「ヤ、ヤシロ……ど、かな?」
デリアがいた。
ジネットの制服を着ている。
胸の部分にもしっかりと膨らみがあり服がしぼまない程度に中身が詰まっている。
見事だ、デリア。
しかも、もっと見事なのが……やはりジネットの服では小さかったのだろう……スカートの裾が超ミニになっているのだ。太ももが丸出しだ。
エプロンドレスの下はワンピースだから、体格に差があればその分丈は短くなる。当然の結果だ。
「デリアさんすごいんです。全身すごい筋肉なのに、どこもかしこも締まっていてとてもスリムなんです。わたしの服も難なく着れてしまいました」
「ぉぉお、店長! あんまりそういうことは言わないでくれないか?」
「でも、素敵でしたよ、八つに割れた腹筋!」
「店長っ!?」
腹筋割れてんのか!?
すげぇな! 俺も腹筋頑張ろうかな!?
「で……ど、かな? 変じゃないか? 変だよな、やっぱ?」
「いやいや。想像以上に似合っていて驚いたぞ。専属で雇いたいくらいだ」
「そ、そうかっ?」
俺が褒めると、デリアの表情が少し柔らかくなった。どうやら緊張していたようだ。
「よし! 仕事の続きだ!」
緊張の解れたデリアは表情を引き締め腕まくりをする。
……楚々としたメイド服を、こうも力強く着こなすとは……やるな、デリアめ。
ある意味斬新なメイドの誕生に、俺はそこそこ満足していた。……のだが。
デリアがカウンターから出て、四人掛けのテーブルに向かった時、そいつは発覚した。
デリアのスカートが捲れ上がり、くるんと丸まる尻尾とその下に穿いた黒いスパッツが丸見えになっていたのだ。
「どぶふぅーっ!」
盛大に吹き出した。
いや、お前……日曜夕方の国民的アニメの妹じゃないんだから……スカートからパンツ丸見えって……っ!?
「なんだ、ヤシロ…………あっ!? ち、違うぞ! これは見えてもいいヤツだからなっ!」
そう言いながら、手にしたお盆でお尻を隠す。
頬に差した朱が普段のデリアからは感じられない少女のような純真さを感じさせてギャップにきゅんとくるところだが……
「お前らも『そういう』目で見んじゃねぇぞっ!?」
客に向かって牙を剥く姿は、いつも通りのデリアだった。
……死者が出ませんように死者が出ませんように死者が出ませんように。
「あの、ヤシロさん……」
「あぁ。早急にデリア用の制服を作るとするよ」
ジネットが遠慮がちに俺に話を振ってくる。分かっている。俺も同じ意見だ。
アレはマズい。
サイズはジネットより少し大きめに作れば問題ないだろう。
「あ、そうだヤシロ」
牙をしまったデリアが笑顔で俺を呼ぶ。
「あたいがここで働き始めたって言ったらさ、あたいの友達が『是非見に行く』っつってたんだよ。今日あたり来るんじゃないかな?」
「デリアの友達ってことは、川漁ギルドの連中か?」
川漁ギルドの面々は、デリアがここでバイトを始めて以降一度も、誰一人として顔を出していない。……露骨だぞ、お前ら。
「いや、海漁ギルドのギルド長をやってんだ」
「海漁ギルド?」
デリアが海漁ギルドと繋がりがあるとは思わなかった。
いいぞ。うまくいけば海漁ギルドにツテが出来るかもしれん。やはり、海魚もいくつかは欲しいからな。なんとか譲ってもらえるように交渉してみよう。
「デリア。是非紹介してくれ。お近付きになっておきたい」
「あぁ、いいぞ。けど、いくら美人だからってあんまりニヤニヤすんじゃねぇぞ。あたいの友達なんだからな!」
ほぅ。
ということは、海漁ギルドのギルド長は女なのか。
俺がニヤニヤしそうな美人ねぇ…………楽しみだ。
「男はやたらと人魚が好きだからな……ちょっと心配だな」
人魚っ!?
「え、人魚なのっ!?」
「ほら、食いついた……まったく、男ってヤツは……」
不満顔のデリアがぶーたれるが、それも致し方あるまい。
だって、人魚だぞ!?
