それからしばらく料理に没頭し、大量の夜食が完成した。
「これがすっかりなくなるんだろうなぁ」
「大工さんもハムっ子さんたちも、たくさん食べてくださいますからね」
荷車に積み込まれた料理の山を見て、ジネットが満足そうに頷いている。
うん。やっぱり俺がちゃんと料金を徴収しておこう。ジネットはこの満足感だけで報酬を受け取った気になっているに違いない。
請求書に『オルフェン』と書いて木こりに託しておく。
領主が集まったことで、投資というか、寄付というか、とりあえず先立つものが出来た。
金欠であろう三十一区でも、夜食の料金くらい出せる。
三十一区に集まる金が、三十一区に留まることなくこちらへ流れてくるだけだ。
オルフェンは泣きべそをかきそうだが、アヒムは「そーゆーもんだ」と割り切るだろう。
あいつらは二人で一つ。二人揃ってようやく一人前ってところだな。
「それでは、ウチの者が間違いなくお届けいたしますわ」
「お前は行かないんだよな?」
「行こうとしたのですが、止められましたわ。まだ三十区は完全には落ち着いていないからと」
木こりが護衛すれば危険は最小限に抑えられるだろうが、大切な木こりの姫様をわざわざ危険な場所に向かわせる必要はない。
木材と飯と請求書を届けるくらい、支部長が出張るほどのこともない。
何より、これから行って帰ってくれば、戻りは深夜になるしな。
「陣頭指揮はゼノビオスに任せてあるので、問題は起こりませんわ」
「あのスタイリッシュ、夜間の運搬なんて泥臭いこともするんだな」
「むしろ、やらないことがないと言う方が適当ですわ。どんなことでも率先して名乗りを上げるのですもの、何度かに一回はこちらから強制的に休ませるようにしているのですよ」
イメルダに認められるため、どのような仕事でも我先にと名乗り出てくるらしい。
ギルド長になりたいのか、イメルダを射止めたいのか……
スタイリッシュな男は、実は誰よりも熱い男だったわけだ。
愛されてるなぁ、イメルダは。
「まぁ、本日誘われたお食事は二度、念には念を押してお断り致しましたけれど」
「行ってやれよ、メシくらい……」
気の毒になってくるよ。
なんなら、陽だまり亭でもいいから。俺らがいてやるから。
「イメルダを食事に誘うなら、まずはワシを倒してからじゃないとなぁ」
わははと、笑いながらハビエルがぬっと現れる。
「なんでいるんだよ? 帰れよ、四十区へ」
「帰っていたから、今まで来られなかったんじゃねぇか」
無理して来んなよ。
デミリーが三十一区に来てたから、情報は行ってると思ってたけども。
「こっちにも仕事があるんだから、そうぽんぽん予定を入れるなよなぁ、ヤシロ」
「だから、来なくていいっつってんのに」
「ここで来なきゃ、ギルド長失格だろうに」
ルシアも似たようなことを言ってたっけなぁ。
「ハビエルも三十一区へ行くのか?」
「いや、ワシは四十二区待機組だ」
「なんだ、そりゃ?」
「こういうデカい計画が動き出すと、お前がこそこそ面白いことを始めるだろ? それを見てアンブローズに教えてやるんだよ」
デミリーは現場担当で、ハビエルは俺担当らしい。
え~、担当代えてくんない?
「ダイイイチチ審査で落選なんだけど……」
「第一次審査だろ、それを言うなら!?」
「いや、漢字で書くと『大いい乳審査』だ」
大きくていい乳以外を振るい落とす、厳しい審査基準なのだ。
「はぁ~。とりあえず、イメルダんところに泊まってるから、何かする時は連絡するようにな」
「疲れんじゃねぇよ。俺の相手をメンドクサがるなら四十区に帰れ」
なんでため息吐かれなきゃならんのだ。
ハビエルがゼノビオスたち木こり一同に指示を出すと、夜食と木材を積んだ荷車の群れは連なってニュータウンへ向かい出発する。
「んじゃ、ワシらはこれで――」
と、立ち去ろうとするハビエルに向かって手を差し出す。
「ハビエル。お金ちょうだい」
「なんだよ、急に!?」
「少し投資してくれれば、素晴らしい文化をこの街に根付かせてやろう」
「それは、マイラー兄にやったアレと同じか?」
『お前は俺を信用できるのか?』と、アヒムに決断を迫ったような内容なのかと、ハビエルは身構える。
いやいや、ただ単に作ってみたい物があるだけで、そのためにはちょっと小銭が必要なだけだ。
「まぁ、ちょっと耳貸せ」
ハビエルが俺たちを贔屓にしてくれていることは、もう今さら疑う必要はない。
なので、とっても甘い、甘美な、脳みそめるてぃ~な情報をその耳に流し込んでやる。
「テーマパークにはキャラクターが必須でな――」
そうして、俺が作ろうとしている物の詳細を話し、とっても重要な役割をハビエルにお願いしてみる。
すると――
「ヤシロ。是非ワシにやらせてくれ! 金も好きなだけ使うがいい!」
――なんということでしょう!?
