異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加65話 早朝の陽だまり亭にて -1-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
文字数:3,700

「ヤシロ、試作品が出来たさね!」

「早ぇな、おい!?」

 

『遅咲き、春のパン祭り』の翌日、早朝。ノーマが満面の笑みで陽だまり亭へと駆け込んできた。

 ものすっごい笑顔ではあるのだが、髪はもはもは、目の下くまくま、お肌はかさかさで……こいつ、徹夜しやがったな。

 

「ノーマ。急がなくていいって言ったろ?」

「まだ完成じゃないさね。本格的に製作する前の打ち合わせ段階さね、まだ! ここでしっかりと詰めておかなきゃ完成品の出来に関わっちまうんさよ」

 

 などと力説しているが……

 じぃ~っと見つめていると、徐々にノーマの顔が逸らされていき、微かにしか開かなくなった唇から拗ねたような声が漏れてきた。

 

「だって、急がないと大工に仕事とられそうな気がしたんさよ……」

「いや、鉄板の加工は大工の仕事じゃねぇだろうが……」

「けど、ウーマロだしさ……」

 

 どんだけライバル視してんだよ、ウーマロを。

 そんな、なんでもかんでもウーマロ任せにはしてねぇよ、俺も。

 

 ……してないよなぁ、そんなに?

 

「むっはぁー! マグダたんが粉砂糖を振りかけたあんドーナツは格別ッスー! 天国の味がするッスー!」

「……マグダの砂糖捌きは、もはやプロ級」

「華麗ッスー!」

 

 ……だって、アレだぞ?

 うん。やっぱり俺はそこまで頼りにしていないはずだ。

 故に、同類では、決してない!

 

「この仕事は、ノーマだけが頼りだからあんまり無茶しないでくれ。倒れられちゃ敵わないからな」

「アタシだけが頼りなんかぃ?」

「当たり前だろう。強度と性能、あと出来たら軽量化と小型化もしたいんだ。ノーマ以外に任せられるかよ」

「そうかいね! そうかいそうかい。な~るほどねぇ」

 

 嬉しそうにくつくつと笑い、なぜか勝ち誇ったような顔でウーマロを見て「ふふん」と鼻を鳴らす。

 なんとかしろよ、その同属嫌悪……

 

「で、試作品が出来たんだって?」

「あぁ。ヤシロが言ってた形状と用途に合わせてとりあえず作ってみたさね」

 

 ドドンとテーブルに載せられたそれは、『コ』の字型の鉄板だった。

 上部は炭を入れて火を焚けるようにある程度のスペースと火避けの蓋、煙逃がしの煙突がついている。

 底面には魔獣の革と丈夫な木の板が取り付けられていて、熱した鉄の熱が他に伝わらないようになっている。

 

 要するに、室内で鉄板を熱々に熱するための機械だ。

 使用用途はもちろん調理だ。

 

『コ』の字の開いた部分に食パンを入れておけば鉄板の熱で表面がこんがり焼けてくれないかと考えたわけだ。

 チーズを載せておけば、その熱で見事にとろけてくれるだろう。

 鉄板に直置きでは焦げるので、金網を設置してそこにパンを載せ、上下から熱を加えてこんがりと焼く、オーブントースターと同じ仕組みになっている。

 

 ピザトーストのお披露目の際は松明の火を使って熱していたが、あんな危険なこと室内では出来ない。

 なので、比較的安全にピザトーストを作る方法はないかと頭をひねった結果が、この『コの字型トースター』なのだ!

 

 いや、窯が使えないから、なんとか石窯の代わりになるものが作れないかと試行錯誤したわけだ。

 鉄板が温まるのに時間がかかるのと、冷めるのにもっと時間がかかるのと、使用中はかなり危険であることと、燃料費が高くつくことと、煙たいこと、その他諸々欠点はあるが、石釜の代わりになるのであれば利用価値のある代物になるだろう。

 なにせ、こいつが認められればピザだって焼けるし、パンだって作れる。

『小麦粉を原材料としたものを石釜で焼いたもの』がこの街の定義するところのパンであるならば、石窯でなく鉄のオーブンで焼けばそれはパンではないといえる。

 火力調整が難しいから、パンはそうそう焼けないだろうが、一定の温度を維持できればピザくらいは作れるはずだ!

 少なくともピザトーストなら焼ける! はず!

 

 というわけで、出来たらいいなぁ~くらいの軽い気持ちでノーマにお願いしたのだが……まさか徹夜して試作品を仕上げてくるとは。

 

「わぁ、随分大きいですね」

 

 ジネットがノーマの持ってきたコの字型オーブンを見て目を煌めかせる。

 まるでオモチャのロボットを見つめる少年のような目だ。

 

「こいつが200度くらいになれば、パンの表面をさっとカリッと焼くことが出来るんだが」

「それくらいの温度になら出来るさよ。まぁ、ちょっと時間はかかるけどね」

 

 鉄板上部に燃える炭を置いて鉄板全体を熱するとなると、鉄板が熱くなるのに時間が掛かりそうだ。

 おまけに、ちょっとでも触れれば即火傷だ。

 

「これをもう少し実用的にしたいもんだな」

「それじゃあ意見を聞かせておくれな! とりあえず一度使ってみるかぃ? ね? 使うといいさよ!」

「ノーマ、落ち着け」

 

