異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

250話 エピローグ的な陽だまり亭の日常 -5-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:3,576

 残った酢飯と具材を全員で平らげ、夜遅くなって手巻き寿司パーティーはお開きとなった。

 

 泊まっていったらどうかというジネットの誘いに、明日も朝から仕事があるからと館へ帰っていったエステラ。

 本当に、わずかな時間を利用して陽だまり亭の飯を食いたかったらしい。

 帰り間際に「本当にリフレッシュ出来たよ」とにこにこ顔で言って、いまだ降り続く雨の中を傘を片手に帰っていった。……陽だまり亭宣伝Tシャツを着たままで。

 さて、あいつはいつ自分の服装に気が付くんだろうか。

 

 エステラって、頭いいのか悪いのかよく分からないよな。

 まぁ、頭のいいバカなんだろうな、きっと。

 

 ロレッタはというと、この大雨に怯えている妹がいるとかで、夜一緒に寝てやるのだと帰っていった。

 しっかりお姉ちゃんしてんだよな、あいつも。

 

 そしてマグダは――

 

「……後片付けはマグダが手伝むにゅう……」

 

 ――と、寝ぼけ始めていたので部屋へと連れて行って寝かしつけた。

 満腹になると眠たくなるもんな。……ここまで極端にはならないけども。

 

 時刻はそろそろ夜半かというところ。

 ジネットも眠たくなってくる頃合いだ。

 厨房へ戻って片付けを手伝い、さくっと終わらせて寝てしまおう。

 

「お疲れ様です。濡れちゃいましたね、はい、タオルです」

 

 厨房に戻ると、すぐにジネットがタオルを出してくれる。

 中庭に、屋根が欲しくなってくるな。

 せめて、濡れずに行き来できる範囲で。豪雪期までに何か考えるかなぁ。

 二階に行くのにいちいち傘が必要とか、匠が見たら劇的にビフォーアフターしたくなっちゃう案件だぞ、これ。

 

「片付けは?」

「あと少しというところです」

「じゃ、手伝う」

「はい。ありがとうございます」

 

 どんな些細なことも、当たり前とは思わずに礼を寄越してくる。

 それを負担だとは考えないんだよな、ジネットは。

 また、口癖のように言っているわけでもない。それくらいは口調で分かる。

 

 ジネットの言葉には、いつも心がこもっている。

 

 結構しんどいはずなんだけどな。

 一言一言、全部に心を込めるってのは。

 それを、こいつは苦労だとは思わずに普通にやってのけている。

 他人の話を聞き流したり、茶化したりせず、しっかりと向き合って話を聞いてくれる。

 だからなんだか、安心してしまう。

 

 たぶん、そういうところなんだろうな。

 ジネットがジネットっぽいのは。

 

「はい。これでおしまいです」

「お疲れさん」

「ふふ。お疲れ様でした」

「何かおかしかったか?」

「あ、いえ……ふふ」

 

 水を切るために両手をぴっぴっと振りながら、俺はジネットに問う。何を笑ってんだ?

 

「わたし、ヤシロさんのそういうところ、好きだなぁと思いまして」

 

 んん――!?

 

「わたしが、『あぁ、今結構頑張ったなぁ』と思うようなことをすると、ヤシロさんは必ずそれを見ていてくださって、そしてきちんと『お疲れ様』って言ってくれて……。それが、すごく嬉しいんです」

 

 いや、「お疲れ」くらい言うだろう、誰でも。

 

「なんだか、お祖父さんみたいで」

「お前はよく俺をジジイ扱いするよな」

「うふふ。見た目の話じゃないですよ」

 

 分かってるっつの。

 お前の大好きな祖父さんと、なんとなく重なるような部分が俺にあるってんだろ。

 前からちょくちょく言ってるもんな、「お祖父さんに似てる」って。

 

 でも、それな。

 お前が懐いていた、大好きだった祖父さんに似てるって……

 お前が祖父さんを好きだったのは、その温厚な性格だったり、優しさだったりする祖父さんの性格面が理由だろうから――

 

 それはつまり、お前の大好きだった人間に、俺が似てるって言ってるようなもんじゃねぇか。それも、お前がそいつを大好きだった根幹が。

 

 ……ま、そんな深い意味はないんだろうけどな。

 

「加齢臭には気を付けるよ」

「うふふ。わたし、ヤシロさんの匂いも好きですよ」

「……否定してくれ、加齢臭」

 

 あと、好き好き連呼しないでくれ。

 他意がないことは分かってるんだが……むず痒い。

 

「俺もジネットの匂い大好きだなぁ、一日中くんかくんかしてたいぜ」

「ひぅっ!? も、もう、ヤシロさんっ」

「ふふん、仕返しだ」

 

 無自覚に人をどぎまぎさせた罰を速やかに執行してやる。

 自分の言動が相手にどう捉えられるかを、その身を以て学ぶがいい。

 