ハビエルがお金を無限に吐き出すATMに早変わりしたではありませんか。
「上限は、ワタクシが決めますわ」
……ちっ、ストッパー機能付きだったか。
まぁいい。
「ハビエル。時間がない。今夜は泊まっていけ。俺が基本をレクチャーする」
「あぁ、そうだな。物事は最初が肝心だ。受け入れられるかどうか、ワシの双肩にこの街の未来がかかっているとなれば、妥協は出来ん」
なんだかんだと親しくしつつも、ハビエルが宿泊するのはイメルダの館ばかりだった。
貴族だからな。宿泊する部屋にも相応の『格』が必要なのだ。
だが、名うての木こりでもあるハビエルは森の中でも眠れる。
あくまで外聞や建前を気にしてそこかしこに宿泊しないだけだ。
貴族が泊まるとなると、部屋を貸す側にも負担がかかるしな。
その点、陽だまり亭はいい。
イメルダだろうがルシアだろうが、一切特別扱いしなくて済む。
ハビエルくらい、へーきへーき。
俺がベッドを使うから、床に転がしておけばいい。
「じゃあ、カンパニュラたんが使っている客間を借りよ――」
「ワタクシもご一緒いたしますわ、お父様」
「……ヤシロ。すまんが、お前の部屋で世話になる」
イメルダに『お父様』と怖い笑顔で言われるのが一番こたえるらしく、ハビエルは一瞬で大人しくなった。
イメルダの父として恥ずかしくない言動が求められるからだろうな。
「ほなら、ウチは帰らしてもらおかな」
「じゃあ、アタシが送ってってやるさね」
「いや、ウチの家めっちゃ遠いで? そんな気ぃ遣わんでも……」
「レジーナ一人で帰せるもんかぃね。遠慮するんじゃないさよ」
うん。ヤバいな。
このままじゃ、ノーマがまた寝ない。
きっと、家に帰ったらゴムと相性のよさそうな金物について夜通し考えるだろう。
そして、巻き込まれた乙女たちが複数命を落とすのだ。
肌年齢という名の寿命を使い切ってな!
「ロレッタ! 大至急カンタルチカから持てるだけの酒を買ってきてくれ! ノーマの命を救うために!」
「へ? アタシの命ってなんさね!?」
「分かったです! ノーマさんの健康と美容のために、今日は深酒をさせるです!」
「ちょぃと待ちな、ロレッタ!? 深酒は健康と美容の敵さよ!?」
だが、飛び出していったロレッタは戻らない。
「というわけだ、レジーナ。お前も泊まり決定な」
「いや、帰るで!? 埃ちゃんがお腹空かせてるかもしれへんし!」
「大丈夫。お前がいない方が埃ちゃんは育つ」
「そんな、悲しい現実突きつけんといてんか!」
「お前を送っていけるヤツがいなくなったんだ。諦めろ」
「せやから、ウチは一人で帰れるって――」
「マグダ」
「……レジーナは昨日、お風呂に入ろうとしてパンツ一丁で――」
「しゃーないなぁ、もう! 今晩だけやで! 明日は帰るさかいな!」
すげぇな、マグダ。
たった一日で、レジーナの弱みをしっかりと握ったのか。
「うふふ。今日も賑やかな夜になりそうですね」
ジネットは嬉しそうに笑っている。
急にハビエルが泊まることになっても、動揺する素振りすら見せない。
「レディが多いなら、ワシは一階で寝た方がいいかもな」
「大丈夫ですよ、ハビエルさん。ただ、あの……女性が多いですので、なるべくお部屋から出ないように心がけてくだされば」
言いながら、ジネットが泥酔予定のノーマをチラリと見やる。
ジネットやマグダはともかく、ノーマは噂が立ちそうだもんなぁ。
「じゃあ、ここでいい。毛布だけ貸してくれれば、ワシはどこでも眠れる」
「よろしいんですか?」
「あぁ。その代わり、明日の朝は美味い朝食を頼む」
「はい。それでしたらお任せください」
というわけで、俺のフロア二連泊が決定した。
ま、いいけどな。
「なぁ、ジネット。裁縫道具を出しておいてくれるか?」
「何か作られるんですか?」
「あぁ。今からちょっとウクリネスんところへ行ってくる」
「お裁縫でしたら、わたしもお手伝いできますよ」
「そうだな……じゃあ、明日になったら頼む。今日作るのは試作品だから」
「分かりました。どんと任せてください」
どん! と、胸を叩くジネット。
ばるんっ!
「わはぁ~……」
「ヤシロ。お前は重症だなぁ」
うるさい。お前よりは正常だわい。
このストライクゾーンが地面すれすれの犯罪者予備軍め。
そんな予備軍を引き連れて、俺は夜の買い物へと向かった。
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