の根止めなかったんだろう、ギルベルタのヤツ」

 

 誰に感謝してんだ、お前は。

 なんの宗教だ。

 

「お前の個人的な感想で構わないんだが……、ここの領主はどんなヤツなんだ?」

「筋肉の少なめな、ややむちっとした太ももが魅力的な女性で……ぉぉぉおおおっ! 膝がっ! 膝がぁぁあっ!」

 

 足フェチキャルビンの足を絡め取り、四の字固めをお見舞いしてやる。どうだ? 本望だろう? 膝の皿割れろっ!

 

「誰が領主の太もも情報を寄越せと言った? 人となりを聞いてるんだよ!」

「す、すす、素晴らしい方だと、もっぱらの噂ですっ! 人道的であり、寛容であり、それでいて規律を重んじる厳しさもお持ちでぇぇぇええええっ、いま、今っ、膝の皿が微かに『パキッ』って言いましたよっ!?」

 

 足を解放してやると、キャルビンは涙目で膝をさする。

 さすがに、これは効いたか。

 

「はぁ…………これを生足美少女にやってもらいた……ぃたたたたたっ!」

「凝りろや」

「ア、アイアンクローは、全然楽しくないので、やめてほしいです……なんか、すみませんけどっ!」

 

 俺はお前を楽しませるつもりなどミジンコの指先ほどもないわ。

 ……あぁ、手がぬめぬめするっ。

 

 いつまでもふざけていられないので、俺は声を落としてキャルビンに核心を問う。

 

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