「ではみなさん。一度席に着いてください」
パンパンと手を叩き、ジネットがガキどもに呼びかける。
爆乳パワーによるものか、ガキどもはジネットの言うことには素直に従う。
「これまで領主様がわたしたちのためにしてくださったことは、なんとなく分かりましたか?」
「「「はーい!」」」
「この数ヶ月で、みなさんの生活が格段に楽になったのは、領主様の努力の結晶と言えます」
念押しで、ジネットが説得を始めた。
母親たちも、うんうんと話を聞いている。こういう話をする場所もないだろうし、ちょうどいい機会かもしれないな。
やはり、領民の支持があってこそ、領主はその力を遺憾なく発揮できるというものだ。
「ジネットちゃん…………優しいなぁ」
両目をうるうるさせて、エステラがジネットを見つめている。
どれ、俺も座ってジネット先生のご講釈でも拝聴しようかねぇ…………と、油断した時だった。
「ですが、それらを最初に企画し、誰よりも熱心に働きかけた素晴らしい人がいます!」
……すごく、嫌な流れになってきた。
「物価の安定も、砂糖の流通も、下水の知識も、ポップコーンやケーキ、そしてこのお子様ランチ……いいえ、この店で取り扱っているメニューのほとんどを考案してくださった、素晴らしい方がいらっしゃるんです!」
……あれ、俺、風邪かなぁ…………悪寒が止まらないや。
「その方は、謙虚で思慮深く、慎みを持たれたお方なので、あまり人前に出るようなことはされません。ですが! わたしたちは、その方の存在を、功績を、優しさを、決して忘れてはいけないのです!」
「おねえちゃん! その人、どんな人なのー?」
……あぁ、やめてくれ名も知らぬ幼女よ! 今そんなことをジネットに聞いたりしたら……
「だーれ?」
「どこにいるのー」
「あいたーい!」
黙れガキども!
見ろ! テメェらが煽るから、ジネットの頬が若干紅潮してきてんじゃねぇか! テンション上げさせてんじゃねぇよ!
「「「おしえてー!」」」
「分かりました!」
分かるなぁ!
「その方は…………あの人ですっ!」
そうして、ジネットが指を差した先にいたのは…………エステラだった。
「えっ!? ボ、ボク!?」
「あ、あれ!? ヤシロさんは!?」
俺は……間一髪テーブルの下に潜り込んで難を逃れた。
「うおー! この人かぁ!」
「にいちゃんすげー!」
「かっこいいー!」
「いや、あの、ちょっと待ってくれないか君たち。これは誤解で……まずボクは男じゃなくてね……!」
「あ、あの、みなさん! 違います! 人違いです! その方じゃありません!」
「にーちゃん! ケーキありがとー!」
「おにいちゃん、すきー!」
「わたし、およめさんになってあげるー!」
「いや、あの、待って! だからボクはっ!?」
「……エステラ」
ガキどもに反論しようとするエステラの背後に躍り出て、俺はすかさず耳打ちをする。
「子供に人気のある領主って、素敵だな」
「え…………そ、そうかな?」
エステラがにへらっと相好を崩す。
「あ、ヤシロさん! 一体どこに……!?」
「あ、すまん、ジネット。俺ちょっとベッコんとこ行ってくるわ。至急やらせなきゃいけないことが出来たから」
「え? ぅえ!? いや、でもまだヤシロさんの素晴らしさをみなさんにお伝えしている途中で……!」
「んじゃ! あとはよろしくな! あ、マグダとロレッタには店に戻るよう伝えておくから!」
「あっ! ヤシロさんっ!?」
俺は急ぎ足で陽だまり亭を後にする。
冗談じゃない。
あんな場所で大々的に英雄に仕立て上げられて堪るか。
俺は詐欺師なんだぞ?
この世界で詐欺を行うための情報収集をする傍ら、この世界で暮らす地盤固めをしているところなんだ。
有名人になっちまったら、詐欺なんか出来なくなるだろうが。
この街を変えたのは領主。それでいいんだよ。歴史なんてのはな、その時代のトップが代表して名前を残せばそれでいいんだ。
大阪城を建てた大工の棟梁の名前まで覚えさせられてちゃ、受験生は全員受験ノイローゼにかかっちまうぜ。
己の身に降りかかりかけた厄災をするりとかわし、俺は陽だまり亭から遠ざかっていく。
騒ぎが落ち着くまでは帰るのよそうっと……
大通りでマグダとロレッタに話をしてから、先日情報漏洩をしたことが発覚したベッコに制裁を加えに行くとするか。
明日の準備も、しなきゃいけないしな。
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