「お兄ちゃん、妙案が思い浮かんだです!」
七号店のかき氷を完売させ、ロレッタが汗だくで戻ってくる。
「お姉ちゃん汗だく~」
三女がロレッタを見て声を上げる。すぐさまタオルを取りに厨房へ入っていく。気の利く三女だ。
「お姉ちゃん汗まみれ~汗臭~い」
一方の次女は鼻を摘まんでロレッタを指差して笑う。
奔放だ。
ロレッタが無言で次女のみぞおちにチョップをめり込ませている。
過激だな、お前ら姉妹の触れ合いは。
「臭い汁まみれの、我が姉やー!」
「汗ですよ!? 奇妙な呼び方しないでです!」
「はむまろ?」
「言ってないですよ!? え、言ってないですよね?」
ちょっと自信をなくすロレッタ。
うん。お前ら姉弟はそのくらいのレベルなんだろうな、全員。
「はい、お姉ちゃん。店長さんが一所懸命洗濯してくれた清潔なタオル。汚しちゃうけど、また店長さんの手を煩わせちゃうことになるけど、使わせてもらいなよ」
「使いにくいことこの上ないですよ!?」
「あの、大丈夫ですから、汗を拭いてください。風邪を引いてしまいますから」
三女の手からタオルを受け取りロレッタの顔を拭いてやるジネット。
三女は三女で、ちょっと遠慮し過ぎというか、何かにつけて「迷惑になるかも?」的な思想をしがちなんだよなぁ。
ロレッタくらいとは言わないが、もう少しだけ図太くなればいいと思う。
「お姉ちゃん。顔だけじゃダメだよ~。ちゃんと体も拭かないと~」
「ちょぉおおおいっ!? こんなところで服を捲り上げないでです!?」
甲斐甲斐しく姉を世話しようとする次女。
だが、客が大勢いる店の中でロレッタの服を捲り上げようとして怒られている。
まったく、しょうがないなぁ……
「ロレッタ、わがままを言うな!」
「あたしじゃないですよね、叱られるべきなのは!?」
次女の優しさを無駄にするんじゃない!
まったくもう。
「じゃあ、奥で体を拭いて着替えてこい。妙案があるとか言ってたけどどーせしょーもない話だろうから聞くつもりもないし」
「いやいやいや! 聞いてです! すごくいいこと思いついたですから!」
湿ったタオルを握りしめて詰め寄ってくるロレッタ。
「なんだよ? お前の汗が染み込んだタオルを競売にかけて、陽だまり亭の利益に貢献したいとかいう話か?」
「そんな話じゃないです!」
「500Rb」
「1000Rb!」
「えぇい、1500だ!」
「競らないでです、大工のみなさん!?」
むきー! っと牙を剥くロレッタを、微笑ましげに見つめる末期患者ども(大工のおっさんたち)。
こら、棟梁。お前が責任を持ってあいつらを躾けとけよ。
あぁ、ダメだ。
棟梁の症状が一番重いんだった。
「で、なんだよ?」
「豪雪期、部屋が足りないかもしれないと思ってですね、その打開策を考えてきたです」
「ほぅ。一応聞いてみるか」
「ウーマロさんに別棟を建ててもらえばいいです!」
はっはっはっ。
豪雪期まで一週間程度しかないのにか?
これからどんどん暑くなっていくこの猛暑期に休み無しで別棟を建てろと?
お前はウーマロに親でも殺されたのか?
なんで、そんなウーマロの寿命を目視できるほど削り取ろうとしてんだよ?
「なんだかんだ、みんな陽だまり亭が好きですから、いつでも泊まれるお部屋があるといいなと思ったです!」
「陽だまり亭は旅館じゃねぇんだよ」
「あっ! それいいです! 民宿陽だまり亭! これは流行るです!」
「あの、ロレッタさん。わたし、民宿経営は経験がありませんので……」
そんなもんを始めたら、人手がいくらあっても足りねぇっつの。
お前らを泊めるためにそんな仰々しいもんを造れるか。
「……時間がギリギリッスね……」
「って、なんで造ろうとしてんだ、この棟梁!?」
どうした?
暑さで脳が深刻なダメージを受けたのか?
