「ほ、本当に、これを飲めば胸が大きくなるのかい!?」
赤い髪をした美少女が、テーブルに身を乗り出してくる。
相当食いついているようだ……これは、売れる。
私は今、四十二区にあるカンタルチカという酒場に来ている。
ムム婆さんというしみ抜きの天才にローブを預け、これからどうしようかと考えていたところで……『獲物』に遭遇した。
最初は顔のいい男なのかと思ったのだが……いやだって、胸があまりにも真っ平らだったから……だが、そいつはぶつぶつと「胸は……きっと何かで成長するはず……こう、ぼいんと……ばぃ~んっと……っ!」って呟いていて…………『獲物』確定!
耳寄りな情報があるから、少し話を聞いてほしい。
そう持ちかけた私に、この赤髪の少女はホイホイついてきた。
耳元で……「あなたの悩み、解決するかもしれませんよ」と囁いただけで。
そうして声をかけて、現在に至る。
大通りに面した割といい雰囲気の酒場。
そこの窓側の席に私と赤髪の少女は座った。
しみ抜きの時に使用しなかった『マーシャ・アシュレイのカード』をここで使用する。
これで盛大に飲み食いしても私の懐は痛まない。
折角の代金立て替えカードだ。3Rb程度のしみ抜きに使うなんてもったいない。ここで1000Rbくらい飲み食いする方がお得だ。
赤髪の少女の分もご馳走することで、こちらに対する不信感を少しでも払拭しておこう。
「う~ん……見た感じは普通の粉に見えるんだけどなぁ」
疑いの眼差しで小瓶に入った粉末を見つめる。
それはそうだろう。飲むだけで胸が大きくなる薬なんて、普通に考えればあり得ない。
しかし、切実な願いを抱えた乙女は藁にもすがる勢いでこんな胡散臭い物に食いついてしまうものなのだ。
「私は、この商品を取り扱うようになってもう五年になるのですが……最初の一年で、真っ平らだった私の胸は、ここまで大きく成長したんですよ」
「えっ!?」
赤髪の少女の視線が私の胸に注がれる。
ご自慢のFカップバストを強調して、私はドドンと見せつけてやる。
「……ほ、本当に?」
「もし信じられないようでしたら……どうぞ、『精霊の審判』をおかけになってくださって構いませんよ?」
「え……でも、それは……」
躊躇う赤髪少女。それはそうだろう。『精霊の審判』は、一歩間違えば人を殺すのも同じことなのだ。……だが、その躊躇いこそがこちらの糧となる。
躊躇いながらも行使すれば、その罪悪感が義務感へとすり替わり、「やっぱりいらない」とは言えなくなる。
この赤髪の少女が『精霊の審判』を使った時、私の勝利は確定する。
「大丈夫ですよ。私は絶対にカエルにはなりませんから。それが私の話が嘘ではないという証明になるのです。ですので、どうぞ、お気になさらずお使いください」
「そ…………そう? …………じゃ、じゃあ……」
この赤髪の少女にしても、購入に踏み切るために何かきっかけが欲しいのだ。
「ここまでしてくれたんだから」という免罪符があれば、多少高額な物であっても買いやすくなるというもの。女の欲望は、そうやって正当化してやるのが正しい詐欺のやり方だ。
「じゃ、じゃあ……本当にいいんだね?」
「もちろんです。私の胸は、この薬を取り扱い始めた五年前に、一年でFカップにまで成長しました」
「せ…………『精霊の審判』……っ!」
腕をまっすぐに伸ばし、私を指さす赤髪の少女。
途端に、私の全身が淡い光に包まれる。
……何度経験しても緊張する。絶対に大丈夫だと分かっていたとしても、ね。
数十秒が経過し、やがて私を包んでいた光は消失する。
もちろん、私はカエルになどなっていない。
当然だ。嘘など吐いていないのだから。
私の胸は、この商品を取り扱うようになった五年前、一年間で急に大きくなったのだ。……この薬とはまったく関係はないけれど。
五年前、私は十三歳だった。成長期というヤツなのだろう。私の身体はあっという間に女性らしく変貌し、胸も大きくなった。
たまたま、この薬を使った詐欺商法をやり始めた時期に成長期が来た。それだけだ。
『この薬のおかげで胸が大きくなった』なんて、私は一言も言っていない。勘違いしたのは、この赤髪の方だ。
「す……すごい薬に、出会ってしまった…………」
