異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

323話 呪いか否か -2-

公開日時: 2021年12月27日(月) 20:01
文字数:3,373

 この場所にいる者は、誰もが協力を惜しまないという面構えだ。

 

「まずは洞窟の調査が必要ですわね。ワタクシが先導いたしますわ。これでも、ウチの木こりたちに混ざって頻繁に港まで出向いていますのよ」

「洞窟の中はオイラが案内するッス」

「船の操舵は任せてね~☆」

「でもさ、全員は乗れないよね? あたしは泳げるからいいけど、ネフェリーは無理だよね?」

「失礼ね! パウラほどじゃないけど、私だってちょっとは泳げるんだから」

「あのなぁ、嬢ちゃんたち。あの海は仮にも外の森の中なんだぜ。無防備に海に浮かぶなんて、オレら狩人でもやらねぇぞ」

「んじゃあ、船を増やすか! なぁ、誰か船作れるヤツいるか? アッスント、船って売ってないか?」

「デリアさん……それはさすがに無茶ぶり過ぎますよ。ですが、材料を揃えるくらいはやってみせましょう」

「ふん、船なんてもんは、タンスを横に寝かせたようなもんじゃろう。ワシが作ってやるわい」

「全然違うのよ、ゼルマル。張り切り過ぎると体に障るわ」

「かーっ! ワシを年寄り扱いするんじゃない、ムム!」

「「「いや、年寄りじゃん」」」

「じゃかましいぞ、若造ども!」

 

 わいわいと、今自分たちに何が出来るかを話し合う一同。

 その様を、エステラは少々呆けた顔で眺めていた。

 

 いや、まぁ。俺もちょっと驚いている。

 

 だってよ……

 かつて『湿地帯の大病』が発生した時は、西側にいた者たちが全員逃げ出したんだろ?

 だから、陽だまり亭のそばや教会の近くには民家がないんだ。

 モーマットの畑も、東寄りの場所をメインに使っていた。西側の畑はその多くが長らく放置されていたのだ。

 

 それくらいに、四十二区の者たちにとって『湿地帯の大病』は恐ろしいものだった。

 もう何年も前の話だとしても、その記憶は強烈にこいつらの頭の中に刻み込まれているはずだ。

 

 怖くないわけがない。

 知り合いや大切な人が、為す術なく命を散らしたのだ。

 忘れることなんか出来るはずがない。

 

 俺だって、何年経とうが……弱者を虐げて嘲うクズを見ると頭がカーッとなっちまう。きっと、この先何十年経とうが、それは変わらないと思う。

 

 なのに、こいつらは全員乗り気なのだ。

 自らが疑惑の洞窟に乗り込んで真実を突き止めてやろうなんて、目をギラギラさせている。

 

 

 もし本当に、『呪い』なんてものが存在すれば、次に失われる命は自分かもしれないってのに。

 

 

 デリアやミリィ、パウラは自身の親のことがあるため、少々ムキになっている感はある。

 ノーマやネフェリーは人がよすぎるのだろう。

 ウーマロやウッセ、そしてイメルダは妙な正義感に駆られているように見える。

 そして、かつて『湿地帯の大病』が発生した時に何も出来なかったゼルマルたちでさえ、今回は一歩も引かないという強い意志を見せている。

 

「まったく……」

 

 エステラが小さく息を吐く。

 

「最高過ぎるよ、我が愛すべき領民たちは」

 

 エステラの声が少し揺れる。

 泣くなよ。まだ、その時じゃない。

 

「こほん」と咳払いをして、誰が何をするべきかと熱く議論を繰り広げる者たちへ向けてエステラが声を発する。

 

「はい、ちょっと落ち着いて!」

「「「え、お乳?」」」

「ヤシロ、ちょっと三歩ほど下がって! 悪影響が出てる」

「俺のせいじゃねぇだろ、今のは、どう考えても」

 

 俺が降りるぞ、今回の件。

 ……ったく。

 

「洞窟は広いけれど、通路はそこまで大きくないんだ。それに、人が増えれば目が行き届かなくなって不慮の事故が起こりやすくなる。洞窟の調査は厳選した少数精鋭で挑むつもりだよ」

「あたい行く!」

「み、みりぃも!」

「ミリィは荒事に向いてないし、デリアは調査に向いてないさね」

 

 おぉう、辛辣だなノーマ。

 まぁ、その通りだけども。

 

「だから、アタシが行くさね」

「でもノーマ、結婚できないまま死んじまうかもしれないぞ?」

「死なないし結婚もするさよ! 意地でもねっ!」

 

 ……うん。デリアの方が辛辣だったわ。

 

「そうさね。大丈夫、死にゃしないさよ。なんせ、四十二区には――」

 

 レジーナがいる。

 そんな言葉が続くのかと思っていると、ノーマが、そしてデリアやミリィ、パウラたちが一斉に俺を見た。

 

