異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

20話 新装開店 -4-

公開日時: 2020年10月19日(月) 20:01
文字数:2,430

 ここでようやくウーマロが反応を見せた。

 まぁ、分からなくはない。

 

 実は、これまでの食事は「出掛ける用事がある」とかなんとか理由をつけて、ジネットには一切給仕させていなかったのだ。ジネットはあくまで作るまでで、ウーマロたちは鍋に入っている飯を自分でよそい、男三人でそれを食っていた。

 なんとも味気のない食事だったことだろう。

 

「これからは、ジネットとマグダが、お前たちの食事風景を華やかに彩ってくれることだろう」

「……華やかに……ッスか」

 

 ウーマロの心が揺れ始めている。

 ここは推しどころだ。

 

「……それに、見てみろ……あの制服を」

 

 耳元で囁く、ウーマロの視線がジネットとマグダに注がれる。

 

「可愛いだろ? 天使のような無垢な可愛らしさの中に、さり気なく含まれている『エロス』……正直、俺ならあの制服だけでドンブリ飯三杯はいける」

 

 ウーマロの喉がごくりと鳴る。

 こいつは、ジネットと面と向かって話せないほど女に免疫がない。

 きっと、見ているだけでも十分刺激的なはずだ。

 それが毎日続く…………その環境がどれだけ魅力的か、こいつも気付き始めたことだろう。

 

 よし、もうひと押しだな。

 

「一日頑張って働いて、いい仕事したなぁって充実感と心地いい疲労感に満たされながら、夜この店を訪れる」

 

 その光景を想像しやすいように、俺はゆっくりと、落ち着いた声で語りかける。

 ウーマロはまぶたを閉じ、アゴを少し上げる。斜め上を見上げるような格好で、ウーマロは今、俺の誘導する通りの情景を脳裏に浮かべていることだろう。

 ふと見ると、ヤンボルドとグーズーヤも同じ格好で目を閉じていた。

 

 俺は静かに手招きをして、ジネットとマグダを呼び寄せる。

 唇に人差し指を当て、「しー」と合図して、静かに二人を所定の位置につかせる。

 だいたい、ウーマロの1.5メートルくらい前だ。

 

「『いや~。今日はいい仕事が出来たなぁ』『頑張った分、腹ペコペコですねぇ』そんな会話をしながら、お前たちはこの店のドアをゆっくりと開くんだ。暗い闇を照らすように、柔らかい光が店内から差してきて、いい香りと優しい空気が、疲れたお前たちを迎えてくれる。そして……」

 

 俺はジネットとマグダに視線で合図をする。

 マグダは俺の意図を汲み取ったようで、こくりと頷きを返してくれた。

 が、ジネットはきょとんとした顔をして小首を傾げている。

 あぁ、もう、しょうがないヤツだな。

 

 俺が説明に行こうかとした時、マグダが動いた。

 マグダは背伸びをして、ジネットに耳打ちをする。

 一瞬驚いた表情を見せるジネットだが、理解したようでこくりと頷いた。

 

 さぁ、とどめだ。

 

「――そして、ドアを開けてお前たちが最初に目にする光景が、これだ」

 

 そう言いながらウーマロの背中をポンと軽く押す。

 それに合わせてウーマロがまぶたを開ける。

 ヤンボルドとグーズーヤも同時に目を開く。

 彼らの目の前には、ジネットとマグダが並んで立っており、少し恥ずかしそうにはにかんだ表情を見せている。

 そして、二人揃ってお辞儀をしながら――このセリフだ。

 

「「お帰りなさいませ、ご主人さま」」

「「「ただいまぁー!!」」」

 

 よし。陥落。

 

「なんッスか!? ここは天国ッスか!?」

「一日の疲れ……吹き飛ぶ」

「ヤバいっすって! ジネットさん、破壊力ハンパないっすって!」

 

 大好評だ。

 これは、イケるかもしれない!

『陽だまり亭・メイド喫茶化計画!』

 オムライスに顔でも描いて「美味しくな~れ」とかやるだけで5千円くらい取れそうだ。

 

「や……で、でも……さすがに、それでリフォーム代をチャラにするのは……」

 

 あと一歩というところで、ウーマロがぐずり始めた。

 えぇい、女々しいヤツめ。そこはもう潔く即決する場面だろうが!

 

「それに、オイラ……どうせまともに見ることも出来ないッスし……」

 

 ここにきてシャイボーイ発揮してんじゃねぇよ!

 あの巨乳がタダで見られるんだぞ!? それを棒に振るなんて男じゃないぞ!

 

「なぜだ……揺れか? 揺れが足りないのか? 床をもっとぽよんぽよんにして、ジネットが歩く度にもっとゆっさゆっさした方がいいのか……」

「ヤシロさん、声に出てますよ!? そんな床、危なくてダメですからね!」

 

 ジネットは最強の武器(おっぱい)を両手で隠し、カウンターの奥へと隠れてしまった。

 くそ……もうひと押しだというのに……

 

「………………」

 

 ふと、視線がマグダに向いた。

 マグダは、何かを訴えかけるような目で俺をジッと見つめていた。

 感情が読み取りにくいその虚ろな目から懸命にマグダの本心を読み解くと……

 

「……(任せて)」

 

 ――と、言っているように見えた。

 任せろったって……

 

「(お前のその胸じゃ無理だ!)」

 

 ――と、視線を送ると。

 

「……(四十秒で育てる)」

 

 ――と、返ってきた。

 いや、無茶言うなよ!

 で、その四十秒で支度するアニメって、こっちではやってないよね? 偶然? それともまた『強制翻訳魔法』がお茶目さんぶちかましたのか?

 

「まぁ、契約内容をきちんと確認しなかったオイラも悪いッスから、限界まで値引きはさせてもらうッスけど……」

 

 ウーマロが話をまとめに入ろうとしたところで、マグダがウーマロの前に立ちはだかった。

 

「な、……なんッスか?」

 

 半歩身を引き身構えるウーマロに、マグダは穢れなき目で熱い視線を送る。

 

「……ご飯、食べに来て」

「や、でもッスね……こっちも生活が……」

「……マグダたちと、ご飯…………嫌?」

「うぐっ!?」

 

 ウーマロの心に、目には見えない刃が突き刺さった。

 そこへすかさず、マグダの追撃が入る。

 

「…………マグダ、頑張るよ?」

 

 不安を内包したまっすぐな瞳がウーマロを捉える。

 こてんと傾けられた小さな頭。髪の毛がさらりと落ちてマグダの顔の前で揺れる。ネコ耳が、寂しげに揺れている。

 

「……うっ」

 

 ウーマロが心臓を押さえ、一歩後ずさった。

 こ、これは…………イケる?

 

「で、でも…………オイラたちもプロなんで……」

 

 くぅ、しぶとい!

 ならば、揺れる消費者(詐欺師的にはカモと呼ぶ)を一発で堕とす秘策……

『期限切れ』を発動する!

 

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