ハム摩呂と別れて、俺とエステラは大広場へ向かって歩き出す。
魔獣のソーセージをかじりながら。
「うわっ、辛っ!」
エステラが口を押さえ、顔からソーセージを遠ざける。
辛いのダメじゃねぇか。
「確かに、ちょっと辛いな。飲み物がないとつらいぞ、これ」
俺も一口かじってみるが、舌がしびれた。
これを、炭酸たっぷりのビールで流し込めば相当な刺激になるはずだ。
オッサンどもの唸り声が店内にこだまするってのは、誇張ではないのかもな。
なるほど、自信作ね。
「……ハム摩呂にあげればよかった」
「泣くぞ、あいつ」
子供にはつらい辛さだ。
「よし、ウーマロに食わせよう」
「なるほど。それは名案だね」
悪ぅ~い笑顔をした領主が隣にいる。
まぁ、エステラの食べかけは絶対食わないと思うけどな。
俺のなら食うだろう。よし、食わせよう。
悪だくみをしてくつくつと笑い合う。
「随分と楽しそうですね、デートですか?」
「ぅおう!? ナタリア!?」
俺とエステラの間から、ナタリアの顔がぬっと出現して、俺とエステラは左右へと飛びのいた。
「ど、どこがデートなのさ!? 視察だよ! 巡回!」
「軽食を片手に楽し気にハロウィンの飾りを見て回る……完全なる食べ歩きデートではないですか」
「だからっ、そういうんじゃなくて……!」
「美味しそうですねー…………じぃ」
ナタリアがエステラの持つ魔獣のソーセージをガン見している。
なんか拗ねてるなぁ、ナタリア。
エステラ、一口分けてやれよ。それで機嫌が直るだろうから。
「分かったよ。食べかけだけど、一口食べるかい?」
「いえ、ばっちぃので」
「敬意をどこに置き忘れてきたんだい、君は!?」
主の食べかけを『ばっちぃ』呼ばわりする給仕長。
こいつを模範に給仕が育ったら、さぞ面白い集団になるんだろうな。
「というわけで、ヤシロ様。ゴチになります」
「俺のはばっちくないのかよ?」
「ヤシロ様の場合、適度にばっちぃ方が、なんといいますか、こう……穢されている感が背徳的で……」
「よし、もう黙れ」
「なんですか、人をレジーナさんのように」
「似たようなもんだ、もはや」
羞恥心はなくさず持っていようぜ、レディース&ウィメン。
「あの、でもですね。さすがにヤシロ様が口をつけたところは恥ずかしいので、この辺りをいただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って、ソーセージの側面を遠慮がちに指さす。
先端は俺がかじったから、口のついていないところを一齧りしたいのだろう。
やや顔を背けているナタリアの頬がうっすらと桜色に染まっている。
……そういう恥じらいがあるなら、発言と行動をもうちょっとまともにしてもらいたいもんだ。
「いいぞ。ほれ」
「では、失礼して」
ソーセージを差し出すと、ナタリアはソーセージを持つ俺の手をそっと握る。
自分で持つようにと差し出したにも関わらず、俺の手に自分の手を添えて、俺に持たせたままソーセージに顔を近付けるナタリア。
そして、唇がソーセージに触れそうになると、んべっと舌をのぞかせてソーセージの根元から一気に側面をべろぉ~んっと舐めた。
「って、おい!?」
「美味しいですね。あとはどうぞ」
「食えるか!」
ソーセージの側面、一辺全部お前の唾液まみれじゃねぇか!
「しかし、『あの彼はなぁ、美女に唾を吐きかけられて大喜びするようなドMな側面もきっと持ってはるはずやで~』と、某薬剤師さんが」
「正体隠す気ないだろ!? 丸分かりだし、そんな性癖は持ち合わせてねぇ!」
こういう悪意ある悪ふざけが、ゆくゆく真実のように語られたりするから怖いんだよなぁ、この街!
発芽する前に蒔かれた種をほじくり返して根絶させておかなければ。
「責任を持って全部食えよ」
「仕方ありませんね。いただきましょう」
最初からそれを狙っていたとしか思えないような顔でソーセージを受け取るナタリア。
だったらエステラのを強奪すればよかったのに。
「私は、こんな白昼堂々と殿方と同じものを食べ歩くなんて破廉恥な真似は出来ませんので」
「ど、どこが破廉恥なのさ!? 普通だよ、普通!」
「『初めて出来た彼ぴっぴなの~、みんな幸せなわたぴたちを見て見て~!』みたいな痛さがありますよね」
「ないよ! 『わたぴたち』とか絶対言わないし!」
「今朝からそわそわしていたのは、これが原因ですか」
「そ、そわそわなんかしてなかったから! た、たまたま見かけたから、視察を手伝ってもらっただけで、ボクは別に……」
「では、今現在、勝負パンツを穿いていないことを、この場で証明してください! オープン・ザ・パンツ!」
「見せられるわけないだろう!?」
「いや、ちょっと見てみよう」
「君は黙っててくれるかな、ヤシロ!?」
顔を合わせばいつも賑やかになる主従が大通りでギャーギャーと騒ぎ立て、最終的に激辛ソーセージ早食い対決で勝負をすることとなり、エステラが僅差でナタリアに敗れ、「仕事を押しつけておきながらちょっと楽しんじゃってごめんなさい」と言わされたところでようやくナタリアの機嫌が直った。
いいのか、お前らの関係、それで。
その後、ウーマロたちと合流しハロウィンの飾り付けについてミーティングをした。
領主と給仕長が食いついて、このシャドーアートは住民たちへのサプライズとして大々的に行うことが決まった。
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