「一期一会という言葉があります。出会いはどれも特別で、そして、二度とその出会いはやり直せない」
「いちご……いちえ?」
「あなたの大切な人を思い浮かべてください。その人との出会いはどんなものでしたか? ……それは偶然で、けれど運命的な……とても素敵なものだったのではないですか?」
「……大切な人との…………出会い」
突然、赤髪の少女の顔が赤く染まる。
大切な人と言われ、惚れている男のことでも思い浮かべたのだろう。
分かりやすい、実にいいカモだ。
こういう乙女チックな女は、惚れた相手のことを多少強引にでも『運命の人』にしたがる傾向がある。理由づけを欲するからだ。
高額の商品を買う時と同じように、自分の人生をかけるに相応しい相手であると結論づけるために、何かしら理由が欲しいのだ。
『運命の人である』……これ以上に強固な理由はない。故に、その理由を欲しがる。
今、赤髪の少女の頭の中では、その男との出会いがリプレイされていることだろう。
おそらく、どうということのない普通の出会いだったはずだ。
だが、「もしあの日、自分があの場所に行かなかったら……」「もし、声をかけなかったら……」などと、ありもしない「if」を並べ立て、「これだけの偶然が重なって出会った二人は……これはもう運命に違いない」と錯覚を起こす……
そこで、もうひと押し……
「どうでしょう。この偶然を、運命と思って……おひとつ、いかがですか?」
惚れた男と、この胡散臭い……もとい、赤髪の少女にとっては『希望の薬』か……この薬を同列に持ってくる。
これで赤髪の少女の中では、この薬が惚れた男と同じくらいに価値のあるものへと置き換えられる。
……そうなれば、結果は火を見るよりも明らか…………
「分かった。全部もらうよ。全部で二十個…………でぃ、Dカップくらいには…………もしかしたらEカップも夢じゃないかも……っ!?」
「全部……で、よろしいのですか?」
「うん! 全部もらうよ!」
「ありがとうございます! あなたの夢が叶うことをお祈りいたします」
そして、購入後も、我に返りにくくする『呪文』をかけておく――
「夢が叶い、運命の男性があなたの魅力に振り向いてくれると、いいですね」
「う、運命の…………っ!?」
やっぱり、まだ振り向かせてなかったか。
これだけ奥手だと望み薄かもしれないな。ま、知ったこっちゃないけども。
「大きな胸は、女性の魅力の一つですから……」
「だ、……だよね?」
「それ以外が揃っているあなたなら、……どんな相手でもイチコロ、かもしれませんよ」
「そ、そんな! 全部揃ってるなんて…………やだなぁ、もう! 冗談ばっかりぃ~!」
はい。呪文発動。
これで、今日一日くらいはずっとのぼせたまま、夢うつつでメルティ気分だ。存分にとろけていればいい。
浮かれた表情で代金を一括払いしてくる赤髪の少女。
まとまったお金を持ち歩いているようだ。……もっと吹っかければよかったか……
一本1000Rbで売ってやろうと思ったのだが、なんとこの赤髪の少女は二十本全部くれと言ってきた。合計で2万Rb……入門税やタダ同然の材料費、旅費諸々を差し引いても……ふふふ、ぼろ儲けだ。
やっぱり、詐欺師はやめられない。
赤髪の少女が騙されたことに気付くのは、全部の薬を消費した後だろう。
その頃にはもう、私は街にはいない。見つけ出して『精霊の審判』をかけようにも、私がこの街にいなければどうにも出来まい。
そもそも、私は「胸が大きくなる可能性がある」としか言っていない。どんなに質問をされても、うまくかわし、一言だって「この薬を飲めば胸が大きくなる」とは発言しなかった。
『精霊の審判』は、その仕組みを理解していればいくらでも回避できる。それに気付いていないのは、この街の住民だけだ。
精々、わくわくして飲み続けるがいいわ。そのなんの変哲もない『粉末キノコ』を。
私の町では腐るほど採れるただのキノコ。まぁ、薬の材料にもなるし『薬』と表現しても嘘にはならない。食べても死ぬわけじゃない。
だから、私を罰することなんて、誰にも出来ない。
そう、誰にもね…………うふふ。
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