「――ヤシロがいるからね」

「いや、なんで俺だよ!? 俺は流行り病の治療薬なんか作れねぇぞ」

「薬じゃないよ」

 

 ネフェリーが、ここにいる者を代表するように一歩前へ進み出て言う。

 

「ヤシロがいるっていうことが大事なの」

「俺は魔除けのシーサーか」

「しーさー?」

「なんでもない。俺の故郷のある地方の伝統だ」

 

 俺がいたところで、災害は起こるし、厄災は舞い込む。

 俺にはなんの御利益もないっつの。

 

「そうじゃなくてね、ヤシロが来てから四十二区って変わったじゃない? 以前よりもずっと明るくなって、楽しくなって、ちょっとやそっとじゃ破綻しない強い街になった」

「ヤシロとエステラがすっごく頑張ってくれたからね。カンタルチカも大儲けさせてもらってるよ」

「みりぃも、今の四十二区が、一番好き、だょ」

 

 明るくなった。

 それは、この街もだが、この街に住む者たちの表情もだ。

 どいつもこいつも、底抜けに明るい顔で笑うようになった。

 

「私ね、以前の四十二区だったら、きっと何も出来なかったと思う。私が何かしたって、どうせ何も変わらないって。きっとうまくいかないって」

「でも、ヤシロとエステラはあたしたちに見せてくれた。頑張れば望みは叶うんだってことを」

「そうさね。もし万が一、アタシに何かあっても、今の四十二区なら大丈夫って思えるさよ」

 

 ネフェリーが、パウラが、そしてノーマが言う。

 この街は、本当に変わったのだ。ここに住む者たちの心と一緒に。

 

「もぅ、のーまさん。そんな悲しいこと、言っちゃ、ゃだ、ょ」

「大丈夫さよ。そうそうくたばってやるつもりなんかないからさ。もし万が一にもって話さね」

「そうだぞ、ミリィ。ノーマのことは、あたいがきっちり守ってやるから安心してろ。ノーマが嫁に行くまでは、あたいがしっかり守ってやる」

「ちょっ!? やめておくれな! うっかりトキメキかけたさね!」

 

 デリアとノーマが結婚したら、さぞ頑丈な子供が生まれそうだ。

 そんな馬鹿げた想像をして、思わず頬が緩む。

 

「陽だまり亭の穀潰し」

 

 みんなが柔らかい表情を見せる中、年中しかめっ面の頑固ジジイが俺を呼ぶ。

 

「今度は、ワシも逃げ出さんぞ。老い先短い人生、……もう、後悔をしながら日々を過ごすのは御免じゃい」

「ゼルマル……」

 

 祖父さんを失ったジネットを見捨てて離れてしまった負い目に、ゼルマルはずっと苦しんできたのだろう。

 素直じゃないこの爺さんの言いたいことを、俺が代わりに言葉にしてやろう。

 

「つまり、今この場で息の根を止めてほしいと、そういうわけだな?」

「違うわっ!」

「遠慮すんなって。デリア、マグダ」

「殺傷能力トップ2を指名するな、このたわけ者がっ!」

 

 ゼルマルがボッバとフロフトの背中に身を隠す。

 ムム婆さんがそんな様を見てにこにことしている。

 

 テメェが湿っぽくなると、ジネットが気にするんだっつーの。

 お前の意思を汲んで精々こき使ってやるから、黙って見えないところで馬車馬のように働いてろ。

 

 あ~ぁ、まったく。

 

「大したもんだな、お前んとこの領民は」

「…………うん」

 

 これまで行ってきた改革が、領民の心に届いていた。

 それを見せつけられて、エステラが瞳を潤ませている。

 必死に涙をこらえて、不格好な笑みを口元に浮かべる。

 

「だろぅ? 最高なんだから、ウチの領民は……」

 

 あとは、ジネットに任せるか。

 

 視線を向ければ、ジネットがエステラのそばに歩み寄り、そっと手を取った。

 ジネットに抱きつき、エステラが声を殺して泣く。

 ぽ~んぽんと、背中を叩くジネットの手は、生まれたての子猫を撫でる時のように優しかった。

 

 こいつらの意思はよく分かった。

 こうなったらとことんまで巻き込んでやる。

 

 徹底解明だ。

 

 

 

「ヤシロさん」

 

 

 

 ここに集まった大勢の者たちの心が同じ方向を向いて重なり合おうとしている雰囲気の中、ベルティーナが俺の名を呼んだ。

 

 とても静かな――微かに冷たい瞳で。

 

「一つ、お伺いします」

 

 

 そして、普段はあまり見せることのない、感情のない表情で俺に問う。

 

 

 

「ヤシロさんは、精霊神様の『呪い』が実在すると思いますか?」

 

 

 

 他の誰でもないベルティーナからの問いに、俺は真っ向からぶつかってやることにした。

 心意気を見せた、この街の連中に報いるって意味合いも込めて、な。

 

 

 

 

 

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