異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

204話 燃え上がり、燃え尽きる -2-

公開日時: 2021年3月20日(土) 20:01
文字数:3,715

「なぁ、リベカ。お前、教会に……」

「のぅ。なんでナタリアはあんなところに隠れておるのじゃ?」

「……え?」

 

 振り返るも、ナタリアの姿は見えない。

 ……だが、リベカは確実に、ナタリアたちが身を潜めている角を指さしている。

 …………なぜ、バレているのだ?

 

「ナタリアも面白いヤツじゃから、ワシは好きじゃ。早ぅ呼んでまいるのじゃ」

「あ、……あの、ナタリアは……」

「なんじゃ、エステラちゃん? もしかしてケンカでもしたのか?」

「い、いえ…………特にそういうわけでは……」

「では、呼びに行くのじゃ」

「えっ!?」

「一緒の方が面白いのじゃっ」

「あっ、ちょっ、リベカさんっ!?」

 

 ぴょん――と跳ね、リベカは踊るような足取りでナタリアが身を潜めている角へと駆けていく。

 エステラが呼び止めようと振り返った頃には、リベカはもうすでに角へと到達していた。

 ウサギっ娘、足速ぇな!?

 

 慌てて後を追いかけると、そこには驚きの表情を浮かべるナタリアと、にこにこ顔のリベカ、そして、突然思い人が目の前にやって来てフリーズしているフィルマン。……おーい、フィルマン、生きてるか?

 

「なんじゃ、かくれんぼか? 実はワシはかくれんぼの天才なのじゃ! その気があるなら相手してやってもいいのじゃ」

 

 ナタリアが苦笑を浮かべてこちらに視線を向ける。

 珍しく、俺に助けを求めている。

 

「あ~……実は、リベカを驚かせてやろうかと思ってたんだが、さすがにリベカは引っかからなかったか。残念だ」

「むははっ。ワシをビックリさせようなんて甘いのじゃ。ワシは察しのいい大人な女性じゃからのぅ」

 

 むはっと、機嫌が良さそうに笑うリベカ。

 とりあえず、持ち上げてこの状況をうやむやにしておく。お子様は乗せやすくて助かる。

 

 その隙に、フィルマンへ「大丈夫か?」という視線を向ける。

 それに気付いたらしいフィルマンは、大きく両手を持ち上げ、円を描くように「○」を頭上で作る――かと思ったら、そのまま両腕は頭上を通過して、胸の前で大きな「×」を形作った。……ダメなのかよ。

 

 口が意味もなくぱくぱくと開閉している。鯉みたいだぞ……「恋だけに」って? やかましいわ。

 

「んむ? そっちの男子は何者じゃ?」

「――っ!?」

 

 リベカが上半身を横に傾けて、ナタリアの背後に身を隠していたフィルマンを覗き込む。

 髪の毛がさわりと垂れ、長いウサ耳がぴこっと揺れる。

 

 途端にフィルマンは節足動物のようなカサカサした動きで地面を這いながらこちらへ急接近してきた。俺の背後へと身を隠し、すがりつくように腰にしがみつく。……あくまで女には触れないんだな、お前は。

 

「なんじゃ、緊張しておるのか?」

「あぁ、そうみたいだ」

 

 それもガッチガチにな。

 

「むふふん。ワシほどの大物を目の前にすれば、そうなってしまうのも仕方ないのじゃ。恥じることはないのじゃ、少年よ」

 

 ……いや、少年って、お前より年上だからな。

 

 小柄な大物は尊大にふんぞり返り、自慢げにウサ耳をぴこぴこと揺らす。小鼻もぷっくりだ。

 

 さて、すべてが台無しになってしまったこの状況、どうしたもんかな……と、考えていると、俺の腰がつんつんと突かれた。

 振り返ると、フィルマンがメモの束を俺に差し出してくる。

 

 そこには、『いろいろ質問して』と書いてあった。

 …………筆談?

 

「あ~……リベカ。こっちの男がお前と仲良くしたいそうなんだが」

「おっ? そうなのか? しかし、それしきのことも自分で言えんとは、随分と照れ屋な少年じゃのぅ」

「まぁ、緊張してんだろ。なにせ、リベカはスーパースターだからな」

「お!? そうか? そうなのか!? いや~、さすがワシなのじゃ! ちょっとオーラが出過ぎておるのじゃなぁ! まぁ、我が騎士が言うのであれば、仲良くしてやらんこともないのじゃ。むはっ、むははは!」

 

 褒められるのが大好きなリベカは、機嫌がいいと細かいことを気にしなくなる。

 よし、この調子でどんどん乗せてしまおう。

 

 ――と、再び腰がつんつんされ、フィルマンからのメモ帳が差し出される。

 

『なんで呼び捨てにしてるんですか?(怒) 我が騎士ってなんですか?(憤怒)』

 

 …………あぁ、そうだった。さっきまでは気を付けていたのに、事態の急変ですっかり忘れてた。……どーすっかなぁ。

 

 とりあえず言い訳をしようとフィルマンへ顔を向け……ようとして、そういえばリベカの前で内緒話は出来ないんだったと思い出す。

 リベカの目の前でエステラと密談しようとした際、そいつは筒抜けになっていた。

 

