「やややっ!?」
と、その時、背後から奇妙な声が聞こえてきた。
柵にもたれかかっていた俺は首を回し背後を見、エステラはそんな俺の肩越しにそちらを覗き込む。
そこに立っていたのは、驚愕に目を見開くレジーナだった。
「あ、朝の教会で…………乱れ過ぎやで、自分っ!」
「乱れてんのはお前の脳みそだ!」
こんなにも清々しい朝に神聖なる教会の前で、何を毒電波全開放出してやがんだこいつは!?
「やぁ、レジーナ。おはよう」
エステラが、敵対心の欠片も見せない笑みを浮かべてレジーナに声をかける。おそらく、まだどのように接していいのか分からずに探りを入れている段階なのだろう。
「――無駄に爽やかである」
「うるさいよ。傍白は心の中だけに留めておいてくれないかな?」
いかんな。思わず副音声が声に出てしまった。
つか、いい加減掴んだ襟を離してくんない?
俺、ずっとお前に迫られてるみたいな状態なんだけど?
「自分…………そうか…………自分は、受けなんやな?」
「『うけ』? って何かな? ヤシロは分かるかい?」
おい、やめろエステラ。余計な情報は脳細胞に毒だぞ。
「まさか、昨日あの後、夜が明けるまで、この場所で、二人きりでっ!?」
その「で」に続く言葉はなんだ!? えぇこら!? いや、言わなくていいけどな! つか、絶対言うなよ! 聞きたくもないから!
「ヤシロ……彼女は一体何を言っているんだい?」
「俺に聞くな。説明したくもない。ただひとつ、ヤツはお前を男だと思い込んでいる」
「ボクを? はは、まさか」
「爽やかに笑うな、余計誤解を生む」
「だって、ボクは以前彼女に会っているんだよ?」
「だから、以前会った上で、お前を男と判断したんだろうよ」
「そんな、ヤシロじゃあるまいし」
でなきゃ、なんでそこの末期患者は身もだえてるんだ? 説明できるか?
つか、いいから離れろ。顔が近いんだよ。ちょっとドキドキすんだろが。
「自分、えぇ表情するなぁ……麗人×わんぱく…………有りやわぁ……」
おかしな記号で俺を表現すんじゃねぇよ。
あと、誰がわんぱくだ。
「ヤシロさ~ん、エステラさ~ん!」
俺が謎の偏頭痛を覚え始めていると、ジネットが教会から出てきた。
ひらひらのエプロンを翻しながらこちらへと駆けてくる。
「ご飯の準備が整いましたよ~!」
「まさかの横攻めっ!?」
「ふぇえっ!?」
レジーナの奇声にジネットが身をすくませる。
「……いや、でもそうなると攻めと受けが逆に……? まさか、この美人さんがあの人の彼女ってことはないやろうし……だって、恋人おらへん言うてたし…………」
「あ、あの……ヤシロさん。こちらの方は?」
「自分が患ってる病が治せない薬剤師だ」
「は、はぁ……病?」
「美男美女のカップルに割り込む中の下…………でも麗人はそんな中の下が気になって……」
「誰が中の下だ、こら」
つか、もうお前黙れよ……
「話の流れ的に、やっぱりボクは男だと思われているようだね……」
「残念ながらな。そして、俺とデキていると勘違いされている」
「んなっ!? ボ、ボクと、き、君がっ!? こ、ここ、困るよ、そんな勘違い! ふ、不名誉だ!」
不名誉は、『俺の恋人疑惑』以前に、『男とデキてる男疑惑』に言ってくれ。
「そこの、可愛いお姉ちゃん!」
「ぅえっ!? わ、わたしですか!?」
レジーナにロックオンされたジネットが身をすくめる。
高レベルの警戒態勢だ。
「この二人の愛は本物や……可哀想やけど、その麗人のことは諦め……」
「え、え!? あ、愛って……えっ!?」
「落ち着けジネット。まともに取り合うと感染するから、少し耳を塞いでいろ」
俺は、暴走するレジーナに事実を説明した。…………のだが、妄想の世界にどっぷり浸ったレジーナの聞く耳は完全に腐り落ちていたようで……俺の言葉は鼓膜にまで到達していないようだった。
仕方ないので、ジネットに「こいつは、エステラを男と思い込み、且つ、エステラとジネットが恋仲にあり、さらには俺と三角関係にあると思い込んでいる」と説明しておいた。
「そんな……ヤシロさんとエステラさんがわたしを取り合うなんて……恐れ多いです」
――と、変な恐縮の仕方をしていたジネットだが……悪い、取り合ってるのお前じゃないんだ、レジーナの設定の中では。まぁ、そこには触れないけども。
そんなわけで、レジーナの病については、今後一切ノータッチを貫くことに決めた。
……触れてもいいことなど何もない。妄想するだけでこちらに害がないのであれば好きにさせておくさ……
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