「いい感じで必死さが出てるじゃねぇか」
爺さんから受け取った密偵書を見て、ゴッフレードがくつくつと喉を鳴らす。
カエルにされる瀬戸際だったのだ、その文字は相当に乱れているだろう。
さぞや、見つかり、逃げ、捕まる直前に走り書きしたような字に見えることだろう。
「じゃあ、この紙を……おぉ、いいヤツがいるじゃねぇか」
ゴッフレードが密偵書を持って一人の男に歩み寄る。
「こいつをウィシャートの館へ持って行き、門兵相手に『1万Rb寄越せ』と騒いでこい。『これを届ければ1万Rbもらえると言われた』と言ってな」
それが、ゴロツキの扱い方なのだろう。
ウィシャートにしてみれば、密偵書に覚えがあるわけで、それを「知らん」と突っぱねればゴロツキが騒ぎ出し、最悪自分たちの手の内を一つ晒すことになりかねない。
もっとも、ゴッフレードがわざわざ指定した密偵書だ。
有無を言わさず重要な伝達だと分かるようなものなのかもしれない。
表に漏らさないようにダミーまで用意していたところをみると、あの密偵書ってのはそれだけで信憑性を与えるものなのだろう。
「悪いが、俺はもうそんな仕事はしねぇんだ」
だが、ゴッフレードが声をかけた男はそれを断った。
ゴッフレードが顔を知っていたようだから、きっとどこかの区のゴロツキなのだろうが……
「領主様が新しい仕事をくださってな、そういう下らねぇことからは足を洗ったんだ」
「なんだと?」
少し意外そうな顔で、ゴッフレードがきょろきょろと群衆を見渡す。
「……確かに、随分と小奇麗な格好をしてやがるヤツが何人もいるな」
顔見知りのゴロツキに声を掛けたら、そいつはもうゴロツキをやめていた。
そんな状況らしい。
学生時代に突っ張っていたやんちゃ坊主が『全国制覇してくる!』とか粋がって都会に飛び出してさ、久しぶりに帰省してみればかつての友人はすべて就職して自分一人だけが取り残されて「え、どゆこと?」って戸惑ってるような、そんな悲哀を感じるなゴッフレード。
お前もいい加減大人になれ。
「狩猟ギルド頼みの一本やりしか出来ねぇあのボンボンが、新しい仕事をだと?」
あぁ、こいつら四十一区のゴロツキだったのか。
素敵やんアベニューやそれに伴う近隣の整備に工事、ついでに港の工事なんかもあって人手はいくらあっても足りない状況だ。
ゴロツキをやって腐ってる人材がいるなら尻を叩いてでも仕事に就かせる。そんな政策を行っているのだろう。
労働者支援ってジャンルになるのだろうが、リカルドの場合は『強制労働』って方がしっくりくるな。顔、怖いし。
「俺らは、普通の生活ってのを与えてくれた領主様に恩返しをするためにこの先の人生を生きると決めたんだ。悪いが、あんたの手足となって動くつもりはない」
「……何があったってんだよ。俺がバオクリエアに行っている間によ」
かつての知り合いの変わりぶりに、あからさまに狼狽するゴッフレード。
すっげぇクズだったのかもなぁ、こいつら。
今はまっとうになったってわけだ。よかったよかった。
「お前、バオクリエアに行ってたのか?」
「ん? あぁ。ノルベールの野郎がバオクリエアに戻ったんじゃねぇかと思ってよ」
戻った……か。
ゴッフレードの故郷がバオクリエアに併合された小国なのだとしたら、ノルベールももともとバオクリエア側の人間なのかもな。
「まぁ、空振りだったがよ」
「それでオールブルームを空けていたのか」
随分と長い期間空けていたようだ。
四十一区が生まれ変わったのは大食い大会前後からだから、それより前ということになる。
「あの野郎が行きそうな場所のあてが多過ぎてな。随分時間を食っちまった」
「無理して帰ってこなくてもよかったのに」
「けっ、言ってくれるな」
本心からの言葉なのだが、軽いイヤミだと思われたらしい。
なんなら、今すぐ出て行ってくれてもいいのに。
「だが、この密偵書が届かねぇと、ウィシャートはまた密偵を放つぜ」
「では、私がなんとかいたしましょう」
悪事から足を洗ったというゴロツキに代わり、アッスントが進み出て来る。
「おぉ、さすが悪事から足を洗っていないアッスント」
「……私は、基本的に悪事を働いていたというつもりはないのですよ? 少々、強引な儲け方をしていたというだけで」
はぁ!?