 デカイ鉄の塊を持ち上げてぐいぐい押しつけてくるノーマ。

 いいから、お前は落ち着け。そして少し寝ろ。

 

「ジネット、厨房にスペース作れるか?」

「はい。竈のそばに台を置けば……木の台だと燃えますか?」

「大丈夫さよ! この魔獣の革がミソでね! それに、ここで鉄に細工をしてあるから台にはほとんど熱が伝わらないんさよ」

「そ、そう、なんですか……あはは」

 

 ジネットも、ノーマの熱に若干引き気味だ。

 笑顔が少々引き攣っている。

 

「ん? なんッスか? あ、鉄と木を結合するなら結合部の削り込みをもうちょっとこういう風に……」

「やかましいさね! 部外者が口を挟むんじゃないさよ!」

 

 ノーマの剣幕にウーマロが思わず口をつぐむ。

 大丈夫だ、ノーマ。

 取られたりしないから。そんな怖い顔で睨むな。

「がるるる」言うな。唸るな、ノーマ。野生に還るな。戻ってこい。

 

「さぁ、店長さん! さっさと厨房に行くさね! 関係者だけでゆっくりミーティングするっさよ。実際使ってみて、改善してほしいところがあったら遠慮なく言っておくれな。ささっ、早く、さささっ」

「え、あのっ、ノーマさん?」

 

 でっかい鉄の塊を小脇に抱え、ジネットの背を押して厨房へと消えていくノーマ。

 ……なんであんなに必死なんだか。

 

「あのキツネ女、パン祭りでパウラさんが仕掛ける側だったこと、結構気にしてたんッスよね……」

「手伝ってたじゃねぇかよ、山のようにキャベツを刻んで」

「アレはヤシロさんじゃなく、パウラさんからの依頼ッスから」

「なにそれ……やめて、俺をそうやって特別視するの」

 

 俺が頼んだパウラに頼まれたんなら、それはもう俺が頼んだも同じじゃねぇか。……つか、俺から直々に頼まれることに価値なんかねぇっつの。

 

「あれでピザが焼けるんッスか?」

「温度調節がうまくいけばな」

「それは楽しみッスねぇ~」

 

 そういえば、ウーマロはピザを食ったことがあるんだよな。

 あれは、ヤップロック一家と初めて会った時だったか…………ウーマロ、何気にいろんなところで一緒にいるよな。

 え、なに? 友達なの?

 もしかして、ウーマロって俺の友達?

 

「なぁ、ウーマロ」

「なんッスか?」

「俺の友人である権利って、有料なんだわ」

「じゃあ、知人で我慢するッス……」

「初年度だけ年会費無料なんだけど」

「あ、大丈夫ッス。解約できそうにないッスから」

 

 そっかぁ。惜しいなぁ、毎年不労所得が手に入るかと思ったんだが。

 

「ちなみに、マグダの友人権も有料で――」

「プレミアム会員になるッス!」

 

 ……イラ。

 

「プレミアム会員は、年会費1万Rbなんだけど――」

「くはぁ! お買い得ッス!」

 

 払えるのかよ!?

 ぽーんっと出せちゃう額なのかよ!?

 

「10万Rbにしようかな……」

「オイラ、仕事の量を増やすッス!」

「…………お前なんか友達じゃない」

「……? 知人ッスよね?」

「マグダ、ウーマロが苛める!」

「ウーマロ、め」

「むはぁあ! 怒ったマグダたんも可愛いッス!」

 

 ダメだ、こいつ。

 本当にダメな大人だ。

 他人の気持ちが分からない、冷たい人間なんだ……ぷーんっだ。

 

「……ウーマロは、ヤシロが嫌い?」

「大好きッスよ。……けど、友人は有料とか言うッスから、ちゃんと反論しとかないと……ヤシロさん、本気でお金取りかねないッスし」

「……ヤシロは、ウーマロが大好き。見ていれば分かる」

「それは光栄ッスね。…………で、マグダたんは?」

「……マグダは、ウーマロのことが…………」

「わくわく!」

「…………ここから先は有料」

「はぁぁああん! すっかりヤシロさんに染まってるマグダたん、マジ小悪魔ッス!」

 

 なんか、向こうの席でウーマロが楽しそうだ。

 けっ! 別に興味ないけどな! 友人じゃないし!

 ただの知人だし! けっ! ぺっ!

 

「……素敵やんアベニューの区画、地盤沈下しろ……」

「怖いこと言い始めたッスよ!? ウチの大工が大怪我するッスから、やめてッス!」

 

 あら、やだわ。

 ついお口からお呪詛のお言葉が……

 言霊ってあるっていうし、気を付けないとねぇ~、おほほほ。

 

「お~い、英雄!」

 

 俺がお上品に口元を押さえて笑っていると、お下品な声を上げてバルバラが乱暴に入店してきた。

 

「お下品ザマス!」

「ん? なんの遊びだ? ふざけてんのか?」

「ふざけてないザーマス!」

「いや、それ、真面目にやってるんだとしたら、ちょっと怖いッスよ、ヤシロさん……」

 

 俺が心の中の三角メガネをくいっと持ち上げていることなど意に介さず、バルバラは俺の目の前の席に勝手に座る。

 なんで俺の前に座るんだよ。空いてる席に座れよ。

 

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