 なので、俺はフィルマンからペンとメモ束を奪い取り、そこに文字を書き連ねた。

 

『彼女に懐を開いてもらうために、あえてそう呼んでるんだ。作戦だ、気にするな』

 

 俺のメモを読んでもなお、ジトッとした視線を向けてくる。

 ……ドニスを味方に引き込むためじゃなかったら、こんなクソ面倒くさい男はさっさと見捨ててやれるのに……

 

「なぁ、リベカ。俺たち、『この先もずっと友達』だよな?」

「うむ! 何があろうと友達なのじゃ!」

 

 そんな言葉を交わすと、背後のフィルマンが分かりやすく相好を崩す。

 はいはい。大丈夫大丈夫。

『友達』以上の関係に進展することは『この先ずっと』ないから、安心しとけっつの。

 

 とはいえ……お前はその『友達』ですらないんだけどな。

 なんだろうか、この「目が合った、話しかけられた、すごく仲が進展してるっ!」みたいな満足げな顔は…………こいつ、末期だな。

 

「それで、その少年、名はなんというのじゃ? 仲良くなりたいというのなら、覚えてやらんでもないのじゃ」

 

 気に入った者の名前しか覚えないリベカが、初対面で名を覚えるという。

 フィルマンの第一印象がすごくよかった……わけでは決してなく、俺らの知り合いだから、だろうな。

 

 そして、腰をつんつん、メモ束をチラ。

 

『僕は、フィルマン・ドナーティ。次期領主になるべく勉学に明け暮れ、でも運動も好きで、短距離走には自信があります。趣味はポエムを書くことです』

 

 ……自分で言えや、それくらい。

 

「あ~……こいつはフィルマン・ドナーティって名前で、現領主の甥の息子だ。で、今現在は次期領主になるために勉強してて、…………ちっ、……でも運動も好きで、短距離走には自信があるんだとよ」

「ヤシロ……よく頑張ったとは思うけど、一回無意識の舌打ちが漏れてたよ」

 

 エステラに指摘されるが、とんと記憶にない。

 まぁ、舌打ちくらいは漏れるさ。仕方ない。仕様だ。

 

 腹に鉛を詰め込まれたかのようなダル重い倦怠感に襲われていると、再びフィルマンが俺の腰をつんつんしてくる。

 差し出されたメモには――

 

『趣味はポエムを書くことです』

 

 ……そこは俺の裁量であえてカットしたんだよ。それがプラスになると勘違いしてるのはお前だけだからな。

 お前が作家なら俺は編集者だ。

 時に作家は「これはイケてる!」と自分の考えを盲信してしまうが、客観的に見たらそうでもないどころか「アイタタタァ」なことがほとんどだから、編集の言うことは素直に聞いておけ。

 第三者の意見ってのは、貴重だからな。

 

『趣味はポエムを書くことです』

 

 だから俺は、このごりごりのごり押しを盛大に無視することに決める。

 

「かけっこなら、ワシも得意なのじゃ。なんなら、今度勝負してやってもいいのじゃ」

 

 俺の背後でガッツポーズが高々と掲げられる。

 ……俺を挟まずにやってくれないかなぁ。

 

 そして、腰つんつんからのメモ束チラリ。

 

『話、盛り上げて!』

 

 ……ADのカンペか。無茶振りにもほどがあるわ。

 

 そんな、俺を始めエステラとナタリアまでもを巻き込んだどんよりオーラに気付きもしないで、フィルマンはせっせと次の文章をメモに書き込んでいく。

 

『君のいる場所は光に溢れ、僕の目はくらんでしまう。君は眩し過ぎるから――

 それでも君を見つめていたい。

 たとえこの目が見えなくなっても、心の瞳で君を見つめよう

 君にふさわしい人間に、少しでも近付けるように

 僕は、まばゆい光の中で必死に目をこらすだろう――』

 

 …………え~っと。

 

「リベカ。お前の好きなタイプってどんなのだ?」

 

 まぁ、要約すればこんなところだろう、うん。

 

「むむっ!? やっぱり、ワシに気があるのか、我が騎士よ?」

「いや、そういうことじゃなくてな……」

 

 ちらっと後ろを見ると、フィルマンがメモに『怨嗟の炎が身を焦がし……』とか書いてやがったので速やかに破り捨てておく。

 

「リ、リベカさんは、スーパースターだから、みんな気になるんだよ。リベカさんの好きな男性のタイプが」

「そうですね。情報紙にも、著名人の恋の話は付きものですから」

 

 エステラとナタリアのコンビプレーがいいフォローを入れてくれる。

 そんなナイスアシストに、リベカがうまい具合に乗せられてくれた。

 

「おぉ、そうか。そうじゃな。情報紙でも、そういう話題は人気じゃな。ワシも真っ先にそういうところを読むのじゃ」

「リベカさんも好きなのかい、情報紙?」

「無論じゃ、エステラちゃん! なにせ、ワシは情報紙のスポンサーをしておるくらいじゃからの!」

 

 なんと。

 こいつがスポンサーだったのか。もちろん、複数あるうちの一つだとは思うのだが。

『BU』の中で最大手といっても過言ではない麹工場だ。スポンサーにするには打ってつけか。いいところをついてくるな、情報紙の編集部は。

 

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