それとも、ジネットのそばにい過ぎてブラックが薄いグレーに見えてるのか?
しっかりしろ。お前が足を踏み入れかけてるそこは、完全アウトなブラック企業だぞ。
「お祖父さんのお部屋を片付ければ、少しは寝る場所を確保できますよ?」
「そこまでしなくてもいい。雑魚寝が嫌なヤツは来るなと言っておけばいいんだよ」
そもそも、こちらが来てくださいと頼んでいるわけじゃない。
向こうが勝手に「泊まりたい!」と懇願してきているのだ。こちらが譲歩してやることなど何もない。
「ウーマロ。お前はまたフロアだからな?」
「えっ!? オイラ、また今年もお邪魔していいッスか!?」
「去年、押しかけてきて入り口で死にかけていた男の言葉とは思えんな」
「やはは……その節は、どーもッス」
遠慮する素振りを見せるウーマロだが、どうせ豪雪期になれば寂しくなって無意識で陽だまり亭に来てしまうのだ。
こいつの禁断症状は手遅れレベルだからな。
「陽だまり亭を事故物件にするわけにはいかないからな。死ぬ前に室内に入っておけ」
「ありがとうッス! これはいよいよ、別棟の建築を検討しなければいけないッスね!?」
「だから別棟はいらねぇっつってんだろ!?」
なんでそんなに働きたいのお前!?
ちょっと外出てみろよ。クッソ暑いだろう!?
ロレッタなんか、数時間外で移動販売してきただけで汗ぐっしょりなんだぞ?
干からびるぞ、そのうち。
「でもですね、お兄ちゃん。パウラさんとネフェリーさんも来るですから、結構狭いと思うですよ?」
「なんでそいつらまで来ることになってんだよ!?」
「カンタルチカの前を通ったら二人揃っていたので、声をかけておいたです」
「かけんなよ!?」
ここ、お前の職場ではあるけど、お前の家じゃないから!?
呼ぶなら自分家に呼べ!
「……実はですね」
と、一瞬入り口へ視線を向けてから、ロレッタが声を潜めて耳打ちしてくる。
「去年、マグダっちょが雪の中で倒れちゃったじゃないですか。その話を以前したんです。もし何かあった時にはさりげなく力になってあげてほしいですって」
こいつ、そんなことしてたのか。
俺やジネットの目が届かないところでマグダに何かあっても、助けてくれる人が多ければ安心は大きくなる。
マグダには内緒でセーフティネットを形成していたんだな。
「そしたら、『みんなでわいわい楽しくやってれば寂しくないでしょ』って」
「それで、あいつらも泊まりに来るって?」
「はいです。あ、でも、今年はカンタルチカでかまくらBARをやる予定だから初日に一泊だけしか出来ないって言ってたです」
豪雪期は初日が一番寒い。
急に気温が下がり、世界が真っ白に塗り替えられて、物悲しさを掻き立てるのはやはり初日が一番大きいだろう。
その初日を乗り切れば、二日目以降は幾分気分も落ち着いてくる、か。
「んじゃ、うまくかまくらを作る方法を伝授してやらなきゃな」
「それは必須って、パウラさん言ってたですよ」
パウラも、俺に甘えることで互いに遠慮し合うのをやめようという計らいだろうか。考え過ぎか?
まぁ、なんにせよ……
「今年は狭くなりそうだな」
「みんなでぎゅっとして寝るのは、楽しいですよ」
「そりゃ、お前んとこの弟妹はそうだろうけどさ……」
俺らは、ハムスターじゃないんでな。
ため息を漏らす俺を見て、ジネットがくすくすと笑みを零す。
「今年もきっと、楽しい豪雪期になりますね」
その笑顔が免罪符なのだろう。
面倒くさそうにぶーたれる『誰かさん』を説得するための。
みんな一緒なら、寂しくないですよね。と、何かにつけて自分に言い訳をする『誰かさん』に、「しゃーねーな」と思わせるための免罪符のつもりなんだろうなぁ……
その『誰かさん』が誰なのか、俺にはさ~っぱり見当もつかないけどな。
へいへい。
もう、好きなだけ泊まりに来ればいいんじゃねぇの?
