「よかったですね、ミリィさん。仲良くなれて」
「うん。……てんとうむしさん、仲良し」
いや、だから…………あぁ、もういいや。
てんとうむしさんでいいよ、別に。好きに呼んでくれ。
「じねっとさん、これ……あげる」
そう言って、ミリィは荷車から一抱えもある大量の花をジネットに手渡した。
「え、こ、こんなにいいんですか?」
「手伝ってくれたお礼」
上機嫌のミリィ。明らかに過剰サービスな気もするが、まぁくれるというものはもらっておけばいい。
「では、さっそくヤシロさんに戴いた花瓶に活けさせてもらいますね」
「ん…………あ、あぁ。いいんじゃ……ない、かな」
そこ……『ヤシロさんに戴いた』っている?
なんか、めっちゃくすぐったかったんだけど……
「また……来ます」
「はい。またお越しください」
「ばいばい」
「お気を付けて」
ミリィは小さな体で巨大な荷車を引く。これが動くんだからすごい。獣人族……虫人族だけど……こいつらの腕力ってホントどうなってるんだよ?
「ばいばーい!」
遠くまで行っても、度々振り返り手を振るミリィ。
その度に、俺とジネットも「ばいばい」と手を振り返す。
「ばいばーい!」
……子供の頃いたなぁ、「ばいばい」がいつまでも終わらないヤツ。
ミリィって、やっぱり子供なんだな。
「可愛かったですね」
「いつもあんな感じなのか?」
「へ?」
「ミリィのことだろ?」
「あぁ、はい。ミリィさんはいつも今日のような感じで、とても可愛らしい方ですよ」
ジネットもお気に入りなのだろう。ミリィの話をする時には表情がにへらと弛緩している。
「ですが、わたしが言ったのは髪留めのことですよ」
「そんな言うほどのものか? 物の数十分で作ったヤツだぞ」
「わたしたちが出かけた後、作られたんですか?」
「あぁ。時間と材料があったからな」
「でも、ヤシロさんは新しいメニューの試作をなさっていたはずでは?」
……うっ。
いや、ほら。まぁ、なんつうの?
一人で甘味とか……なんか、違うじゃん?
だから、これは、俺のプロジェクトの一環でだな…………そんなにジッと俺を見るな。
なぁ、ジネット。何を待ってるんだよ?
何か返答が欲しいのか?
大したことなんか言えねぇぞ?
…………しょうがねぇな。
「お前をよろしく頼んだからな…………その礼っていうか…………」
「というか?」
……攻めてくるな、コノヤロウ。
「……お前と仲のいいヤツなら、俺も仲良くなっておいた方が……まぁ、何かといいんじゃないかと思ってな」
「はい。そうですね。そうしていただけると、わたしも嬉しいです」
俺の返答に満足したのか、ジネットはにこりと笑った。
満足そうな顔しやがって。
その後、両手が塞がっているジネットのために食堂のドアを開けてやる。
ミリィが持っていた時は大量に見えたのだが、ジネットが持っていると適量に見える。
どんだけ小さいんだよミリィ。
「ほら、見てくださいヤシロさん」
ジネットが花瓶に花を活け、俺の前に持ってくる。
「とても素敵です。思った通りですね」
そう言って、とても幸せそうに微笑む。
ぅぉおおっ…………なんだ、これ。恥ずいっ。
そ、そうか。
これか。
これが、女に花束を贈る男の真の目的か。
この表情を見たいがために、キザな自分の行動に鳥肌を立てつつも花束なんかを贈っているんだな。
なんだよ、ただのキザなナルシスト野郎かと思っていたが……実はヤツらも内心では身悶えていたんだな。そうかそうか。そういうことか。
だったら、俺も…………別に、花束とか、贈っても……いい、かなぁ……なんて。
「ヤシロさんのおかげですね。ありがとうございます」
贈ろう!
