「さぁ。多数決を始めようか」
俺の一声に、室内全体に嫌な空気が広がっていく。
緊張感と嫌悪感。
いい具合に混ざり合って、各々が各々を警戒している。
「誰か、机を整理してくれないか? あと、俺用の机を頼む。ほら、俺、議長だから」
にこやかに言ってやると、憎々しげな表情ながらも、銀髪Eカップの給仕長が給仕たちに合図を出した。
給仕たちがさっと駆け寄ってきて倒れたテーブル、汚れたクロス、零れた飲み物などを片付け、綺麗な物へと交換していく。
そして、俺の目の前にテーブルを持ってきてくれたのは、その給仕長本人だった。
「ありがとう。名前は?」
「……答える義務はないです」
「聞く権利はあるだろう?」
「………………」
鋭い瞳が無言で俺を睨みつける。
「多数決、採ってやろうか? 名前を教えるべきかどうか」
「愚かな真似はやめてください。多数決は神聖な儀式なのですよ」
何言ってんだよ。
化かし合いの道具じゃねぇか。
「…………イネスです」
ぼそっと呟き、俺をもう一睨みしてから銀髪Eカップの給仕長――イネスは、ゲラーシーのもとへと戻っていった。
「ヤシロ様」
イネスを見送った直後、ナタリアとギルベルタがそっと俺に近付いてきた。
「ナタリアです」
「知ってるけど!?」
「ギルベルタいう、私は」
「だから知ってるから!」
なに張り合ってんだよ!?
「乳の大きな女性の名前を記憶しておきたい気持ちは重々お察ししますが」
「そういうんじゃないから!」
「デボラいう、二十三区の給仕長は、ちなみに」
「だから、巨乳の名前とか別に集めてねぇから! で、『ちなみに』の場所後ろ過ぎるからな、ギルベルタ!?」
思いがけず、褐色Dカップ給仕長の名前までゲットしてしまった。
ゲットしたかったんじゃねぇっつの。
「多数決の感触を知りたくてな」
生の声というヤツだ。
領主たちが決めるこの多数決。周りの連中はどう思ってるんだろうと思ったのだ。
仮に、ここで俺が領主どもを丸め込んで、こっちに都合のいい条件を飲ませたとする。
その際に、周りの連中が「多数決なんてくだらねぇ」という感情を持っているのであれば、領民たちからの不平不満、突き上げを喰らって領主が日和る可能性がある。
領民たちの手前、意地でもこちらの条件を飲まない――なんてこともあり得るわけだ。
だが。
イネスは言った。「多数決は神聖な儀式」なのだと。
多数決に対する領民の意識がそういうものであるなら、「多数決で決まったのなら仕方がない」という空気が出来上がることだろう。
領民の意識が「くだらない」に向いていた場合、「領民のために」「領民が望んでいるのは」「領民を導けるのはお前たち領主だけだ」的な方向へ誘導しようと思っていたのだが、そうでないなら話は簡単だ。
領民が多数決を神聖なものとして受け取っているのであれば、領主をそそのかしてやるだけでいい。
目に見える形で損得を突きつけてやればそれでいいのだ。心に訴えかける必要もない。実にドライなビジネスだ。
こいつは、やりやすいな。
「さて、そろそろ準備は整ったかな?」
イネスたちの働きによって、会議室内は元通りになっていた。
さて、まずは小手調べだ。
「確認するが、先ほどの多数決で、今回の多数決に参加できないのはドニスとトレーシー、それからゲラーシーってことでいいな?」
「……ふん」
ドニスが鼻を鳴らしただけで、他の面々は口を開かなかった。
お~お~、ゲラーシーが怖い顔で睨んでやがること。
そう拗ねるなよ。ちゃんとお前の出番も作ってやるから。
お前には、まだまだ踊ってもらわなきゃいけないからな。
「なぁ、お前ら。『BU』として考えろよ」
何も言わなかった他の領主へと言葉を向ける。
二十三区、二十五区、二十六区、二十八区の四領主だ。
他人事だと油断していると、足をすくわれるぞ。
「議長は、公正な方法により、この俺に決まったわけだが――」
二十三区領主が分かりやすく眉間にしわを寄せる。
「――お前ら、本当に四人でいいのか?」
さながら魔王のように両腕を広げてみせる。
不敵な笑みを浮かべ。
「四人がかりでなら俺に勝てる……本気でそう思っているのか?」
四対一。
多数決ならば絶対的に有利な条件だろう。
だが、俺は議長だ。票を投じる立場ではない。
場を支配する者だ。
「もう一度聞くぞ、よく考えろ…………お前ら四人で、本当にいいんだな?」
ゴクリと、二十八区領主が唾を飲み込む。
手堅く手に入れようとした小さな勝利すら危ういのではないのか? そんな強迫観念に襲われているのだろう。
「古株のドニスに、癇癪姫トレーシー……進行係を務める現リーダーのゲラーシーを欠いて…………『本当に』四人『だけ』で、いいんだな?」
ところどころ強調してしゃべる。
特に意味はない。
おそらく、四人で意見を合わせれば不具合は生じないだろう。
だが、意味不明な思考回路をした謎の男の正体不明の自信というのは、とにかく恐ろしい。
まして、いつも場を律していたゲラーシーやドニスを欠いた今、こいつらには寄る辺もないのだ。
四対一なら絶対勝てる――と、自信を持って言えるヤツは、この中にはいない。
二十三区領主ですら、ここ一番では言葉を濁す。
ドニスレベルの頑固ジジイがもう一人いたら、厄介だったろうけどな。
二十五区の領主が落ち着きなく体を揺すり、ちらちらと隣のドニスを窺い始める。
よし、引っかかった。
「返事がないってことは大丈夫なんだな。じゃあ、多数決を始めるか」
「あ……っ!」
二十五区領主が横を向いたタイミングで話をまとめる。と、『思わず』二十五区領主が声を上げた。
決めかねている時に急に締め切られると、人は思わず声を漏らしてしまうものだ。
二十五区領主のように、言いたいことがはっきりと言えない優柔不断な男の場合は、特に。
「……なんだ? 何か意見があるのか?」
しかし、その短い一言を、俺は聞き逃さない。決して逃がさない。
声を上げてしまったという事実から、二十五区領主は知らんぷりを封じられた。
全員の視線が集中した中で「なんでもない」とは、言えないだろう。
もしそんなことを口にすれば、「意見がないのであれば、お前が抜けろ。それで奇数になる」と、言われかねない。それくらいの危機感は、さすがに持っているだろう。……と、信じたい。
「あ、いや……」
「特に意見がないなら、現在四人で偶数だから、あと一人は二十五区の……」
「いや、待ってくれ!」
俺の言葉を慌てて遮る。
よかったよかった。一応危機感は持っていたようだ。そこまで救いようのないバカってわけではないみたいだな。
「意見は……ある。ただ、……少し、待ってほしい」
厳めしい顔で肩を上下させる二十五区領主。
深呼吸しているのを隠したいのか、随分と細い息で呼吸を繰り返す。……バレてるっつの。
「ぎ……、議長がっ……ごほん。……失礼」
話し始めた途端声がひっくり返り、二十五区領主は断りを入れてから水を飲む。
一息ついてから、改めて口を開く。
一言ずつ確認しながら、ゆっくりと。
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