 匂いの話をした後、人は自然と距離を取りたがる。

 ……いや、ジネットの場合は分かりやす過ぎるんだが。

 半歩、俺から離れていった。匂いなんか、ほとんどしてないのに。してたとしても、美味そうな飯の匂いだ。

 

「そういや、マグダが『店長の匂いを嗅ぐとお腹が鳴る』って言ってたな」

「へっ……ふふ。わたし、そのうち食べられちゃうかもしれませんね」

 

 マグダに言われる分には問題ないらしく、ジネットはくすくすと肩を揺らす。

 ジネットにかじりつくマグダ。それはそれで見てみたい気もするがな。

 

「じゃあ、俺もお裾分けを……じぃ~」

「懺悔してください」

 

 とある一部を凝視していると、にっこりと懺悔を強要された。

 信仰心の押しつけはよくないと思います。えぇ、思いますとも。

 

「よし。じゃあ、俺たちも寝るか」

「はい。明日もありますしね」

「ま……客は来ないんだろうけどな」

「それでも、明日はやってきますから」

 

 おそらく明日も大雨なのだろう。

 それでも明日はやって来る。

 

 ジネットが言うと、「客も来ないのに仕事はあるんだぜ」って意味ではなく、「どんな状況でも、きっと楽しい日がやって来ますよ」という意味に聞こえるから不思議だ。

 こいつの基本姿勢が前向きだからだろうな。

 きっと俺が言えば、また違った意味に聞こえるのだろう。

 

 言葉ってのは、捉え方一つで意味合いを変えてしまう。

 そんなあやふやなものだからな。

 

 

 だから、あんまり迂闊なことは言わない方がいい。

 たとえば、そう――

 

「ところでヤシロさん――」

 

 ――こいつみたいに。

 

「わたしって、女将さんに似ているんですか?」

「へ?」

 

 思わず、変なところから声が出た。

 そんなことを気にも留めず、ジネットは続ける。

 

「いえ。以前フィルマンさんが、その……ヤシロさんの好……大切な方を、わたしと勘違いされて……あぅ」

 

 自分の発言で照れるくらいなら言わないでもらいたい。

 

「でもそれは、女将さんのことで」

 

 そう。女将さんだ。

 恋バナ大好き浮かれ片思いヤロウの面倒くさい絡みをかわすために俺が放った、華麗なるスルースキルの一端だ。

 

「ねぇねぇ。好きな人誰~?」

「お母さん~」

 

 みたいなもんだ。

 ガキでもやってる程度のことだ。

 

「ヤシロさんは、女将さんのことをとても大切に思われていて、それは見ているこちらもどこかほっこりとするような感じで……ですからあの……」

 

 だから、そんなに真に受けるな。

 そんなに――

 

「わたし、女将さんに似ていますか?」

 

 ――期待したような目で、俺を見るな。

 

 俺が『大切な人』を聞かれた際に逃げの手段として名を挙げた女将さん。

 その際、相手を騙すために大切だと思える部分を挙げている。

 それは、恋愛にも錯覚できるような内容で、まんまとフィルマンは騙されたわけだが……おかげで、その相手をジネットだと誤認した。

 

 それはつまり、俺の『大切な人』が大切である条件に、ジネットが合致していたということであって、だから、つまり、女将さんに似ているってことは、つまり……俺がジネットのことを、つまり、その…………

 

「か……顔は、全然似てない……な」

 

 ……ダメだ。

「つまり」って言葉の後に結論を言えなかった時点で、俺には語る言葉なんかないってことだ。

 

「そうですか。……ふふ」

 

 ジネットは静かに笑って、そして、少し嬉しそうな顔をした。……ふうに見えたのは、俺の勘違いか?

 きっと俺も疲れてるんだな。うん。暇疲れだ。それか、ここ最近の疲れが抜けきってないか。

 どちらにしても、さっさと寝てしまうに限るな、こんな日は、うん。

 

「それじゃあ、ヤシロさん。行きましょうか」

 

 それ以上、その話題には触れずに、ジネットはいつもの笑顔で語りかけてくる。

 厨房から廊下に出て、裏庭に続くドアの前に立ち、傘を開いて、その傘の半分を空けて、俺を待っている。

 二階までの短い距離を、雨の降りしきる中庭を、二人で一つの傘に入って歩きましょうと言わんばかりに。

 

「お、おぅ。もう、寝る時間だしな」

 

 そんな、どこに向けたものなのかも分からない言い訳を無駄に付け足し、ジネットの持つ傘を受け取る。

 歩き出すと、何も言わずにジネットが付いてくる。

 隣で、同じ歩調で。

 

 雨は叩きつけるように激しく、こんな中で会話をしてもどうせろくに聞こえはしない。そう自分に言い訳して黙って歩く。

 あっという間に濡れていく右肩の冷たさよりも、隣から聞こえる穏やかな息づかいばかりが気になって――

 

 誰かを騙そうとすると、その反動がきっちり俺の方に返ってくるよな、この街は……ったく。

 

 ――そんなことを考えながら、ジネットの左肩が濡れないようにもう少しだけ傘を傾けて、中庭をゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

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