異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

184話 新人アルバイト -3-

公開日時: 2021年3月17日(水) 20:01
文字数:2,456

「こんにちわッスー! 夕飯を食べに来たッスよ~!」

「いらっしゃれ!」

「ふぉーうっ!? だ、だだ、誰ッスか、こここ、この美人さんはぁ!?」

 

 なんとタイミングの悪い……

 店に入ってきたのは、ウーマロだった。

 あいつは、どんな失礼を働いても問題ない半面、女性に対して緊張し過ぎるのでロレッタやジネットですらまともな接客が出来ない唯一の常連客なのだ。

 難易度はかなり高い。

 ……つか、変わった噛み方をしたな、トレーシー。

 

「お、お仕事は何をされているんですか!?」

「へっ!? あの!? いや、オイラ……!」

「おったてますか!?」

「なんか美人の口から飛び出しちゃいけない言葉が聞こえたッス!?」

「ヒ、ヒジ! あの、ヒジを摺り下ろしましょうか!?」

「怖いッス!? この美人さん、なんかすごく怖いッスよ!?」

 

 ロレッタの真似をしようと、さっき聞いた会話を踏襲しようとしたのだろうが……誰がいつヒジを摺り下ろしたんだよ……

 

「つ、唾をおかけしましょうか!?」

「ヤシロさぁーん! 大至急状況の説明をお願いしたいッス! なんなんッスか、これ!?」

 

 散々だ……

 唾かけプレイなんてサービス、ウチではやってねぇんだよ。

 だからな、大工ども。ウーマロの後ろに並ぼうとしてんじゃねぇよ。出禁にすんぞ、お前ら全員。

 

「ネネ。とりあえず、トレーシーをジネットのところへ連れて行ってくれるか?」

「え……店長さんのところへ、ですか?」

「あぁ……『唾をおかけしましょうか』には、罰が必要だ」

「あぁ……おいたわしい……トレーシーさ………………『ん』!」

 

 ネネ、ギリギリセーフ。

 

 まぁとりあえず、頭を冷やす意味も込めて、かる~く頭の冴えるつぼでも押してもらってくればいい。

 ネネが遠慮がちに近付いて、トレーシーへと耳打ちをする。

 その瞬間、トレーシーが膝から床へ崩れ落ちた。……ショック、デカいな……

 

 かくして、数分後に厨房からもうすでに聞き慣れた感の出始めた悲鳴が轟き、涙目のトレーシーとエステラが二人揃って戻ってきた。

 

「……エステラ様。領民の暮らしというのは、かくも厳しいものなのですね……」

「はは……今日は、特別だよ……」

「私、領民に優しい領主になれるよう、一層努力します」

「うん。それはいいことだと思うよ……そう思うようになった理由は、ちょっとアレだけど」

 

 なんだか、領主間の絆が強くなったようだ。

 ジネット。お前、外交の役に立ったみたいだぞ。そのうち『足つぼ大臣』とかに任命されんじゃねぇか。

 

「……ヤシロ」

 

 トレーシーに代わってウーマロの接客をしていたマグダが、俺のもとへとやって来る。

 何かを悟ったような、少し成長したような雰囲気を身に纏って。

 

「……最初は、きっちりと基本を覚えてもらうところから始めることにする」

「あぁ、そうしてやれ。つか、俺、最初にそう言ったよな?」

「……トレーシーは、獅子じゃない」

「それも、俺は分かってたんだ」

 

 マグダの教育方針が変わったことで、その日は接客業の基本を教え込むことに終始した。

 挨拶の仕方。注文の取り方。食器の片付け方に、テーブルメイク。

 

 いつもの常連が見守る中、懸命に仕事を覚えようとする二人は、その見た目も相まって、あっという間に人気者になっていた。

 テーブルを拭けば拍手が起こり、食器を下げる際には声援が飛び、挙句に「話がしたいから」と普段は頼まないデザートを頼むヤツが続出した。

 ……オッサンども、分かりやすいな。

 

 日が落ちる頃には、二人とも拙いながらもそれなりに職務をこなせるようになっていた。

 誰が言い触らしたの知らんが、新人バイトが奮闘しているという噂が流れたようで、男性客がどっと押し寄せてきやがった。

 

 客が増え、仕事が増えるとベテランでもテンパることがある。新人ならパニックだ。

 だが、そんないっぱいいっぱいな姿が客たちに受け、普段より数段落ちる行き届かないサービスが逆に好評だった。

 

 よく言えば、見守るような穏やかな空気に包まれて、新人バイトは懸命に働いていた。

 ……悪く言えば、「オッサンどものニヤニヤした視線に見つめられる中」ってことになるんだろうけどな。

 

「ふふ。なんだか楽しいですね、ネネさん」

「はい。とてもいいところですよね、トレーシー様」

「はいっ、ネネさん、アウトー!」

「ふにょ!? い、今のはうっかりで……な、無しです! 今のは無しで!」

「店長さ~ん、今ネネさんが~」

「トレーシーさん、告げ口とかよくないと思いま…………はぁあぅっ、店長さんが笑顔で手招きをっ!?」

 

 領主と給仕長という肩書から解放された二人は、仲のいい幼馴染に戻り、楽しそうに会話するようになっていた。

 きっと、昔はこんな風によく笑い合っていたのだろう。

 

「ふにゃぁぁぁああああっ!」

 

 ネネの悲鳴が定期的に聞かれる中、トレーシーは結局一度も癇癪を起こすことなくこの日を終えた。

 場の空気が穏やかだから、同調現象によって心が穏やかになっていたのだろう。

 

 あとは、二十七区に戻ってもそれを維持できるか、だな。

 

 ただまぁ。罰を受けるネネを、いたずらが成功した子供のような笑顔で見つめている姿を見れば、もう大丈夫な気がするけどな。

 

「ネネ~。しっかり反省するんですよ~」

「あっ! あぁー! 今! 今『ネネ』って呼び捨てにしました! しましたよ、店長さん!」

「い、今のは、いい呼び捨てですもん! 愛情がこもった呼び捨てだったので、今のはセーフの呼び捨てです!」

「いいえ、ルールはルールです! さぁ、店長さん、お仕置きをっ!」

「ネネッ! どうしてそう融通の利かない発言を!? こういう時は臨機応変に…………はぁあぅっ、店長さんが笑顔で手招きをっ!?」

「トレーシーさん。ご武運を」

「覚えておきなさいよ、ネネェー!」

 

 ま。こんだけ戯れられれば問題ないだろう。

 その後、トレーシーの悲鳴が三度轟いて、食堂内は笑いに包まれた。

 リアクション芸人扱いだな、二十七区の領主と給仕長。

 

 というか、ジネット……なんとなくなんだが…………ベルティーナに似てきている気がしないでもないな、あいつ。

 

 それから営業時間終了まで、ジネットはいつにもまして上機嫌だった。

 

 

 

 

 

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