人魚って言えば、上半身裸でおっぱいぽろ~んでホタテ貝だぞ!?
それが嫌いな男などいるわけがないだろう!?
「人魚さんですか。わたし、お会いしたことがないんですが、聞いた話だと歌がとてもお上手だとか。お会いしてみたいですね」
ジネットも嬉しそうな表情を浮かべる。
そうか、歌か。
食堂で歌ってもらえれば、それなりに話題にはなるだろう。
うん。いいな。
「マーシャは歌もうまいんだ。人魚の中でも一番なんじゃないかな。聞くと心が洗われる気分になるんだぞ」
「そうなんですか? すごいですね」
美人でおっぱいぽろ~んで歌がうまいのか……完璧じゃねぇか!
この世界の天は二物を与えるタイプなのか?
そんな完璧人魚が、今日この店に来るのか……くそ、もっと念入りに掃除しておけばよかった。デリアめ、言うのが遅いんだよ。
――と、その時。
陽だまり亭のドアがゆっくりと開かれた。
来たかっ!?
俺やジネットはもちろん、ウーマロたち客一同も合わせて、その場の視線が一斉に入口へと注がれる。
人魚が、やって来る……っ!
「やぁ、ヤシロ。ジネットちゃん。マグダの調子はどうだ……ぅおぅっ!? な、なんだい!? なんでみんなボクを見つめてるんだい!?」
入ってきたのはエステラだった。
「……エステラ」
「ヤ、ヤシロ。一体何があったのさ?」
「お前にはがっかりだ!」
「なんだよぉ!? 人がようやく仕事を一段落させて来たっていうのに!」
「罰として、胸にホタテ貝をつけろ」
「意味が分かんないよっ!?」
せめてもの償いだ!
それくらいしても罰は当たらん。いや、それくらいしなければ罰を当てるぞ!
「今日、これから、ここに、スペシャルなお客様が訪れる予定なんだよ! そこらに座ってる大工どもでは束になっても敵わないくらい大切なお客様だ」
「オイラたち、お得意さんッスよっ! 大切にしてほしいッス!」
あー、悪い。聞こえない。
「大切なお客さん? ジネットちゃん、一体なんのこと?」
「実はですね、とても素敵な人魚さんが……」
ジネットが説明を始めたその時、食堂の外から不思議な音が聞こえてきた。
――チリン……ギィ……チリン……ギィ……チリン……ギィ……
鈴の音と、車輪が軋みながら回る音……
「あ、来たかな」
デリアが耳をピクピクと動かし入口へ視線を向ける。
この特徴的な音が人魚が来た合図なのか?
あ、そうか。人魚だから歩いては来られないんだ。
つまり、海水の入った水槽のようなものが設置された台車か何かに乗ってやって来たのだ。
軋む車輪の音はきっとそのせいだ。
と、いうことは…………
店の前で車輪の音が止む。
いよいよお目にかかれるのだ、絶世の美女と名高き人魚姫に。
少々表現が大袈裟になってはいるが、まぁ大きく外れていることはないだろう。
歌がうまく、美人で、おまけに人魚でホタテ貝だ。絶世の美女でないはずがない。
「……ごくり」
期待に喉が鳴る。
俺たち、陽だまり亭に存在する男たちの期待が出入り口のドアに注がれる。
穴が開くのではないかと思うほど、その一点に視線が集中する。
そして、静かにドアが開かれる。
「………………お邪魔しま……えっ?」
食堂内にいるすべての人間から視線を注がれて、店内に顔を出した人物は驚きの表情を浮かべた。
真ん丸な瞳はつぶらで大きく、くりっとしている。
そして、鱗に覆われた肌が滑らかに輝き、スラリと細長い手足には水かきが見受けられる。
魚丸出しの顔で、口をぽかんと開けている様は餌をねだる鯉にそっくりで、驚いたせいか、えらがぴくぴくと動いている。
全体的に、なんだかヌメッとしていそうな印象を与えるその人は、どこからどう見ても…………
「半魚人じゃねぇかっ!?」
人魚にはとても見えなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!