お前のアレが悪事じゃなきゃ、この世に悪事なんかほとんどなくなっちまうっつーの。
「けれど、アッスント。君が行くと目立つんじゃないのかい? ヤシロと君の関係が良好であることくらい、ウィシャートだって把握しているだろうし」
「え、俺とアッスントの関係って良好なの? 俺が把握してないんだけど」
「すこぶる良好ですよ、ヤシロさん。私が保証いたします」
胡散臭い保証だな。
『詐欺師が保証する、幸せになれる壺!』くらい胡散臭いな。
「心配には及びません。『BU』まで足を延ばせば、まだまだあぶく銭に執心している商人はおりますので」
にっこりと腹黒い笑みを浮かべるアッスント。
「未だにそのような程度の低い意識なのですから、上位支部といえど高が知れるというものですね」とか言ってやがる。
最下層支部の支部長が随分と上から目線で世間を見てんなぁ、おい。
「それじゃあ、その密偵書はアッスントに任せるとして、なんとか今日中に届くかい?」
「お任せください。では、私はこれで失礼します」
言って、足早にアッスントがその場を立ち去る。
アッスントに続いて数名の男がその場を離れる。行商ギルドの人間なのだろう。
「さて、君の話は少々刺激が強過ぎるきらいがあるので、出来れば密室で話をしたいのだけれど?」
エステラが迷惑そうに、ゴッフレードに向かって言う。
ゴッフレードがべらべらとしゃべるから、次々にいろんなヤツを巻き込んでいちいち騒ぎが大きくなる。
確かに、密室に連れ込んで少数で話をした方がよさそうだ。
「それじゃあ、テメェの寝所にでも招待してくれよ、領主様。……へへっ」
「笑えない冗談だね」
「クレアモナ家の敷地に半歩でも踏み込めば、首が胴体から切り離されると知りなさい」
容赦のない殺気を纏い、ナタリアがゴッフレードを睨みつける。
それを平然な顔で受け流すゴッフレード。この場でいきなり斬りかかってくることはないと分かっているからこその余裕だろう。ナタリアは常識人だからな。……仕事面では。
「イメルダの家も教会もダメだね」
ゴッフレードを招き入れたくないという理由でその辺は却下される。
NTA(なんかやる時にとりあえず集まる場所)は狭いので却下だ。
ゴッフレードを連れて行くとなると、最低でもメドラとハビエル、天敵のマーシャが必須になる。
俺とエステラも参加するとなるとナタリアも当然ついてくるし、おそらくベックマンも……ダメだ、あの場所では狭過ぎる。
距離が取れないと、ぷすっと毒殺――なんてこともないとは言い切れない。
気を許せない相手と狭い場所に閉じこもるのはやめた方がいい。
「では、陽だまり亭に――」
「いや、街門の外へ出よう」
こんな危険人物にすら平等に接しようとするジネット。
だが、陽だまり亭は絶対ない。
何より、俺が嫌だ。
見れば、マグダとロレッタも腕で大きく『×』を作っている。
「別に壁に囲まれている必要はないだろう。周りに誰もいなくなればそれでいい」
「けど、門の外は……さすがに危険だよね?」
エステラは消極的だ。
まぁ、壁なしなら、ここで人払いして話しても一緒なんだが。
「それならこうしたらどうだろう、ヤシロ君」
打開案を口にしたのは、オルキオだった。
「主要な人物だけ広場の端に集まり、その周りを木こりと狩人に警護してもらうんだ。目は届くが声は聞こえない、それくらいの位置に兵を配置するんだ。貴族の令嬢が出先の湖などで水浴びをする際に用いられる方法だよ」
見えるが内容は聞き取れない、開放的な密室を作るわけか。
他に方法はなさそうだ。
「じゃ、場所移動だな」
「みんなにはあとで説明するから、今は少人数で話をさせてね」
参加したがっていたデリアやロレッタたちに一言断って、俺たちは少人数で会場の隅へと移動を開始した。
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