贈ろうぜ、お前ら!
むしろ贈っていくべき時代がすぐそこまで来ているだろう!?
感じろよっ、時代を!
これからは、積極的に花束を贈っていく時代だろうが!
ならばリサーチをするべきだろう。
この世界の男どもがどれくらいの頻度で花束を贈っているのか。
どんな花が喜ばれるのか。
逆に、「うゎ、これはないわぁ……」と思われる、避けるべき花はなんなのか!?
だって花のことなんか分かんねぇんだもんよ! 知りたいわ! 不安だわ!
なので、さりげな~く探りを入れる。
「せ、生花ギルドってのは……割と、儲かっている感じなのか?」
「そうですねぇ……最近は、結婚される方も少ないらしくて、割と大変だとおっしゃってました」
「結婚?」
「はい、プロポーズの際、花束を贈られる男性が多いようですよ」
……そんなに重いものなの、花束って。
「……もっと、気軽に贈ったりしないのか?」
「もちろん、そういう方もいらっしゃいますが、みなさんきっかけがないようで。結局、結婚とか引退とか、そういう節目にしか贈らないという方がほとんどでしょうか」
そうなのか……
そういえば、イメルダはしょっちゅうもらってるって言ってたっけな。
きっかけ…………花を贈る習慣、ねぇ……
「じゃあ、ミリィは結構大変なんだな」
「そうみたいですね。でも、お花が好きなので、全然苦ではないっておっしゃってましたよ」
「お前の料理みたいなもんか」
「そうですね。わたしたちは似ているのかもしれませんね」
金よりもやり甲斐か。
しかし、売り上げが上がればやっぱり嬉しいものだろう。
人気が出てくればやり甲斐も感じられる。
うまくすれば、相乗効果を狙えるか……
「ジネット。お前は、花は好きか?」
「はい。ソレイユというお花が大好きなんです」
「ソレイユ? 聞いたことがない花だな」
「そうですね。四十二区でも、あまり見かけない花ですからね」
ソレイユ……これが『強制翻訳魔法』による変換だとするなら、意味は『太陽』。なるほど、ジネットが好みそうな名前だ。たまたま同音の名前だという可能性もないではないがな。
「ちなみに、その中にはないのか?」
ジネットの持つ花瓶を指して尋ねるが、ジネットはすぐに首を振る。
「ここにはありません。ソレイユは、もっと温かい色をした目立つ花なんですよ」
「へぇ……」
ソレイユね。
うん。いい情報を得た。
花が好きかどうかを聞いたら、好きな花をさりげなく知ることが出来た。
まぁ、ジネットを見る限り、この街の女性も花を贈られれば嬉しいのだろう。
ただし、若干重い印象が花束についているので、おいそれと贈ることは難しいかもしれない。変な勘違いとかが発生してはトラブルになりかねない。
そういう勘違いを封殺するには、適度な言い訳が必要なのだ。
言い訳はいい。
贈る方にももらう方にも、有効に作用してくれる。
他意はない。
これは気持ちなんですよ。と、軽い気持ちでやり取りできる。
でも、もしかしたらあの人は……ドキドキ。みたいな演出もきっとありだろう。
燃え上がれ、若人たちよ! そして爆ぜろっ! そのまま爆ぜてしまうがいい、リア充共め!
……はっ!? 違う違う!
俺はもう、そっち側じゃなくて、花束を推奨するポジションにつくのだ。花束を贈ろうの会とかあったら会長に立候補するくらいの勢いで。
つまりは、花束を気負うことなくやり取りできる習慣を根付かせればいいのだ。
感謝の気持ちを込めるとかでいいのだ。花束を、大切な人に贈る。
そう、例えば――誕生日とかに、な。
今度ミリィに会ったら、いろいろ話をしよう。
そして、とりあえず……ソレイユがどんな花かをこっそり教えてもらおう。
モチーフ。決まりかな、これは。
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