家主の許可も出てるんだし。
ついでに、何か手伝いでもさせられれば、費用対効果の赤字も多少は軽減されることだろうよ。
「陽だまり亭が合宿所みたいになっちまったな」
「うふふ。たまになら、いいじゃないですか」
『たまに』なんてのは数年に一回あるかないかくらいの頻度のことを言うんだよ。
年に二度も三度もあるような場合は『しょっちゅう』って言うんだ。
「では、やはりオイラが別棟を……!」
「落ち着けい!」
なんでか妙に働きたがるウーマロ。
なんだ? 仕事で嫌なことでもあったのか?
気晴らしに家でも建てたい衝動に駆られてるのか?
メンドクサイくらい規模がデカいなお前の気晴らしは。
「仕事でヤなことでもあったのか?」
「う……そ、そういうんじゃないんッスけど……」
耳を寝かせて、らしくもなく辛気くさい表情を浮かべる。
なんだ、スランプか?
こいつの仕事は順風満帆そのものだと思っていたんだが……
「今はちょっと手が空いてるッスから、自分のレベルをアップさせたいなって思ってるだけッスよ」
あぁ、なんか行き詰まってるんだな。
それで我武者羅に何かをしたい衝動に駆られていると。
まぁ、分かる。
俺もうまくいかない時はとにかく数をこなして感覚を取り戻そうと躍起になることがある。
それは、他人が見ても分かりにくいくらいの誤差であったりするのだが、その「ほんのちょっと」が本人にとっては決定的に違うもので、ノドの奥に刺さった小骨みたいにずっと気になっちまうんだよな。
豪雪期を間近に控えた猛暑期に家を建てようなんてヤツはそうそういないだろうし、手が空いているってのも本当なんだろう。
じゃあ、何か作らせてやるかなぁ……とはいえ、別棟はダメだ。
そんなもんが出来たら本当にしょっちゅう人が泊まりに来るようになる。
ルシアやハビエルに目を付けられたら俺の安寧が音を立てて崩れ去る。
不許可だ、そんなもん。
なので、そこそこ面倒くさい大掛かりな物で、それでいて陽だまり亭にあればいいなって設備で、今後も有効活用できそうなもので、ないと不便を強いられるようなもので…………あっ。
「いやでも、さすがにそれはなぁ……」
「なんッスか!? 何か思いついたッスか!?」
瞳を煌めかせるウーマロ。
……言えば作ってくれそうではあるんだが。
「ジネット。ちょっと」
「はい?」
ジネットを手招きで呼んで、こそっと耳打ちする。
こんなものを作ってもらったらどうだろうかと、相談を持ちかける。
ここはジネットの店であり、ジネットの実家だ。
増設するには家主の許可が必要になる。
まして、その維持が負担になるようでは作らない方がいい。
――と、そんな危惧をしていたのだが。
「それがあると助かりますけれど……大変過ぎませんか?」
ジネットが口にしたのは、ウーマロへの心配だった。
「お前的にはどうだ? 邪魔にならないか?」
「邪魔だなんて。必要な時だけ使用するようにすれば負担も最小限で済みますし、きっと必要になる時はお手伝いしてくださる方が大勢いるでしょうし」
ソレを使う時のことを思ってか、ジネットが楽しそうに笑み崩れる。
そうだな。
客人をあごで使えば俺たちは楽して使用できるか。
俺も前々から欲しかったものだし、エステラやイメルダが羨ましいなと思うこともしばしばあったし。
それじゃあ、そろそろ作ってみてもいいかもしれないな。
「……マグダは賛成」
「ぅおおう!? いつからいた!?」
「……ヤシロの心が『マグダたんに会いたいな』と思った瞬間から」
いつだろうな、それは?
だが、マグダの意見を聞いてから決定しようと思っていたところだ。
期せずして返答をもらえた。
これで賛成二票。いや、三票か。
それじゃあ、決定でいいかな?
一応ここの住人に視線を向けると、こくりと全員が頷いた。
なんでかロレッタも。
……お前の家はここじゃねぇだろうが。
「それじゃあウーマロ。一つ頼まれてくれるか?」
「はいッス! それで、何を作ればいいんッスか!?」
それはな――
「大浴場を一つ、頼む」
肩まで浸かれるお風呂。
俺はそれに憧れていたのだ。
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